粉末X線回折からの結晶構造解析の実例:その1
はじめに
以前、結晶構造解析ソフトのインストールに関して説明しました。だいぶ時間が空きましたが、実際に解析を行う過程をお見せします。使用する粉末X線回折(XRD)データもダウンロードできるようにしましたので、前回の記事でインストールが終わっている人は一緒にやってみましょう。
使用するソフトウェア
今回は「その1」ということで、空間群の推定までを行います。使用するのは以下のソフトウェアです。インストールや設定方法は以前の記事を参照してください。
その1では直接使いませんが、インストール時に行ったいろいろな設定が今回活きてきます。
Indexingに使うソフトウェアです。
シェアウェアのテキストエディタです。RIETAN-FPの便利なマクロが使えます。
今回はXRDデータのピークサーチとDICVOL14用入力ファイル.dicの作成に使います。
使用するデータ
研究室で測定したSnO₂試薬のXRDデータです。回折角と回折強度の2列になっています。
1. 準備
作業の準備
RIETAN-FPのインストールの回で紹介したようにソフトウェアをインストールし、ファイルパスの修正などを適切に行ってください。
あとはSnO2.intを任意のフォルダ(例えば"C:\Users\ユーザー名\RietanFP_test")に配置するだけです。
知識の準備
今回はDICVOL14によるIndexingの結果をもとに、空間群の推定の自力で行います。EXPO2014などでは自動的に計算してくれるんですが、一度は手を動かすことを強く推奨します。
空間群のことは「International Tables for Crystallography A」という本に詳しく載っています。よくITAと略されます。内容を覚える必要はなく、必要なときに必要な情報がどこにあるかがすぐにわかる、くらいには親しんでおくとよいです。
今回必要な情報は、この本の情報に基づいた「Bilbao Crystallographic Server」(BCS)から情報を得ることにします。すべてブラウザだけで動作し、無料です。スペインのバスク大学の研究者らが管理してくれています。
アクセスすると以下のような画面が出てきます。

一番上の「Space-group symmetry」を選び、その後出てくる「HKLCOND」を押します。

テキストボックスに知りたい空間群を入れて、「Show」ボタンを押すとその空間群で許容されるhklが出てきます。

これは空間群番号136の例です。赤枠で示した部分を見ていくことになります。

また、反射条件の基本的な勉強ができる以下のサイトを挙げておきます。
国際結晶学連合の事典サイト。一般条件と特殊条件の定義、ITAの該当章・表の番号付き解説が載っています。
Systematic Absences and Space‑Group Determination
Webで公開されているLeopoldo Suescun氏の講義資料
らせん軸があると構造因子がこうなるからこういう反射条件になるんだ、ということが数式として示されていて大変勉強になります。
瀬戸雄介先生のホームページです。
結晶系ごとに < h k l> タイプと出現条件を一覧表で表示してくれています。空間群の情報が必要になったとき私が最初に眺めるのはこのページです。
2. 実際の作業
FullProfによるピークサーチ
まず、SnO2.intを秀丸エディタで開いてください。最初の五行だけ示します。これが表示されていたらOKです。
10.0000 1383.2500
10.0100 1322.0000
10.0200 1355.2500
10.0300 1355.5000
10.0400 1366.5000
秀丸エディタの左下に、「WinPLOTR/int」というボタンがあるのでそれを押すとWinPLOTRが起動します。

実は今回のデータはあまりいい質のものではありません。例えば最初の大きなピーク(27度くらい)の左のすそ(左肩と呼んだりもします)に小さなピークが2つ(それぞれ26度と24度くらい)見えますよね。拡大したものが下です。
XRDでは試料に特性X線を照射するんですが、特に実験室のXRD装置では完全に単色化することができず、波長の異なる複数の特性X線が混ざってしまいます。解析に使いたいピークはCu-Kα₁による回折ピークだけですので、これら他の特性X線に由来するピークを選ばないようにしないといけません。また、選ばなければいいとは言えず、可能な限りデータにそもそもこれらのピークがないほうが良いです。

