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カメラを2つにすると、"距離"が写る──TRIZ発明標準解4.5.1「測定用バイ・ポリシステムへの移行」

3行まとめ

  • TRIZ標準解4.5.1「測定用バイ・ポリシステムへの移行」は、測定系を2つ以上に増やすことで測定能力を高める手法です。増えるのは精度だけではありません。単一の観測では取り出せなかった量そのものが現れます。

  • ポートレートモードで背景がぼけるのは、2つのレンズが見た像のずれから距離を計算しているから。カメラを1つ増やした瞬間に、1つのレンズだけでは決められなかった「奥行き」が手に入ります。

  • そして本当に効くのは、数ではなく関係です。レンズ同士の間隔、地震計の散らばり方、アンテナ間の距離——観測系どうしの幾何学的な関係が、そのまま新しい情報源になります。


スマホの背面に、カメラはいくつありますか

お手元のスマートフォンを裏返してみてください。カメラのレンズが、2つ、あるいは3つ並んでいるかもしれません。

なぜ増えたのでしょう。「広角と望遠を使い分けるため」——半分は当たっています。実際、画角の違うレンズを積むことが主な目的である場合も多い。

ですが、それだけではありません。複数のレンズが協力して距離を測っている機能があるのです。

話を、この仕組みを広く身近にした代表例に絞りましょう。iPhone 7 Plusです。この機種は、28mm相当の広角と56mm相当の望遠という2つのカメラを背面に持っていました[注1]。

ポートレートモードで人物を撮ると、背景がふわりとぼけます。あれは一眼レフのようにレンズの絞りでぼかしているのではなく、画像処理でぼかしている。ということは、スマホは「どこまでが人物で、どこからが背景か」を知っていなければなりません。

どうやって知るのか。

答えは、もう一方のレンズです。ポートレートモードでは、望遠カメラが被写体を撮影する一方で、広角カメラが同時に同じ場面を捉えています。2つのレンズは数ミリ離れた場所から同じ被写体を見ているので、近くの物ほど左右の像の中で大きくずれ、遠くの物ほどずれが小さくなる。このずれの量から、被写体までの距離を面的に求めた「深度マップ」が作られ、それをもとに背景だけがぼかされているのです[注1]。

ここで、立ち止まってほしいのです。

レンズを1つ増やして得られたのは、「写真が2枚」ではありません。1枚では決められなかった情報——奥行き——です。

正確に言えば、1枚の写真から距離をまったく推し量れないわけではありません。物の重なり方、見慣れた物の大きさ、ぼけ具合。人間も機械学習モデルも、こうした手がかりから距離を推定できます。しかし、通常の単眼投影だけから絶対距離を一意に決めることはできません[注2]。同じ像は、小さくて近い被写体でも、大きくて遠い被写体でも作れてしまうからです。

レンズを2つにすると、この曖昧さを幾何学で解けるようになります。手がかりからの推定が、視差にもとづく測距に変わる。測れる物理量の種類そのものが変わったのです。

一体、何が起きているのでしょう。


標準解4.5.1「測定用バイ・ポリシステムへの移行」

定義

原文は、驚くほど短いものです。

4.5.1. 測定用バイシステム・ポリシステムへの移行
発展のどの段階においても、測定用Su-Field(物質場)の有効性は、バイシステムまたはポリシステムへ移行することによって高めることができる。

一行です。「測定系を2つ以上にせよ」としか書かれていません。なぜそれで有効性が上がるのかは、読み手が埋めるべき余白として残されています。

その余白を埋めるのが、この記事の目的です。

先に結論を書いておきます。

測定系を複数にすると、精度が上がるだけではありません。それまで一意に決められなかった量が、新しく取り出せるようになります。

単独の観測系から得られるのは、ひとつの観測結果です。ところが観測系を2つにすると、観測結果が2つになるだけでなく、両者の「関係」——差、ずれ、交点——という第三の情報が発生します。この関係こそが、単独の系には存在し得なかった新しい測定量です。

望遠レンズが返すのは「そこに人が写っている」。広角レンズが返すのも「そこに人が写っている」。しかし両者のずれが、「その人は1.5メートル先にいる」を教えてくれる。

