第8回:仮説がないDXは作業にすぎないーなぜPoCは形骸化するのか
第7回のおさらい
『成功事例が役に立たない理由― 再現性を生むのは「抽象化力」である』と題して、成功事例が役立てられない理由と、役立てられるようにするうえで必要なポイントを整理しました。
PoCがうまくいかない組織に共通すること
現在、SNSやnote、各種イベントなどで、多くのDX事例に触れることができます。
そのため、DXに向けた取り組みを始めるにあたり、
ゼロから考えるより事例を探して進めていく方が多いと思います。
第7回で「抽象化力」の重要性を整理しましたので、
この点をクリアしたうえで取り組みを始めたとしましょう。
それでも「PoC(概念実証)を回しているのに成果が出ない」という声をよく聞きます。
ツールも導入している、データもある、実験もしている。それでも前に進まない。
この状態に共通しているのはシンプルです。
仮説がないまま実行していること。
一見すると「試している」ように見えますが、実際には検証ではなく、単なる作業の繰り返しになっています。
仮説がない実行は、検証ではない
本来、PoCとは「仮説と検証」のプロセスです。
しかし多くの現場では、この言葉が形骸化しています。
・とりあえずツールを入れる
・とりあえずデータを分析する
・とりあえずAIを試す
こうした動きは一見前向きですが、そこに「何を確かめたいのか」が存在しなければ、結果は解釈できません。
重要なのはここです。
仮説がない実行は、検証ではない。
それは単なる「やってみた」に過ぎず、次の意思決定につながらないのです。
仮説とは「どこを疑うか」の意思決定である
では、仮説とは何でしょうか。
一般的には「こうなるはずだ」という予測として理解されがちです。
しかしDXにおいて本質は少し違います。
仮説とは、「どこが効いているのか」を決めることです。
つまり、
・どこを変えれば
・全体に影響が出るのか
この「効きどころ」を仮に定める行為です。
この考え方は、システム思考でいう「レバレッジポイント」と一致します。
全体の振る舞いは、すべての要素で均等に決まるわけではありません。
むしろ、少数の要因が強く支配しています。
だからこそ、
全部を見るのではなく、「ここを見る」と決めることが仮説なのです。
DXは「実験」として設計されているか
仮説を立てると、DXの見え方は大きく変わります。
例えば、
「生成AIが使われない」という課題があったとします。
ここでありがちな仮説は、「ITスキルが不足している」です。
しかし実際には、
・評価制度が使うインセンティブを与えていない
・責任の所在が曖昧で使いにくい
といった、別の要因が支配していることも多い。
つまり、
問題が起きている場所と、効いている場所は違う。
だからこそ、仮説が必要になります。
どこが支配的なのかを仮定し、そこに小さな介入を入れ、反応を見る。
この一連の流れが「実験」です。
小さく試せないものは、仮説ではない
もう一つ重要なポイントがあります。
それは、
仮説は試せる形でなければならないということです。
完璧な正解を求める必要はありません。
むしろ重要なのは、
・小さく
・早く
・検証できる
形に落とし込むことです。
例えば、
・会議で意思決定を共有するルールを変える
・評価指標を一部だけ変える
・承認フローを一段階減らす
こうした小さな介入でも、全体に大きな影響を与えることがあります。
DXは大規模投資だけで動くものではありません。
むしろ、適切な一点への小さな介入が、変化を生みます。
仮説なきDXは、なぜ作業になるのか
ここまでをまとめると明確です。
仮説がない状態では、
・何を試しているのか分からない
・結果をどう評価すればよいか分からない
・次に何をすべきか決められない
つまり、意思決定が生まれません。
その結果、現場では
「とりあえずやる」
「とりあえず続ける」
という“作業”が積み上がっていきます。
これが、PoCが形骸化する構造です。
理系の研究活動との対比
これらの内容は、自らが経験してきた理系の研究活動と非常に似ています。
理系の研究活動は、科学的根拠を明確にしたり、世の中で活用できるポイントを発見するために行っているもの。
進めるにあたり、まず「どこに着目するか」という仮説を明確に置く。
すべての要因を扱うのではなく、支配的だと考える変数を絞り込み、その影響を検証するために実験を設計する。
結果は仮説を支持するか、反証するかのどちらかであり、
その結果から次の仮説を設定する。
このプロセスがあるからこそ、影響を与える要因を徐々に特定していくことが可能となる。
一方でDXの現場では、この前提が抜け落ちていることが多い。
仮説がないままPoCを回し、「とりあえず試す」こと自体が目的化する。
その結果、何を検証したのかが曖昧になり、意思決定につながらない。
これは実験ではなく作業。
「とりあえず試す」ことを研究活動で行うと、科学的根拠を明確にしたり、世の中で活用できるポイントを発見することもできない。
何のためにやっているのか?と感じるのは明確だ。
だが、何故かそんなことがDXでは繰り返されているー
DXを前に進めるために必要なこと
DXを機能させるために必要なのは、ツールでも人材でもありません。
「どこを疑うか」を決める力です。
・どこが全体を支配しているのか
・どこを変えれば連鎖が起きるのか
・どこに小さく介入するのか
この視点を持ち、仮説として言語化する。
そして、小さく試し、反応を見て、モデルを更新する。
このサイクルが回り始めたとき、
DXは初めて「作業」から「実験」に変わります。
第9回に向けて
第8回では、意思決定につなげるための仮説と検証の重要性、そして仮説には「どこを疑うか」がポイントとなることを整理してきました。
第9回はやや現場寄りの話を盛り込みつつ、成果につながらないPoCの現状について深堀ってみたいと思います。
企業・自治体で多発する“PoC疲れ”。その構造的原因を分析し、教育段階から何を変えるべきかを考える。
