発明原理より「精度が高い」TRIZツール――発明標準解(76の標準解)を使いこなす
はじめに:知られざる「本命ツール」
TRIZといえば「40の発明原理」と「矛盾マトリクス」を思い浮かべる人が多いでしょう。実際、TRIZの入門セミナーでは、これらが中心的に教えられています。
私も発明原理、矛盾マトリクスは愛用していますし、実務で活用して威力を感じてきました。本noteでも以前、以下の記事で紹介しています。
しかし、TRIZの創始者アルトシューラー自身は、1970年代初頭には発明原理と矛盾マトリクスの限界を認識し、1985年の最後の著書ではこれらへの言及を省略しています1。
では、アルトシューラーは何を「本命」と考えたのか?
それが発明標準解(76の標準解)です。
発明標準解の歴史:なぜ生まれたのか
発明標準解は、1975年から1985年にかけてアルトシューラーと弟子たちによって開発されました2。
その開発は段階的に進みました:
1970年代:最初の28の標準解が物質-場モデルに基づいて開発された3
1981年:50の標準解に拡張、3桁の番号体系(クラス-サブクラス-標準解)が採用された4
1985年:現在の76の標準解として完成。アルトシューラーはこれを「十分に完成した」と見なした3
なぜアルトシューラーは発明原理を「捨てた」のか
発明原理と矛盾マトリクスには、いくつかの本質的な限界がありました:
問題の大半は、単一の原理では解決できない:ほとんどの問題は2つ以上の原理の組み合わせを必要とする1
マトリクスの各セルは最大4つの原理しか提示しない:実際に使えるすべての原理を網羅していない1
39パラメータへの当てはめが「ざっくり」になる:問題の構造を深く理解しないまま解に飛べてしまう
1973年に物理的矛盾の概念と物質-場分析を導入した後、アルトシューラーは矛盾マトリクスが比較的非効率なツールであると認識し、その開発を中止しました5。
発明原理との違い:「文章」vs「モデリング」
発明原理と発明標準解の最大の違いは、問題へのアプローチ方法です。
発明原理のアプローチ
問題を「技術的矛盾」として定義(パラメータAを改善するとBが悪化)
39パラメータから該当するものを選ぶ
矛盾マトリクスを引いて、推奨される発明原理を得る
原理の「文章」からヒントを得て、自由に発想する
発明標準解のアプローチ
問題を「物質-場モデル」として表現(S1、S2、Fの関係)
モデルの問題タイプを特定(不完全?有害?不十分?)
該当するクラスの標準解を参照
モデル上での「操作」として解が提示される
決定的な違いは、標準解では「何を」「どう」操作するかがセットで提示される点です。
発明原理が「分割せよ」と言うだけなのに対し、標準解は「S1とS2の間にS3を導入せよ」のように、操作対象と操作方法が明確に示されます。
精度が高い理由:モデリングの「強制力」
TRIZコミュニティでは、標準解の強みとして「記号化による汎用性」が挙げられます。アルトシューラーは記号を使って問題と解を表現する方法を発明し、これは数学における代数の発展や化学における記号表記の導入と同様に革命的だったと評されています1。
しかし、実際に使ってみると、精度が出る本当の理由は「モデリングを強制される」ことにあると感じます。
物質-場モデルを作るには、以下を明確にしなければなりません:
S1(対象):何に作用したいのか
S2(ツール):何が作用するのか
F(場):どんなエネルギー/力で作用するのか
問題のタイプ:有害作用?不十分?不完全?