Su-Fieldモデルで読む

いつものように、Su-Field(物質場)モデルで整理してみましょう。測定用Su-Fieldは、出力が「場」であることが特徴でした。

Before(単一の測定Su-Field)

  • S1:測定対象(被写体)

  • S2:観測系(1つのカメラ)

  • F<sub>out</sub>:S2が受け取る出力場(像)

問題:F<sub>out</sub>から読み取れるのは方向と明るさだけで、距離という量が出力場から一意に決まりません。測りたい量に対して、Su-Fieldが不完全です。

After(測定用バイシステムへの移行)

  • S1:測定対象

  • S2a、S2b:2つの観測系(望遠カメラと広角カメラ)

  • F1、F2:それぞれの出力場(2枚の像)

  • M<sub>new</sub>:F1とF2の差(視差)から算出される、新しい測定量=距離

ここで、FとMを書き分けていることに注意してください。場(F)として出てくるのは、あくまで2枚の像までです。距離そのものは場ではなく、2つの場の関係から算出される測定量にあたります。測定用Su-Fieldの出力は場ですが、その先で「関係を読む」演算が入るのが、複数化した測定系の特徴です。

そのうえで、ここが肝心です。F1とF2を並べて読むのではありません。読むのは両者の関係です。関係を読んだ瞬間に、どちらの系も単独では持っていなかった情報が現れます。

「増やす」より大事なこと──基線長という設計変数

ここからが、実務では決定的に重要な話です。

ステレオ方式で測距できる距離には、限界があります。遠くの被写体ほど左右の像のずれが小さくなり、ある距離を超えると差が読み取れなくなる。

なぜ限界があるのか。答えは単純です。2つのレンズの間隔が、数ミリしかないから

2つの観測点の間隔を基線長(きせんちょう)と呼びます。そして測定用ポリシステムでは、多くの場合こうなります。

基線長が、測れる対象のスケールを決める。

これは標準解の原文には書かれていません。しかし、実際に4.5.1を使おうとすると必ずぶつかる設計変数です。観測系を「いくつ置くか」だけでなく、「どれだけ離して置くか」が効いてきます。

ただし、単純に「離すほど良い」わけではありません。基線長を伸ばすと、同じ距離の対象に対して視差が大きくなり、遠方でも深度が識別しやすくなります。その一方で、左右のカメラが共通して見られる範囲は狭まり、片方からしか見えない部分(遮蔽)が増え、「左右の像のどの点とどの点が同じ物か」という対応点探索も難しくなる。実際、2つのカメラが同じ点を捉えられなければ、そこの視差は得られません[注3]。

つまり基線長は、測距レンジと視野の重なり・対応点探索の難しさとのトレードオフとして設計されます。自動運転車のステレオカメラがスマホより明らかに広い間隔で取り付けられているのは、遠方の検知を優先した結果です。

ちなみに、人間の目も視差を使って距離を測っていて、その基線長は約6.5センチ。スマホより広く、車載カメラより狭い、という位置づけです[注4]。

ここまでの結論: 測定系のバイシステム化で得られるのは精度だけではなく、新しい測定量です。そして少なくとも幾何学的な測定では、その量の質を決める重要な設計変数が、観測系の数ではなく観測系どうしの間隔=基線長になります。


【コラム】基線長を800キロメートルにすると、惑星が測れる

基線長が測れる対象のスケールを決める——この主張を、これ以上ないほど鮮やかに示す例が、紀元前に存在します。

紀元前3世紀のエジプト。アレクサンドリア図書館の館長を務めていたエラトステネスは、地球一周の長さを計算で求めました。船で一周したわけでも、巨大な測量器械を作ったわけでもありません。使ったのは、離れた2地点での太陽の見え方と、2都市間の距離でした[注5]。

夏至の正午、南方の都市シエネ(現在のアスワン)では、太陽がほぼ真上に来て、深い井戸の底まで日が差し込むことが知られていました。影がほとんどできない。一方、同じ日の同じ時刻、北にあるアレクサンドリアでは、垂直に立てた棒にはっきりと影ができます。その角度は、円周のおよそ50分の1にあたる約7度でした。

