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【小説・マイル=ベルツと楮原繭(こうぞはらまゆ) 答えのない館】



 その館では、どんな問いにも答えが出るという。

 恋人は自分を愛していたのか。

 あの時、会社を辞めたのは正しかったのか。

 亡くなった母は、最後まで自分を恨んでいたのか。

 あの子を産まなかった人生のほうが幸せだったのか。

 自分には才能があるのか。

 神はいるのか。

 私は、生きていてよいのか。

 館には百の部屋があり、それぞれの部屋に一つだけ問いを置くことができる。

 すると、夜明けまでに答えが現れる。

 文字として。

 声として。

 夢として。

 時には、誰かの顔として。

 それがどんな仕組みなのかは、誰にも分からない。

 ただ、一つだけ確かなことがあった。

 答えは、必ず出る。

 その館の名を、

 ――無答館。

 といった。

 答えが必ず出る館なのに、無答館。

 マイル=ベルツは、その名前を聞いた瞬間から気に入らなかった。

「絶対なんかあるじゃん」

 山道を歩きながら、マイルは言った。

 隣を歩く楮原繭は、何も言わなかった。

「百の部屋。どんな問いにも答えが出る。しかも名前は無答館。これで何もない方がおかしいでしょう」

「そうですね」

「反応薄いね」

「まだ着いてないので」

「着く前から怪しいでしょ」

「怪しいです」

「でしょ?」

「でも、怪しいことと、間違っていることは別なので」

 マイルは足を止めた。

「そういうところなんだよなあ」

「何がです?」

「すぐ分ける」

「何を?」

「全部」

 繭は少し考えた。

「分けないと、混ざりますから」

「紙漉きみたいに?」

「紙漉きなので」

 マイルは笑った。

「その返し、ずるいな」

 無答館は、山の中腹にあった。

 古い洋館だった。

 和館でも寺でもなかった。

 石造りの壁。

 高い窓。

 緑青の浮いた銅屋根。

 玄関の上には、黒い板に金文字で、

 ――ASK.

