第6回:モデルとは「扱える形にするための嘘」― なぜ成功事例はそのままでは機能しないのか
第5回のおさらい
『部分最適がDXを壊す― なぜツール導入は進むのに成果が出ないのか』と題して、部分最適を目指そうとする動きが、かえってDXの歩みを難しくしていることをその問題構造から整理してきました。
現実はそのままでは解けない
DXの議論で、よくこうした場面を見かけます。
「他社の成功事例を取り入れよう」
「うまくいっている方法を真似しよう」
しかし実際には、それがそのまま機能することはほとんどありません。
なぜでしょうか。
理由はシンプルです。
現実は、そのままでは解けないからです。
現実の問題は、
・要素が多すぎる
・関係が複雑に絡み合っている
・ノイズや不確実性が大きい
こうした特徴を持っています。
そのため、すべてを正確に捉えようとすると、
どこから手を付けてよいか分からず、何も決められなくなります。
物理の問題はなぜ解けるのか
突然なんだと思うかもしれないですが、私の研究分野からー
身近な例として物理を考えてみます。
物理の問題は比較的スムーズに解くことができます。
しかし実際には、現実をそのまま扱っているわけではありません。
例えば、ボールが坂を転がる運動を解く問題がありますが、これは
・摩擦を無視する
・物体を点として扱う
・空気抵抗を無視する
といった前提を置いています。
つまり、現実をそのまま扱っているのではなく、
あえて切り捨て、単純化しているのです。
重要なのはここです。
正確だから解けるのではなく、
割り切っているから解ける。
ちなみに、こういった割り切りを入れないと、
物理の問題はほとんど解けません。
現実は解くことができないー
モデルとは何をしているのか
閑話休題、この「割り切り」を体系的に行うのがモデル化です。
モデルとは、現実をそのまま再現するものではありません。
むしろ逆です。
現実を、扱える形に変換したものです。
具体的には、モデル化とは次のような行為です。
・何を見るかを決める
・何を見ないかを決める
・因果関係を仮に置く
・時間や範囲を限定する
つまり、
問いに答えるために、現実を意図的に単純化すること
これがモデルです。
モデルは「嘘」である
ここで重要なポイントがあります。
モデルは、現実を正確に表したものではありません。
むしろ、
現実を単純化した“嘘”です。
ただし、この「嘘」は価値があります。
なぜなら、
扱えるからです。
現実をそのまま扱おうとすると、複雑すぎて何も決められません。
しかしモデルを使えば、
・何が原因で
・何が結果なのか
・どこを変えれば影響が出るのか
を考えられるようになります。
DXが失敗する本当の理由
DXの現場でよくある失敗も、このモデルの欠如にあるのではと感じます。
例えば、
「データ分析ツールを導入したが使われない」
「生成AIを導入したいが進まない」
こうしたケースです。
これらは、ツールや人材の問題として語られがちです。
しかし本質は別のところにあります。
モデルがない、またはズレている。
例えばデータ分析の場合、
・どの業務の
・どの判断を
・どの指標を見て
・どう変えたいのか
が定義されていない。
つまり、
データもある
ツールもある
人もいる
それでも動かないのは、
判断の構造(因果関係)が描かれていないからです。
これは、物理でいうと「方程式がない状態」と同じです。
現象は見ている
観測データもある
計算機もある
でも、分かっている値から解くべき値を出すための
方程式がない状態。
当然、計算できない。
観測データがあっても、計算ができないのです。
成功事例が再現できない理由
他社の成功事例がそのまま使えないのも、同じ理由だと思います。
成功事例とは、その企業の
・前提条件
・構造
・因果関係
の上で成立したものです。
しかしそれらは、企業ごとに異なります。
にもかかわらず、結果だけを真似するとどうなるか。
モデルがズレたまま導入されることになります。
その結果、
「同じことをやっているのに成果が出ない」
という状態になります。
DXの本質は「構造を描き直すこと」
ここまでをまとめると、DXの本質が見えてきます。
DXとは、
ITを導入することではありません。
現実の構造を描き直すことです。
そのためには、
・何を良くしたいのか(問い)
・何が結果なのか(指標)
・何が影響しているのか(要素)
・どう関係しているのか(因果)
これらを整理し、モデルとして表現する必要があります。
解ける問題は最初から存在しない
最後に重要な視点です。
私たちはよく「問題を解く」と言います。
しかし実際には、
解ける問題は最初から存在しません。
解ける形に「作り直す」から、解けるのです。
そのための道具が、モデルです。
モデルを持つことが再現性を生む
DXを成功させるためには、
・ツール
・人材
・予算
も重要です。
しかし、それ以上に重要なのは、
モデルを持っているかどうかです。
現実をそのまま扱うのではなく、
扱える形に変換する。
この前提に立てるかどうかで、
DXの成否は大きく変わります。
モデルとは「嘘」です。
しかし、その嘘があるからこそ、私たちは現実を動かすことができるのです。
第7回に向けて
第6回では、解ける状態=モデルであり、DXを進めるためにはモデルとして現実を組みなおすことの重要性を整理してきました。
第7回では、モデル化の重要性を深掘りつつ、事例を有効に扱うための考え方を話していきたいと思います。
事例共有が流行る一方で、再現性は低い。その理由は前提条件を無視するから。抽象化力こそDX人材の核心である。