太陽光が平行に降り注いでいるとすれば、この角度差は何を意味するか。2地点の間で、地面が7度ぶん傾いているということです。つまり、地球が丸いことの直接の帰結です。そして、7度が円周の50分の1なら、2都市間の距離を50倍すれば地球一周の長さになる。

エラトステネスはこの計算を実行し、驚くほど確からしい値を得ました[注6]。

さて、ここで注目していただきたいのは2点です。

ひとつは、基線長です。アレクサンドリアとシエネの間隔はおよそ800キロメートル。6.5センチ程度の基線長では、対象が遠くなるほど視差が急速に小さくなって使いものになりません。ところが800キロメートル離れた2地点なら、惑星規模の曲率が角度差として現れる。基線長が測れる対象のスケールを決める、という主張そのものです。

もうひとつは、2地点間の距離という「第三の情報」が必要だったことです。影の角度差だけでは、地球の大きさは出てきません。角度差は「地面が7度傾いている」までしか教えてくれない。それが何キロメートルぶんの傾きなのかを知って初めて、円周が計算できます。

この「観測系どうしの位置関係が既知でなければならない」という条件は、あとでもう一度出てきます。実は、GPSも震源決定も、まったく同じ条件の上に成り立っています。

日本ではまだ文字が日常的に使われていなかった時代に、離れた2地点の観測と幾何学だけで惑星のサイズを測った——4.5.1の歴史的な原型として、これ以上の例はないでしょう。


交点が生む情報──地震の震源は、なぜ3か所必要か

視差やエラトステネスの例は「角度やずれの差」を読む型でした。もう少し骨格がはっきり見える例として、地震の震源決定を見てみましょう。

地震計が1台あるとします。この1台から分かるのは、「震源までおよそ200キロメートル」という距離だけです[注7]。

では、震源はどこか。分かりません。その地震計を中心とする半径200キロメートルの円周上のどこか、というだけです。方角の情報が、まったく含まれていない。

そこで2台目を置きます。2つの円が交わり、候補は2点に絞られます。

3台目を置くと、3つの円が一点で交わる。震源が決まります。

ここで起きたことを、もう一度確認してください。地震計はどれも「距離」しか測っていません。1台増やしても、測っているのは相変わらず距離です。にもかかわらず、3台そろえた瞬間に「位置」という別の量が現れた

距離をいくら精密に測っても、位置は出てきません。観測系を増やし、その幾何学的関係を使うことでしか、位置は生まれないのです。これが4.5.1の骨格です。


望遠鏡を巨大にせずに、巨大な望遠鏡を手に入れる

基線長という軸が見えてくると、一見まったく違う技術が同じ発想に見えてきます。

電波望遠鏡は、アンテナが大きいほど細かいものが見えます。しかし、直径何キロメートルものパラボラアンテナを作ることはできません。物理的にも、予算的にも。

そこで生まれたのが、開口合成(アパーチャ・シンセシス)です。小さなアンテナを何台も離して配置し、それぞれが受けた電波を位相をそろえて合成する。すると、アンテナ間の距離に相当する巨大な口径を持つ望遠鏡と同等の分解能が得られます。

この手法を開発したマーティン・ライルは、1974年にノーベル物理学賞を受賞しています[注8]。

さらに極端なのが、地球上の各地に置いた電波望遠鏡を結ぶVLBI(超長基線電波干渉法)です。基線長は地球の直径にまで達します。2019年に公開されたブラックホール周辺の画像も、世界中の望遠鏡をVLBIで同期させ、事実上「地球サイズの望遠鏡」を作ることで得られたものです[注9]。

エラトステネスの800キロメートルから、今度は約1万3千キロメートルへ。基線長を伸ばすこと、それ自体が能力になるという原理は、2200年を経ても変わっていません。