 とだけ書かれていた。

「急に英語なんだ」

 マイルが言った。

「そこが気になります?」

「全部気になる」

「知ってます」

 二人が玄関へ入ると、細い男が出迎えた。

 年齢は分からない。

 三十にも見えたし、六十にも見えた。

 髪は銀色。

 黒いスーツ。

 手には鍵束。

「ようこそ、無答館へ」

 男は言った。

「私は番人です」

 マイルがすぐ聞いた。

「名前は?」

「ありません」

「ないの?」

「必要ありませんので」

「名前がない人が番人をしてるんだ」

「気になりますか」

「すごく」

 繭が横から言った。

「この人は全部気になります」

「存じています」

 マイルが繭を見た。

「知り合い?」

「いいえ」

 番人は笑った。

「ここへ来る方については、少しだけ分かります」

「どうやって?」

「それも問いですか」

「うん」

「部屋をご利用ください」

「そこで聞けば答えが出る?」

「出ます」

「本当に?」

「それも、部屋へ」

 マイルは眉を上げた。

「この人、強いな」

 繭は小さく笑った。

 館の中央には、大きな吹き抜けがあった。

 そこから四方に廊下が伸びている。

 扉。

 扉。

 扉。

 扉。

 百の部屋。

 全部同じ形。

 ただし扉の上には、それぞれ数字が振られている。

 一。

 二。

 三。

 四。

 百。

「規則を説明します」

 番人が言った。

「一つの部屋に、一人。一つの問い」

「二人で入っちゃ駄目?」

「はい」

「答えは必ず出る?」

「はい」

「嘘は?」

「それについても、館は答えません」

 マイルは笑った。

「もう面白い」

 繭が尋ねた。

「答えを見ないという選択はできますか」

 番人は繭を見た。

「できます」

「途中でやめることも?」

「できます」

「答えを持ち帰らないことも?」

「できます」

 番人は少し間を置いた。

「ただし」

「ただし?」

「一度見た答えは、見なかったことにはできません」

 繭は頷いた。

 マイルは逆に目を輝かせた。

「最高だね」

「最高ですか」

「だって検証できるじゃん」

「何を?」

「館が本当に答えを出してるのか」

「どうやって?」

 マイルは指を一本立てた。

「まず、私しか知らない事実を聞く」

「なるほど」

「例えば、子どもの頃に隠したものとか。答えが合えば、館は少なくとも私の記憶を読んでる」

「でも、それで未来や他人の心まで分かるとは限りません」

「そう。だから次に、外部検証できることを聞く」

「一人一問です」

 番人が言った。

 マイルが振り返った。

「一泊一問?」

「一生に一問です」

 マイルの顔から笑みが消えた。

「……一生に?」

「はい」

「先に言ってよ」

「今、言いました」

 繭が笑いを堪えた。

「笑った?」

「少し」

「一問しかないんだよ?」

「だから、よく考えた方がいいですね」

「うわあ」

 マイルは吹き抜けを見上げた。

 百の扉。

 百の問い。

 でも、自分が使えるのは一つだけ。

 その時だった。

 館の奥から、女の泣き声が聞こえた。

 二人はそちらを見た。

 二十三番の部屋から、一人の女性が出てきた。

 四十代くらい。

 紙切れを握っている。

 泣いていた。

 番人が静かに近づいた。

「お帰りになりますか」

 女性は頷いた。

 マイルは声をかけようとして、やめた。

 繭は何も言わず、女性の握っている紙だけを見た。

 そこには、一行。

 ――あなたの夫は、最後まであなたを愛していました。

 女性はその紙を胸に抱きしめた。

「よかった」

 何度も言った。

「よかった。よかった」

 それから館を出ていった。

 マイルはしばらく黙っていた。

「今の、本当かな」

「分かりません」

「でも、あの人は救われた」

「そう見えました」

「もし嘘だったら?」

 繭は廊下の先を見た。

「それでも、今は救われたのかもしれません」

「それでいいの?」

「いいとは言ってません」

「じゃあ?」

「まだ分からない、と言っています」

 マイルは少し不満そうだった。

「繭って、ずっとそこに逃げるよね」

 繭がマイルを見た。

「分からない、が逃げですか?」

「時々ね」

「そうかもしれません」

 今度はマイルが黙った。

 二人はその日、館に泊まることにした。

 夕食の席には、他にも六人の客がいた。

 誰も多くを話さなかった。

 問いを持っている人間は、たいてい少し静かになる。

 向かいに座った若い男だけが、やけに明るかった。

「僕、もう決めてます」

 男は言った。

「何を聞くか?」

 マイルが聞いた。

「はい」

「何?」

「僕に才能があるかどうか」

 男は笑った。

「音楽やってるんです」

「へえ」

「十年」

「長いね」