実験室のXRD装置では、X線の線源に、W(タングステン)をフィラメントとし、対極にCu(銅)などの金属の筒を配置して真空に封じた管球と呼ばれる部品を使います。Wに電圧をかけて引っ張り出された電子をCuに当てると、Cuの内殻電子が励起され、それがまた基底状態に戻るときに決まった波長の特性X線を出します。Cuの場合、大気中で観測できるのはKα₁とKα₂、およびKβと呼ばれる3種類です。
Kβ線は元々Kα線に比べて弱く、アルミ板などを通過させて減衰させると見えなくなったり、波長が比較的違うことを利用して湾曲ミラーを用いて分光することもできます。Kα₁とKα₂は波長が近いので強度を保ったままの分光は簡単にはできませんが、強度比が決まっているのでデータからKα₂の分を差し引くことができます。
ややこしいのはW-Lα線です。管球をしばらく使っていると、高融点金属であるWであっても昇華してCu上に少しずつたまり、これが電子励起により特性X線を出します。分光も可能ですが、古い管球では比較的強いのでこのように見えてしまうことがあります。
ピークサーチには、上部メニューからPoints Selection → Automatic peak searchを選びます。

出てきたダイアログで、まずは「Search Cu Ka1/Ka2 doublets」を選んでください。Peakの強度閾値やどの点をバックグラウンドとするかなどのパラメータは適宜変更してください。今回のデータは弱いピークを一括で無視するのでPeak thresholdに0.05を入力し、さっととったXRDデータなのでNoisy Dataにチェックを入れOKを押します。

以下のように、強いピークだけが選ばれました。解析するピークとしてみなしたいピークが必要十分に網羅されるまで、ピークサーチの条件を変えてみてください。

このピークリストをもとにDICVOL14用の入力ファイルをWinPLOTRに作ってもらいます。Points Selection → Save as → Save points for DICVOL06を選びます。

出てきたウィンドウで、TITLE、TESTED CRYSTAL SYMMETRY、A priori search of zero shiftを下記画像のようにしてください。TITLEはなんでもいいんですが入力必須です。晶系は今回は時間短縮用にtriclinicを外しています。ゼロシフトはXRDにおける試料の高さ位置調整などでシフトしてしまった分を補正する機能です。OKボタンを押してください。

この後出てくるウィンドウは以下のようにします。

WinPLOTRを閉じたら、先ほど作成したSnO2.dicファイルがSnO2.intと同じフォルダにできていると思います。これを秀丸エディタで開き、上部の5行を消します。