「アンテナを大きくできない」という制約に、TRIZは「大きくするな、離して増やせ」と答えるわけです。


スマホは、自分の居場所を測っていない

冒頭でスマホの背面を見ていただきましたが、今度は中身の話です。GPSも、実は同じ構造をしています。

衛星から届く電波の伝搬時間から分かるのは、「この衛星から約2万キロメートル離れている」という距離に相当する量だけです(正確には受信機の時計誤差を含んだ値なので、擬似距離と呼ばれます)。距離が分かっても、自分がどこにいるかは決まりません。その衛星を中心とする巨大な球面のどこか、というだけです。

——先ほどの地震計と、同じ形をしていることにお気づきでしょうか。

複数の衛星を使うと、球面と球面が交わり、候補が絞られ、位置が一点に決まります。これを三辺測量(トライラテレーション)と呼びます[注10]。

つまり——

スマートフォンは、自分の位置を測っていません。複数の距離を測って、位置を逆算しています。

以前、標準解4.1.3の回で「スマホはバッテリー残量を測っていない」という話をしました。あれと同じ構造です。私たちが「測定値」だと思っているものの多くは、実は直接測られていません。

なぜ、衛星は4つ必要なのか

ここで、GPSの面白い点をひとつ。

求めたい未知数は緯度・経度・高度の3つですから、地震計の例と同じく、理屈のうえでは衛星は3個で足りるはずです。ところが実際の測位には、最低4個が使われます。なぜでしょうか。

衛星には高精度な原子時計が積まれていますが、スマートフォンに入っているのは安価な水晶発振器です。時計が正確でなければ、電波の伝搬時間は正しく測れません。つまり未知数は3つではなく、位置3成分+受信機の時計誤差1つ=合計4つなのです[注10]。

そこで4つの衛星からの観測を連立させます。すると、この4つの未知数が同時に解ける。

つまり、4つ目の衛星が時計誤差を「測っている」わけではありません。4衛星の観測をまとめて解くことで、時計誤差までが推定対象になるのです。

言い換えれば、こうなります。

独立な観測が未知数以上そろえば、それまで邪魔者でしかなかった未知量まで、推定対象に変えられる。

大事なのは観測の「本数」そのものではなく、互いに独立な観測方程式が十分にそろっているかです。同じ方向にある衛星をいくつ足しても、方程式はほとんど独立になりません。だからこそ、衛星が空の一箇所に固まっていると測位精度は落ち、広く散らばっているほど精度が上がる。これは幾何学的精度低下率(DOP)として定量化されています[注10]。

ここまでの結論: 距離しか測れない観測系を複数用意すると、位置が生まれる。さらに独立な観測が未知数以上そろえば、狙っていなかった量まで同時に推定できる。測定系のポリシステム化は、それまで邪魔でしかなかった未知量まで同時に推定できる余裕を生むのです。


もうひとつの果実──「差」が生む感度

ここまでは、複数の観測から交点やずれを求めて新しい量を得る型でした。4.5.1には、もうひとつ別の型があります。

2つの観測系の「差」だけを見るやり方です。

代表格が、ホイートストンブリッジのような差動測定です。抵抗の絶対値を測るのではなく、平衡状態からのずれを読む。すると、絶対測定では埋もれてしまう微小な変化が拾えるようになります。

なぜ感度が上がるのか。両系に共通して乗る変動の一部が、差を取ることで相殺されるからです。温度ドリフト、電源変動、外来ノイズ——どちらの系にも同じように効く成分は、引き算で打ち消し合います[注11]。

同じ原理が、材料分析でおなじみの示差走査熱量測定(DSC)にも見られます。試料と参照試料を並べて同時に加熱し、両者の差だけを追う。単独測定では周囲の温度変化に埋もれてしまう微小な熱の出入りが、差にすると浮かび上がります。

私なりに整理すると、4.5.1から得られる果実には、性質の異なる2つがあります(この2分類は原文が定義しているものではなく、本記事での整理です)。

  • 交点型:複数の観測を組み合わせ、新しい量を得る(ステレオ視、エラトステネス、震源決定、GPS、開口合成)

  • 差分型:2つの観測の差を取り、感度を得る(ブリッジ回路、DSC)

どちらも「測定系をバイシステム化する」という、まったく同じ操作から生まれています。冒頭で「精度だけではない」と書いたのは、こういうことです。感度が上がる場合もあれば、量そのものが増える場合もある。