「でも、全然売れない」

 男は箸を置いた。

「もう三十二なんですよ。辞めるなら今かなって」

 繭が聞いた。

「答えが『ない』だったら、辞めるんですか」

「はい」

「『ある』だったら?」

「続けます」

「それ、自分で決めなくていいんですか」

 男は少し困った顔をした。

「だから、決められないから来たんです」

 繭はそれ以上言わなかった。

 その夜。

 男は四十一番の部屋へ入った。

 翌朝。

 食堂に現れた男の顔は、昨日とはまるで違っていた。

 晴れていた。

「ありました」

 男は言った。

「才能」

 手には紙。

 ――あなたには、人を動かす才能があります。

「すごいね」

 マイルが言った。

「はい」

「続ける?」

「もちろん」

 男は笑った。

「もう迷いません」

 その日の昼。

 男は館を出た。

 三日後。

 事件が起きた。

 マイルと繭は、まだ館にいた。

 一問を決められなかったからだ。

 そこへ番人が新聞を持ってきた。

 記事は小さかった。

 山道で単独事故。

 死亡。

 運転していたのは、あの若い男だった。

 車内から大量の楽譜と録音機材。

 そして、無答館の紙。

 ――あなたには、人を動かす才能があります。

 マイルは新聞を握った。

「どういうこと」

 繭は答えなかった。

「才能があったのに死んだ?」

「それは矛盾しません」

「そういう意味じゃない」

「分かってます」

「じゃあ、館は何を答えたの」

「問いに答えただけかもしれません」

「人を動かす才能があるかどうか」

「はい」

「でも、その答えであの人は続ける決断をした」

「はい」

「じゃあ、館は責任ないの?」

 繭はマイルを見た。

「答えに責任を求めてる?」

「だって答えたんでしょ」

「質問したのは彼です」

「それで?」

「だから悪くない、とは言ってません」

 マイルは苛立った。

「またそれ」

「何です?」

「どっちにも行かない」

「今、どっちかに行く必要がありますか?」

 マイルは立ち上がった。

「私は本当のことが知りたい」

「何が本当?」

「館が正しいのか、間違ってるのか」

「それが分かれば安心しますか」

「安心したいんじゃない」

「じゃあ何のため?」

「判断するため」

「何を?」

 マイルは言葉を詰まらせた。

 繭は静かに続けた。

「この館を壊すかどうか?」

「……必要なら」

「閉じさせる?」

「危険なら」

「答えが正しかったとしても?」

「正しくても危険なら、問題でしょう」

 繭は少しだけ笑った。

 マイルが眉をひそめた。

「何」

「今、同じところを見てます」

「どこが」

「真実でも、人に渡していいとは限らない」

 マイルは黙った。

「だから、ずっと言ってるじゃないですか」

「……ちょっと腹立つ」

「すみません」

「謝る顔じゃない」

「そうですか」

 その日の夕方。

 別の客が五十八番の部屋から出てきた。

 七十代の老女だった。

 紙には、

 ――あなたの娘は、あなたを許していません。

 と書かれていた。

 老女は廊下で座り込んだ。

 繭が近づいた。

「大丈夫ですか」

「大丈夫なわけないでしょう」

「そうですね」

「娘は十年前に死んだの」

 老女は紙を握りしめた。

「最後に喧嘩したのよ」

 声が震えた。

「病院にも行かなかった」

「はい」

「怖かったの。謝れないまま死ぬのを見るのが」

「はい」

「それで」

 老女は紙を見た。

「許してないって」

 繭は隣に座った。

 何も言わなかった。

 マイルは少し離れた場所から見ていた。

 しばらくして、老女が言った。

「あなた、何も言ってくれないのね」

「何を言えばいいか、分からないので」

「普通は言うでしょう」

「何を?」

「きっと娘さんは許してますよ、とか」

「それを言ってほしいですか」

 老女は泣いた。

「分からない」

「はい」

「館は許してないって」

「はい」

「あなたはどう思うの」

「分かりません」

 老女は顔を上げた。

「冷たい人ね」

「そうかもしれません」

 繭は白い紙を一枚出した。

「でも、娘さんが許しているかどうかとは別に、あなたが娘さんへ言いたかったことは書けます」

「今さら?」

「今さらでも」

「届かないのに?」

「届くかどうかは、私には分かりません」

 老女はしばらく紙を見た。

 やがて、震える手で受け取った。

 その夜。

 老女は一晩中書いた。

 翌朝。

 館の答えの紙は持っていかなかった。

 繭の白紙だけを、小さく折って鞄に入れた。

 マイルは、それを見ていた。

「館の答え、置いてったね」

「はい」

「でも真実かもしれない」

「そうですね」

「それでも持って帰らなかった」

「はい」

「……それでいいのかな」

