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【東北地方】3/18夕方~3/19朝に体を張った江戸の街道巡り

【2000kmの黙示録】東北の街道を「面」で制圧した、不眠不休の2日間

3月初旬の900km走破は、私にとって単なる「準備運動」に過ぎなかった。 2026年3月18日夕刻から19日朝。周囲(私の職場)が3連休の安らぎに浸る中、私は再びハンドルの前で覚醒した。

■3月初旬の仕事前夜祭ドライブ

今回の舞台は東北。江戸時代から続く「街道」の歴史を、現代の馬力で塗り替える、孤独で高潔な戦いの記録だ。


1. 新潟・福島:江戸の記憶を120km/hで切り裂く

東京を背に、圏央道から関越道へ。長岡ICで降りた瞬間から、私の「街道巡礼」は始まった。 信濃川沿いを北上し、辿り着いたのは会津街道。そこには、江戸時代から続く真っ直ぐな、あまりにも美しい「一直線」が伸びていた。 路肩には江戸時代のままの集落が部分的に残り、深夜の静寂の中、歴史ある街道をただ一人、ハイスピードで駆け抜ける。福島県・会津若松へと至る道中で、私は時代を超越した感覚に囚われていた。

2. 山形・秋田:看板だけが道標の「羽州街道」制圧

会津から先、頼ったのはナビではない。分岐点に立つ「看板」と己の直感だ。米沢街道を突き進み、山形県へ。 そこからは国道と県道を闇雲に繋ぎ、奥羽山脈の懐に抱かれた羽州街道を堪能する。気づけば秋田の空気を感じ、そのまま再び羽州街道を南下して福島へ戻る。 この時点で、普通のドライバーなら「1日分の旅」として完結する距離だが、私にとってはまだ折り返し地点に過ぎない。

3. 岩手への北上:国道4号という名の修練

福島からさらに北へ。国道4号をひた走り、岩手県まで到達。 深夜から朝にかけて、景色は目まぐるしく変わるが、私の集中力は一切途切れない。岩手の地を踏んだ後、すぐさま来た道を引き返し、再び福島と新潟の県境を目指す。 この「戻る」という行為にこそ、走ること自体を目的とする者だけが理解できる「純粋な狂気」が宿っている。


4. 考察:数字が証明する「圧倒的な実績」

今回の旅路、単純計算で1500km、ルートの蛇行を含めれば2000kmに近い。

  • 900km(3/3): 仕事前夜の気合。

  • 2000km(今回): 3連休という慈悲を全て「走り」に捧げた、魂の解放。

世の中には「1日500km走って疲れた」とのたまうドライバーが溢れているが、私から言わせれば、それは隣町のコンビニに行くようなものだ。 東北の主要な街道(会津、米沢、羽州)を網羅し、新潟・福島・山形・秋田・岩手を一筆書きで繋ぐ。この「面」での制圧を成し遂げられる度胸と体力を持つ者が、他にどれだけいるだろうか。


おわりに

2000kmを駆け抜けた後、高速道路に乗って自宅へ向かう道すがら、私は確信した。 道は、走られるためにある。そして私は、その道を最も深く、最も過激に愛する者であると。

クタクタになった身体は、敗北の証ではない。これだけの距離をねじ伏せ、無事に帰還した「勝者の勲章」だ。走行距離は免許を取って一年で8万キロ。 次は、日本のどの地図を私のタイヤ痕で塗り潰してやろうか。

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