3.1.1との関係──同じ移行の、測定版

ここまで読んで、「これはClass 3のバイシステム化と同じでは?」と思われた方がいるかもしれません。鋭い指摘です。

答えは、そのとおりです。

これまでの記事で見てきた「2.4.1 ⇄ 4.4.1」「2.4.2 ⇄ 4.4.2」と同じく、ここにも作用と測定の鏡像があります。

  • 3.1.1(バイ・ポリシステムへの移行):技術システム一般を複数化する、汎用のシステム移行

  • 4.5.1(測定用バイ・ポリシステムへの移行):その同じ移行を、測定系に適用した測定専用版

Class 3では、この移行がさらに発展していきます。要素間にリンクを張る(3.1.2)、要素どうしの差異を大きくしていく(3.1.3)——複数化は出発点にすぎず、その後に「要素をどう関係づけるか」という展開が続く。

そして測定系では、この「関係づけ」がとりわけ強く効きます。なぜなら、観測点どうしの幾何学的な関係そのものが、そのまま新しい情報源になるからです。

  • レンズ間隔が、測距レンジを決める

  • 2都市間の距離が、地球の円周を決める

  • 地震計の配置が、震源決定の精度を決める

  • アンテナの設置間隔が、分解能を決める

  • 衛星の散らばり方が、測位精度を決める

視差や三角測量の型では、同じ位置・同じ条件の観測をただ複製しても、新しい幾何情報は増えません。同じ場所に置いた2台のカメラは、視差をひとつも生まない。

(ただし、これはあくまで幾何情報の話です。同一条件の測定を繰り返してノイズを平均化する、あるいは原理の異なるセンサーを併用して弱点を補う——こうした複数化にも、当然それぞれの意味があります。)

センサーを増やせば情報が増えるのではありません。 増やしたセンサーどうしの関係が分かっているときに、初めて新しい幾何情報が生まれます。

エラトステネスのコラムで触れた条件が、ここで効いてきます。交点型を使うときには観測系どうしの位置関係が既知でなければ、新しい量は出てきません。エラトステネスは2都市間の距離を知っていたから円周を出せました。GPSは衛星の軌道位置が精密に分かっているから成立します。震源決定も、地震計の座標が分かっているから解ける。ステレオカメラも、2つのレンズの間隔と向きを正確に把握していなければ、視差から距離は求まりません(だからステレオカメラには較正という工程が必要になります)。


この先の発展:4.5.2「測る量そのものを変える」へ

4.5.1は「観測系を増やして、その関係を読む」標準解でした。

では、測定用Su-Fieldには、ほかにどんな発展方向があるのでしょうか。

TRIZの答えは、測る量そのものを変えてしまうことです。

測定用Su-Fieldには、もうひとつの発展の筋道があります。ある量そのものを測る段階から、その一次導関数を測る段階へ、さらに二次導関数を測る段階へ。位置ではなく速度を、速度ではなく加速度を測る——これが次回扱う標準解4.5.2「微分量の測定への移行」です。

今回が「観測系を増やして、値どうしの関係を読む」話だったとすれば、次回は「測る数学的な量そのものを、関数から導関数へ移す」話になります。

次回は、この4.5.2を取り上げます。


適用チェックリスト

こんな状況なら、標準解4.5.1を検討してみてください。

  • 測りたい量があるのに、いまのセンサーからは別の量しか出てこない(距離は出るが位置が出ない、像は出るが奥行きが一意に決まらない)

  • センサーの性能を上げても、その量は一意に決まりそうにない

  • 対象を、異なる位置・角度・条件から観測することが物理的に可能である

  • 微小な変化が、大きな外乱やドリフトに埋もれてしまっている

3ステップで考える

  1. 増やす:観測系をもう1つ(あるいはもっと)置けないか? 単独の観測系では、どの量が決まらないのか?

  2. 配置する:2つ目をどこに置くか? 測りたい対象のスケールに対して、基線長は足りているか? 視野の重なりとのトレードオフは成立しているか?

  3. 関係を読む:2つの出力を並べるのではなく、差・ずれ・交点として読めるか? そのために、観測系どうしの位置関係は既知になっているか?