 繭は答えなかった。

「何か言って」

「マイルさんが考えてるから」

「ずるいなあ」

「今度は何が?」

「すぐ答えないところ」

 その夜。

 マイルはついに自分の問いを決めた。

 七十七番の部屋。

 薄暗い。

 机が一つ。

 白紙が一枚。

 鉛筆が一本。

 壁には何もない。

 マイルは椅子に座った。

 長い間、紙を見た。

 本当に聞きたいことは何だろう。

 神はいるのか。

 未来は決まっているのか。

 自分の直感は正しいのか。

 死後はあるのか。

 全部違う気がした。

 もっと奥。

 もっと嫌な問い。

 マイルは鉛筆を持った。

 書いた。

 ――私は、自分の問いによって、人を傷つけていますか。

 書いた瞬間。

 部屋の灯りが消えた。

 暗闇。

 マイルは息を止めた。

 どこかで足音がした。

 一人。

 二人。

 三人。

 たくさん。

 今までマイルが問いを投げた人たち。

 「それ本当?」

 「根拠は?」

 「外れたら?」

 「誰が決めたの?」

 「それ、逃げじゃない?」

 声が戻ってきた。

 正しい問い。

 鋭い問い。

 必要な問い。

 そして時々。

 まだ答える準備ができていない人へ向けた問い。

 誰かが泣いた。

 誰かが黙った。

 誰かが怒った。

 誰かが去った。

 暗闇の中で、声がした。

 ――はい。

 マイルは目を閉じた。

 答えは短かった。

 あまりにも短かった。

 朝。

 七十七番の扉が開いた。

 繭が廊下の椅子に座っていた。

 マイルは出てきた。

「寝てた?」

「少し」

「待ってたの?」

「はい」

「聞かないの?」

「何を」

「答え」

「言いたければ」

 マイルは繭の隣に座った。

 長い沈黙。

 そして言った。

「はい、だって」

 繭は何も言わなかった。

「私は、自分の問いで人を傷つけてるか、って聞いた」

「そうですか」

「はい、だって」

「はい」

「それだけ?」

「何て言えばいいです?」

「慰めるとか」

「慰めてほしいですか」

「……分からない」

「じゃあ、今はいいですね」

 マイルは膝を抱えた。

「これ、本当かな」

「分かりません」

「でも、たぶん本当」

「そう思います?」

「うん」

「じゃあ、それでいいんじゃないですか」

「でもさ」

 マイルは顔を上げた。

「真実なら、受け入れなきゃいけない?」

 繭は少し考えた。

「受け入れる、って何でしょうね」

「認めること」

「今日すぐ?」

「……」

「濡れた紙に墨を乗せると、滲みます」

「また紙の話」

「紙漉きなので」

 マイルは笑った。

 少しだけ。

「じゃあ、乾くまで持ってろって?」

「捨ててもいいです」

「え?」

「館の答え」

「でも、一生に一問だよ?」

「だから?」

「だから……大事じゃん」

「大事だから、絶対持っていなきゃいけないんですか」

 マイルは答えられなかった。

 その日の午後。

 繭も部屋へ入った。

 九十九番。

 マイルは外で待った。

 一時間。

 二時間。

 三時間。

 夜になった。

 朝になった。

 扉が開いた。

 繭が出てきた。

 手には何も持っていなかった。

 マイルがすぐ聞いた。

「何て聞いた?」

「言わなくてもいいですか」

「いいけど気になる」

「でしょうね」

「答えは?」

「見ませんでした」

 マイルは立ち上がった。

「は?」

「出る前に出てきました」

「え?」

「答えが現れそうになったので」

「なんで!」

「聞く必要がないと思ったから」

「一生に一問だよ!」

「知ってます」

「もったいな!」

 繭は笑った。

「そうかもしれません」

「何聞いたの?」

 繭は少し迷ってから答えた。

「私は、人を守るという理由で、その人から痛みを奪おうとしていないか」

 マイルは黙った。

「答え、知りたくなかった?」

「知りたかったです」

「じゃあなんで」

「答えが出た瞬間、それをまた新しい正しさにする気がしたので」

「どういうこと?」

「『はい』なら、私はもう人を守らないようにするかもしれない」

「うん」

「『いいえ』なら、今まで通りでいいと思うかもしれない」

「うん」

「どちらも少し怖かった」

 マイルは繭を見た。

「じゃあ、何も分からないじゃん」

「はい」

「それでいいの?」

「今日は」

 マイルはしばらく黙った。

 そして笑った。

「変な人」

「よく言われます」

「誰に?」

「あなたに」

 二人は、無答館を出ることにした。

 玄関で番人が待っていた。

「お帰りですか」

「うん」

 マイルが言った。

「一個聞いていい?」

「部屋はもう使えません」

「普通に聞く」

「どうぞ」

「館の答えって、本当なの?」

 番人は少し笑った。

「分かりません」

