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表現者としてのSnowManの魅力を語る限界オタクの呟き

今回は、SnowManメンバーの出演作品を「消費構造」と「物語構造」という視点で見ていく。

前回の記事で、
「消費構造の作品」と「物語重視の作品」の違いに、少し触れた。



佐久間大介の『スペシャルズ』は、
どちらかというと消費構造。
キャラクター性に全振りした作品だと思う。

それでも、あれが自分の中で「アリ」だと感じられたのは、

“マッチングの吐夢という物語の中の佐久間大介”を、
きちんと描ききった人が作っているからだ。

何よりも、佐久間大介という人間の表現の世界
への愛が、
画面から溢れ出しすぎている。



一方で、目黒蓮。

『私の幸せな結婚』『silent』『トリリオンゲーム』。

これらは完全に、物語が主役で、
目黒蓮は“装置”として機能している。

彼は、自我を消して透明になるのが、うますぎる。

どれもこれも、
「目黒蓮」ではなく、
“その役として生きている人”にしか見えない。



『私の幸せな結婚』に関しては、
キャラ映画的な側面もあるとは思う。

ただ、それ以上に、
原作へのリスペクトが本当に素晴らしい作品だった。



他のメンバーに関しては、
すべてを追いきれているわけではないので、

想像で語るのは誠実ではないと思い、
観測した範囲だけ軽く触れる。



ラウールの『愛の、学校』は物語型。
『赤羽骨子』はキャラ映画寄りだが、
エンタメとして非常に成立していた。



深澤辰哉の『わたしの宝物』も物語型。
やや“深澤味”は感じたが、
そもそも彼は“溶け込む”こと自体が上手いタイプだと思う。



宮舘、渡辺、阿部、向井については正直まだ追いきれていない。
ぜひ、それぞれのファンの方に
• 見どころポイント
• モヤっとしたポイント

を教えてもらえたら嬉しい。



そして——

岩本照。

本当に、なぜあそこまで
いわゆる“キャラクター作品”ばかりが彼に来るのか、
ずっと疑問だった。

ここまで書いていて、
改めて思うのは、同じSnowManの中でも
“俳優としての在り方”が全く違う、ということだ。



例えば、

ラウール、
宮舘涼太、
佐久間大介。

この3人は、ある意味で
「何をやってもその人になる」タイプだと思う。

ただ、それは“役に寄せられていない”のではなく、
そもそも“完成されたキャラクター性”が先に存在しているからだ。

彼らは、人間としてそこにいるというよりも、
“キャラクターが人間として成立している”ように見える。

だからどの作品に出ても、
「また同じ」とはあまり感じない。

むしろ、
“その人の世界が拡張されている”感覚に近い。

どこか人間離れしていて、
良い意味で“概念寄り”なのだと思う。

この三人は、キムタク型の“消えない俳優”であるはずなのに、
そもそも存在がややファンタジー側にあるせいで、どの作品でも“その世界の住人”として成立してしまう。



一方で、岩本照。

彼もまた、キャラクターとしての核は非常に強い。

いわゆる「何をやっても岩本照になる」タイプで、
木村拓哉に近い構造を持っている。

それでも彼が少し違って見えるのは、
その“強すぎるキャラ性”の中に、
確かに“人間としての芯”が残っているからだ。



人外のような完成度を持ちながら、
どこかに“人間の温度”が残っている。

だからこそ、
• キャラクターとしての説得力
• 人間としてのリアリティ

その両方を同時に成立させることができる。
人間が強過ぎて、それがキャラになるタイプだ。

だから、はまれば強いけど
一歩間違えると"岩本照が役やってる"
に見えやすい。

岩本照とラウールは、タイプは全く違うのに、どちらも“センターに立つ人間の構造”を持っている。
一人は軸としてグループを安定させ、もう一人は拡張として世界を広げる。
だからこそ、あの2人はどこか“人間の枠から少し外れて見える”のかもしれない。

宮舘涼太や佐久間大介も、センターを張る力は十分に持っている。
ただ彼らは“自分の世界”や“自分の熱量”が強く、中心に立つとグループ全体の色を大きく変えてしまう。
一方で岩本照やラウールは、個の強さを持ちながらも全体のバランスを崩さない。
その違いが、「センターに立ち続ける人」としての適性なのかもしれない。



そしてもう一人、
対照的なのが、目黒蓮だ。

彼は完全に、カメレオン型。

役に入ると、
「目黒蓮」という存在が一度消える。

気づいたときには、
そこにいるのは“その役の人物”であって、
目黒本人ではない。



つまり、同じグループの中に
• キャラクターが先にあるタイプ
• 人間性を残したまま成立するタイプ
• 自我を消して役に溶けるタイプ

この三つが共存している。



だからこそ、
作品との“相性”がここまで大きく影響するのだと思う。



最推しゆえの葛藤。

『恋する警護24時』も、『モエカレはオレンジ色』も、
決して悪い作品ではない。

でも。

——愛ゆえに、しんどかった。
ああ、所詮アイドルだもんねって
思われてしまいそうだと思ったから。

だからこそ。

カラシトが来たことが、
本当に嬉しくて仕方がない。

ミュージカルも楽しみだ。
絶対に行きたい。

神様、お願いします。
一回だけでいいから。



舞台の上の岩本照は、
本当に、本当に。

魅力がこれでもか、と吹き出る。



Snow Manのメンバーは、
全員がアイドルであり、同時に表現者だ。

私は、彼ら個人そのものというよりも、
“彼らの表現”を強く推している。

もちろん、彼らの人間性も好きだし、
人として素敵だと思うから、
普通にキュンもする。

でも。

ファンとしての根底にあるのは、
表現者である彼らへの敬意と、憧れだ。



これがファンとしての「正しい姿」だと、
言うつもりはまったくない。

ただ少なくとも私は、
そのスタンスで、オタクをやらせてもらっている。

だからこそ、彼らの“表現”が、ちゃんと生きている作品に出会えると、どうしようもなく嬉しくなる。



彼らの表現の幅が、もっと広がって。
たくさんの人に、見つかっていくといいな、と。

本気で思う。

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