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IT&scienceで大学教育を考える第2回:なぜ学生は考えられないのか― “自己分析”だけでは就職できない理由

前回のおさらい

第1回は『就活支援だけで足りるのか?― AI時代に大学が育てるべき“就業力”とは』として、現在の教育では”就業力”が身に付きづらい点や大学で育ててほしい人材について整理しました。

教育と社会で求められることのズレ

「最近の学生は、自分で考えられない」

企業の採用担当者や現場マネージャーから、こうした言葉を聞くことがあります。私自身も採用もやり、現場マネージャもやっていますが、確かに自分の考えを出してくる若手が少なくなっている印象があります。

ただ、この言葉をそのまま受け取るべきではないと私は思っています。

学生の能力が低いのか。主体性がないのか。
そう単純な話ではなく、むしろ真面目で、優秀で、努力もしている学生ほど、社会に出た後に苦しむケースも少なくない。

では、何が起きているのでしょうか。

私はそこに、「教育と社会で求められる思考のズレ」があると感じています。

就活支援は充実している。でも何か足りない

大学のキャリア支援は年々充実しています。

自己分析。業界研究。エントリーシート対策。面接練習。インターンシップ。企業関係者を招いての講演。

どれも重要で、実際これらがあるからこそ、多くの学生が就職活動を乗り越えられています。

しかし企業側から見ると、少し違う景色があります。たとえば入社後、こんな場面です。

「何をすればいいですか?」
「決まったやり方はありますか?」
「前と同じやり方でいいですか?」

言われたことはきちんとやるし、責任感もある。しかし、状況に応じて自分で考え、整理し、判断することに苦戦する。
(もちろん前提とかを確かめず、思うようにやるのは良くないです)

これは特定の学生だけの話ではなく、近年よく見られる傾向です。

自己分析だけでは“考える力”は育たない

ここで誤解してほしくないのですが、自己分析が不要と言いたいわけではありません。自分の強み、価値観、経験を言語化することは、就職活動でも、その後のキャリアでも役立ちます。

ただ、それだけでは足りず、社会に出ると求められるのは、「自分を語る力」だけではなく、「状況を考える力」だからです。

現場では、答えが用意された問題はほとんどありません。たとえば、

営業数字が悪化している。
トラブルが頻発している。
顧客満足度が下がっている。
会議が機能していない。
なんか雰囲気が良くない。

こうした問題に対して、「これが正解です」というものは存在しません。

まず必要なのは、“何が起きているのかを整理すること”です。

ところが、多くの学生はこの経験が少ない。

なぜなら、これまでの教育では、「問題は与えられるもの」だったからです。

学校では「解く力」が評価される

学校教育では、基本的に次の流れです。

問題が与えられ、解き方を学ぶ。
正解に近づくほど評価される。

これは知識習得において非常に合理的ですが、社会とのズレを生む作用もあります。

「何を問題とするか」を考える機会が少ないことです。

つまり、

  • 問題を設定する

  • 情報を整理する

  • 本質を見抜く

  • 仮説を立てる

という経験が不足しやすい。

結果として、「まず答えを知りたい」「正解を出すためのアプローチを知りたい」という思考が強くなります。

しかし社会では逆。“何が問題なのか”を決めること自体が仕事になる。
ここに、大きなギャップがあります。

本当に必要なのは「分解する力」

企業で活躍する人を見ていると、必ずしも最初から頭が良い人とは限りません。むしろ共通しているのは、“問題を整理するのが上手い”ということです。

まず、『事実』と『推測』をきっちり分け、「何が起きているのか」を分解する。

たとえば「学生の主体性不足」という課題があったとしても、

誰のどういう状況のことを言っているのか?
何をもって主体性と言っているのか?
経験不足なのか?情報不足なのか?
失敗を恐れているのか?教育設計の問題なのか?
誰かがそう言っているだけなのか?

というように、問題を小さく分けながら考えます。つまり必要なのは、“解決力”の前に、“分解力”なのです。この力がある人は、未知の問題にも対応できます。

一方で、この力が弱いと、問題が複雑になった瞬間に止まってしまいます。

ちなみに、私と同年代の企業人が、この分解をきっちり出来ているかというと決してそんなことはありません。仕事を通じて後天的に伸ばすべき要素であることは間違いありません。ただ、苦戦する若手が多いー

AI時代ほど、この力の差が広がる

そして、この問題をさらに大きくするのがAIです。

生成AIは便利です。自己分析やエントリーシートも作ってくれるでしょう。

しかし、AIは前提が曖昧だと、曖昧な答えしか返せません。

つまり、“問いの質”が結果を左右するのです。

何を聞くか。どんな条件を置くか。どの情報を信じるか。

これを考えられる人ほど、AIを使いこなせます。

逆に、「とりあえず聞く」だけでは一般的な回答しか得られず、AIに振り回される側になります。

だからAI時代ほど、考える力の格差が広がるとも言えるのです。

大学教育は“自己理解”の先へ

これからのキャリア教育に必要なのは、自己分析だけではありません。それと同じくらい、“社会や課題を考える力”を育てる必要があると考えます。

具体的には、

  • 情報を整理する力

  • 論理的に考える力

  • 問いを立てる力

  • 仮説を置く力

  • 小さく試す力

です。

私はこれを、「就業基礎力」と呼んでいます。就職するための力ではなく、社会で働き続けるための力です。

なお、大学という自由度の大きい期間を使って、自分で社会とつながり、自分でこの力を育めというのが我々の時代(20年前)の思想だったと思います。勝手に学んでいたものを教えないといけないのか・・・というモヤモヤがあるのは否定しません。

次回は、「AI時代のキャリア教育とは ― AIを使うだけでは勝てない理由」について整理していきたいと思います。

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