 マイルは目を細めた。

「知ってるでしょ」

「いいえ」

「番人なのに?」

「番人ですから」

「意味分かんない」

「答えを作る者ではありません」

 繭が尋ねた。

「では、何を守っているんですか」

 番人は百の扉を振り返った。

「問いです」

 マイルと繭は黙った。

「人は、答えを得ると、問いを捨てることがあります」

 番人は言った。

「ここは答えを与える館ではありません」

「でも出るじゃん」

「はい」

「じゃあ何」

「答えを得た後、その答えをどう扱うかを見る館です」

 マイルは眉をひそめた。

「性格悪いな」

「よく言われます」

 繭が少し笑った。

「誰に?」

「皆様に」

 玄関の扉が開いた。

 外は朝だった。

 山の霧。

 濡れた石段。

 二人は歩き出した。

 しばらくして、マイルが言った。

「ねえ」

「はい」

「私の答えさ」

「はい」

「持って帰るべきだと思う?」

「紙は持ってるんですか」

「うん」

 マイルはポケットから紙を出した。

 そこには、

 ――はい。

 たった二文字。

「繭ならどうする?」

「マイルさんの紙なので」

「そういうのいいから」

「じゃあ」

 繭は少し考えた。

「今日は持って帰ります」

「今日は?」

「明日、捨ててもいい」

「真実かもしれないのに?」

「はい」

「大事な答えかもしれないのに?」

「はい」

「なんで」

「答えより、問いの方が残っているから」

 マイルは紙を見た。

 私は、自分の問いによって、人を傷つけていますか。

 その問いは、まだ残っていた。

 答えを得た後も。

 むしろ、前より少し重く。

「なるほど」

 マイルは紙を折った。

 捨てなかった。

 ポケットへ戻した。

「繭は答えを見なかった」

「はい」

「後悔しない?」

「するかもしれません」

「じゃあ、また館に戻る?」

「一生に一問です」

「あ、そうだった」

 二人は笑った。

 山を下りる途中、小さな川があった。

 雨の後で、少し濁っていた。

 繭は川を見た。

 マイルも立ち止まった。

「濁ってるね」

「はい」

「飲める?」

「今はやめた方がいいですね」

「でも川としては間違ってない?」

 繭はマイルを見た。

「何ですか、その聞き方」

「いや」

 マイルは笑った。

「ちょっと分かった気がして」

「何が?」

「本当かどうかと、今飲んでいいかどうかは別なんだなって」

「はい」

「でもさ」

「はい」

「飲めないからって、川が偽物なわけじゃない」

「そうですね」

 二人はしばらく水を見ていた。

 濁りは流れていた。

 少しずつ。

 何も意味をつけず。

 何も答えず。

 ただ川として。

 マイルが言った。

「私は多分、これからも聞くよ」

「何を?」

「それ、本当? って」

「いいと思います」

「人を傷つけるかもしれないのに?」

「聞かないことで傷つけることもあります」

 マイルは少し驚いた。

「繭でもそう言うんだ」

「私、別に問いが嫌いなわけじゃないですよ」

「じゃあ何が嫌いなの」

「答えを相手の口に押し込むことです」

「なるほど」

「マイルさんは?」

「何が?」

「何が嫌いなんです?」

 マイルは少し考えた。

「負けない答え」

 繭は頷いた。

「やっぱり違いますね」

「何が?」

「私たち」

「うん」

 マイルは笑った。

「だから一緒にいた方が面白いんじゃない?」

 繭は返事をしなかった。

 ただ、少しだけ笑った。

 山道の先に、朝の光が差していた。

 無答館はもう木々の向こうに隠れて見えない。

 館では今日も誰かが問いを書く。

 愛されていたのか。

 許されているのか。

 正しかったのか。

 才能があるのか。

 生きていてよいのか。

 そして、答えを持って帰る者もいる。

 置いて帰る者もいる。

 信じる者もいる。

 疑う者もいる。

 答えに救われる者もいる。

 答えに壊される者もいる。

 けれど本当は、

 問いには、必ず答えが必要なのではないのかもしれない。

 時には、

 分からないまま持って帰ること。

 決めないこと。

 乾くまで待つこと。

 それもまた、一つの選択なのだ。

 マイル=ベルツは、ポケットの中の紙に触れた。

 楮原繭は、川の音を聞いていた。

 二人とも、答えを持ってはいなかった。

 正確には、

 一人は答えを持っていて、

 一人は答えを見なかった。

 それでも二人は、

 同じ山道を下りていた。

 答えのないまま。

 少しだけ、

 前より自由に。




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神原月見|言語化審神者(げんごかさにわ) 再び空を飛ぶ為の訓練費用に使わせていただきますm(_ _)m