DICVOL14は秀丸エディタのマクロ→その他#1→DICVOL14から起動できます。

正常に終了するとSnO2.dixが作成され、秀丸エディタで開かれていると思います。その中に10個以上解が出ています。どれを選ぶかですが、重要な目安となるのがM値(今回はM(11))と書いてる数値です。「M(」で検索すると見やすいです。まずはこれが一番大きい解を選びましょう。今回は以下です。
SEARCH OF TETRAGONAL AND/OR HEXAGONAL SOLUTION(S)
*************************************************
VOLUME DOMAIN BEING SCANNED :
===========================
LOWER BOUND = 0.00 A**3 HIGHER BOUND = 400.00 A**3
TETRAGONAL SYSTEM
-----------------
T E T R A G O N A L S Y S T E M
DIRECT PARAMETERS : A= 4.73851 C= 3.18683 VOLUME= 71.56
STANDARD DEVIATIONS : .00015 .00016 0.01
REFINED ZERO-POINT SHIFT : 0.0667 deg. 2-theta
H K L DOBS DCAL DOBS-DCAL 2TH.OBS 2TH.CAL DIF.2TH.
1 1 0 3.3429 3.3424 0.0005 26.6444 26.6488 -0.0043
1 0 1 2.6396 2.6394 0.0002 33.9350 33.9376 -0.0025
2 0 0 2.3653 2.3652 0.0000 38.0124 38.0128 -0.0005
1 1 1 2.3051 2.3054 -0.0002 39.0438 39.0396 0.0042
2 1 1 1.7623 1.7625 -0.0002 51.8384 51.8319 0.0065
2 2 0 1.6735 1.6734 0.0000 54.8126 54.8144 -0.0017
0 0 2 1.5916 1.5917 -0.0001 57.8902 57.8857 0.0044
3 1 0 1.4969 1.4970 -0.0001 61.9421 61.9367 0.0054
1 1 2 1.4378 1.4377 0.0001 64.7907 64.7964 -0.0057
3 0 1 1.4140 1.4139 0.0001 66.0152 66.0204 -0.0052
3 2 1 1.2141 1.2141 0.0000 78.7592 78.7598 -0.0006
* NUMBER OF LINES: INPUT = 11 INDEXED = 11 CALCULATED = 22
* MEAN ABSOLUTE DISCREPANCIES: <Q> =0.4253E-04 <DELTA(2-THETA)> =0.3733E-02
* MAX. ERROR ACCEPTED (DEG. 2-THETA) =0.4500E-01
* FIGURES OF MERIT
1.- M( 11) = 362.5
2.- F( 11) = 133.9(0.0037, 22)
ここから読み取れることは
正方晶(Tetragonal)であること。
格子定数がa= 4.73851 c= 3.18683 で体積がVOLUME= 71.56であること。
帰属したHKLのリスト一覧
格子定数から計算したピーク位置と実測のずれ(DIF.2TH)が小さいこと
11本のピークがすべて帰属されていること
それらのピークのFoMであるM( 11) が 362.5であること
正方晶としてはCALCULATED = 22にあるように22本のピークが出る可能性があること
などです。
ちなみに、Monoclinic(単斜晶)にもM値が高い解があったのではと思います。単斜晶でも擬正方晶のような構造を作ることができ、ピークの本数が少ないと見分けがつきにくいことがあります。
本当に単斜晶のほうが正解の可能性もありますが、例えば単斜晶ではCALCULATEDがもっと多いのに実測の割合が少なかったり、今回は0 0 1反射などが実測ではなかったりなどが理由で違うとみなすことができます。
空間群の推定
改めてHKLのみを書き出すと以下のようになります。
1 1 0
1 0 1
2 0 0
1 1 1
2 1 1
2 2 0
0 0 2
3 1 0
1 1 2
3 0 1
3 2 1
これらと、正方晶だという情報から空間群を絞っていきます。高校生や専門外の人は難しいと思うので、軸は道路、対称操作は交通ルールだと思ってください。
正方晶が内包する空間群番号は75から142の68個です。空間群の記号を見てもらうと、最初にPとかIとか書かれています。これが格子の対称性です。それぞれ単純格子、体心格子に該当します。正方晶はこの二種類だけです。まずこれから判定しましょう。
まずI格子なら h + k + l = 2n (nは自然数)が必須条件です。しかし 1 + 1 + 1 = 3 が見えているため、今回はP格子であることがわかります。
次に、主軸であるc軸(道路で言ったらメインストリート)を調べます。これは(0 0 l)というc軸に沿った反射を見ればわかります。空間群記号で言う格子の対称性のすぐ右側に来る部分です。
0 0 1や0 0 3がなく0 0 2反射はあるので、おそらくl = 2nのみである(という交通ルールがある)と思われます。このことからC軸に4₂ らせん軸または 2₁ らせん軸がありますが、正方晶では2₁ らせん軸がないのでこの時点でP 4₂ 〇 △になりそうです。
主軸に垂直な面(c軸に垂直なab面)のルールを探ります。これを知るには、(h k 0)という、この面に沿った反射を見ます。h + k = 2nを満たす反射しかないのでn映進面があると予想されます。つまり、P 4₂/n 〇 △かなと思われます。
次は〇か△を見ていきます。〇はaまたはb軸の対称操作で、正方晶の場合はh 0 0反射に該当します。△は面対角線の対称操作です。
単純なh 0 0 を見てみます。2 0 0 のみあり、1 0 0や3 0 0がありません。h 0 0で h = 2nという条件がありそうです。
他にもh 0 l 反射は、すべて h + l = 2n を満たしています。
見えない≠存在しないということに注意して、ここまでの観察から残るのは以下の候補です。68個から5個に絞ることができました。材料工学の研究にはこういう探偵のような、または知識のパズルを組み立てるような仕事もあるのです。
番号 記号
86 P 4₂/n
102 P 4₂ n m
118 P -4 n 2
134 P 4₂/n n m
136 P 4₂/m n m
P 4₂/n まではそうだと思う、と先ほど書きましたが、ややこしいことにc軸に垂直な面に鏡面対象があった場合、n映進面も派生するので、より一般的なP 4₂/mもOKになります。ITAのルールで「生成元優先」というのがあって、この場合はP 4₂/mと書くようになっています。鏡面対象があるかどうかは今回の場合強度統計を取らないとわからないので、どちらが正しいかは現段階ではわかりません。ちなみに-4は4回回反軸で、これ自身はどんなルールも生まないので、h k l の情報だけでは絞れません。
そして、ここから先を絞るにはもう少し丁寧に見る(強度統計を使う、またはFriedel ペアで中心対称性を判定する)必要がありますが、その労力を使うくらいならこの5空間群すべての場合で構造解析がうまくいくか試すほうが早いし気が楽なように思います。
おわりに
長くなりましたが、今回はSnO₂の回折データをDicvol14でIndexingし、その結果をもとに自力で空間群を絞ってみました。次はIndexingの結果わかった格子定数と、今回絞った空間群からSuperflip+EDMAで構造解析を行っていきます。
