【第三十八度線の火──和平が世界を焼いた日⑫】
第十一部
七月十七日 — 日本の後方支援
日本は、戦争をしていなかった。
少なくとも、政府はそう説明した。
「邦人保護」
「避難民対応」
「後方支援」
「基地防護」
「シーレーン防衛」
「弾道ミサイル警戒」
「サイバー防衛」
「医療支援」
「燃料補給」
言葉はすべて後方だった。
だが、現実は前線だった。
沖縄、佐世保、岩国、横須賀、三沢。
在日米軍基地は、朝鮮半島と台湾海峡を結ぶ巨大な心臓になった。
日本の港湾は血管になり、空港は肺になり、通信網は神経になった。
国会では、野党が叫んだ。
「これは参戦ではないのか」
首相は答えた。
「これは日本の存立を守る行為である」
その夜、那覇上空で迎撃ミサイルの光が走った。
翌朝、日本人の多くは理解した。
憲法の解釈ではなく、現実が国を変えたのだと。

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