このプロセスを経ることで、問題の焦点が自然と絞られます。「何をしたいのか」を自問することになるからです。
また、最小の技術システム(S1-F-S2のトライアド)を意識させられることで、問題を機能単位で考える癖がつきます。これは発明原理では得られない訓練効果です。
つまり、精度が出る理由と、敷居が高い理由は表裏一体なのです。
批判と課題:なぜ普及しないのか
発明標準解は、TRIZコミュニティ内でも賛否両論があります。
主な批判
構造の複雑さ:1985年以降、5クラス構造は使用を複雑にし、以前の構造より論理的でないと批判されてきた4
特定の場への偏重:機械的・磁気的な場に特別な注意が払われている一方、水力学、光学、音響学など他の場も物質-場モデルを改善できるはずだという指摘がある6
テキストのみで図がない:76の標準解はテキストによる記述のみで構造や図的表現がなく、理解・整理が困難という批判がある7(※ただし、実際には多くの標準解に図は存在します)
他ツールとの重複:76の標準解は他のTRIZツールからの重複情報を含んでおり、発明原理や進化パターンと内容が混在しているという指摘もある6
IT・ソフトウェア分野での課題
標準解は本来、あらゆる技術システムに適用できるはずですが、実際にはIT・ソフトウェア分野での適用事例は少ないのが現状です。「物質」「場」という概念が、物理的なモノを前提としているためでしょう。
ここには大きな開拓余地があると考えています。
使いこなしのコツ:「日本語で」考える
初学者が最も躓くのは、「何がS1で、何がS2で、何が場か?」という切り分けです。
ここでのコツは、いきなり記号で考えようとしないことです。
まず日本語で「○○が△△に作用して□□する」と書き下してみてください:
「ヒーターが樹脂を加熱して溶かす」
→ ヒーター(S2:ツール)、樹脂(S1:対象)、熱(F:場)
「ドリルが金属を機械的に削る」
→ ドリル(S2)、金属(S1)、機械力(F)
このように機能文として書くと、自然とS1、S2、Fが見えてきます。
私の体験:自分の技術開発が「載っていた」
私自身、過去に手がけた技術開発が、そのまま標準解に記載されていたという体験があります。
具体的にはクラス2.4(リズム・周期性の導入)に関するものでした。
当時は発明原理を使ってアイデアを出し、試行錯誤の末にその解決策にたどり着きました。しかし後から標準解を学んだとき、「これ、そのまま載っているじゃないか」と驚いたのです。
逆に言えば、標準解を先に知っていれば、もっと早くそこに到達できた可能性があるということです。
これが「精度が高い」ということの実感です。
まとめ:発明標準解を学ぶ価値
観点発明原理発明標準解問題表現パラメータで定義物質-場モデルで表現解の提示文章によるヒントモデル上の操作抽象→具体の距離遠い比較的近い学習コスト低い高い解の精度運任せになりがち問題に対応した解が出やすい
発明原理は入門には最適ですが、より高度な問題解決には発明標準解が有効です。
ただし、敷居は高い。だからこそ、使いこなせると差がつきます。
ちなみに、76の標準解の構造は、実はもっと整理できます。それはまたの機会に・・・。
まずは「機能で考える癖」をつけることから始めてみてください。
標準解の具体例が知りたい方は以下の記事もぜひご覧ください!
参考文献
Machine Design, "Enhance Your Innovation Technique Using TOP-TRIZ, the Next Generation of TRIZ" - アルトシューラーが発明原理を放棄した理由について ↩ ↩2 ↩3 ↩4
The TRIZ Journal, "The Seventy-Six Standard Solutions, with Examples" - 76の標準解は1975年から1985年にかけて編纂された ↩
MATRIZ Knowledge Base, "Standard inventive solutions (SIS)" - 1970年代に最初の28の標準解が開発、1985年に76の標準解として完成 ↩ ↩2
ResearchGate, "From Altshuller's 76 Standard Solutions to a New Set of 111 Standards" - 1981年の50標準解への拡張、1985年以降の批判について ↩ ↩2
Psynso, "TRIZ" - アルトシューラーが1973年以降、矛盾マトリクスの開発を中止した経緯 ↩
The TRIZ Journal, "Generalized Solutions for Su-Field Analysis" - 76の標準解の重複や特定場への偏重に関する批判 ↩ ↩2
ScienceDirect, "A 3-element structure mapping for enhanced TRIZ problem-solving" - 76の標準解のテキストのみという問題点 ↩