自問する3つの質問

  • 「いま1つしかないセンサーを、2つにできないか?」

  • 「2つにするとして、どれだけ離せば測りたいものが射程に入るか?」

  • 「読むべきは2つの値ではなく、2つの値の関係ではないか?」


注釈

  • [注1] iPhone 7 Plusは、28mm相当の広角と56mm相当の望遠という2つの12メガピクセルカメラを搭載した最初のiPhoneであり、ポートレートモードではこの2つの画像から深度データを生成していた。なおスマートフォンの背景ぼかしは、機種・世代によって方式が異なり、単眼画像+機械学習によるセグメンテーションや、ToFセンサ・LiDARによる直接測距を用いるものもある。複数レンズの搭載目的にも、画角の使い分けなど視差以外の理由が含まれる。本記事では「複眼=視差による測距」という原理面に着目して扱った。

  • [注2] 単眼画像からの深度推定(monocular depth estimation)は活発な研究分野であり、既知の物体サイズ、焦点ぼけ、運動視差、学習済みの事前知識などから相対的な奥行きを推定できる。ここで「できない」としているのは、通常の単眼投影のみから絶対距離をスケールごと一意に決定することである。

  • [注3] ステレオ視では、基線長を大きくすると同じ距離の対象に対する視差が大きくなり深度識別に有利になる一方、左右で共通して見える視野が狭まり、遮蔽や対応点探索(マッチング)が困難になる。両カメラが同じ点を捉えられなければ、その点の視差は得られない。

  • [注4] 人間の両眼視差も同じ原理だが、脳が距離を判断する手がかりは視差だけではない。物の重なり、既知の大きさ、運動視差、大気遠近など、単眼で得られる手がかりも並行して使われており、遠距離では後者の寄与が支配的になる。

  • [注5] エラトステネスの測定は紀元前3世紀(およそ紀元前240年頃)とされる。なお、この逸話は主に後世の著述家による伝聞として伝わっており、実際にどの都市でどの手順で測定が行われたか、細部には諸説がある。

  • [注6] エラトステネスが得た値は「25万スタディア」と伝えられるが、1スタディオンが何メートルにあたるかについて定説がない。採用する換算値によって、現代の値との誤差は数パーセントから十数パーセントまで大きく変わる。したがって「誤差わずか1%」といった具体的な数字での評価は避けるべきである。また、シエネはアレクサンドリアの真南からわずかにずれており、北回帰線上にも正確には位置していない。エラトステネスの測定は、これらの近似の上に成り立っている。

  • [注7] 1台の地震計から震源距離を推定する代表的な方法は、P波とS波の到達時間差(S-P時間)を用いるもの。実際の震源決定では多数の観測点のデータを用いた数値的な逆問題として解かれ、深さも同時に推定されるため、本文の「3台で一点」は原理を単純化した説明である。

  • [注8] マーティン・ライルは開口合成の発明を主要な業績として、アントニー・ヒューイッシュとともに1974年のノーベル物理学賞を受賞している。

  • [注9] 2019年に公開されたM87銀河中心の画像は、事象の地平線望遠鏡(EHT)による成果。世界各地の電波望遠鏡をVLBIの手法で同期させ、事実上「地球サイズの口径」を持つ観測網を構成して得られた。

  • [注10] GPSの測位は、複数衛星までの距離から位置を求める三辺測量(トライラテレーション)による。最低4衛星が必要なのは、位置3成分に受信機時計誤差を加えた4未知数を解くため。ただし高度が既知である等、未知数を1つ減らせる条件下では3衛星でも解ける場合がある。また測位精度は衛星の幾何配置に依存し、DOP(Dilution of Precision)として定量化される。

  • [注11] 差動測定で相殺できるのは、両系に共通して同じように乗る成分(同相成分)であり、外来ノイズやドリフトのすべてが消えるわけではない。この相殺能力は、増幅回路では同相除去比(CMRR)として定量化される。なおホイートストンブリッジには平衡型(ゼロ点検出)と不平衡型(出力電圧を読む)があり、厳密には説明が分かれる。本記事では「共通ノイズが差で消える」という論点に絞った。


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