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コミュニケーションとは?~みんなちがって、みんないい~

あなたはコミュニケーションで悩んだことはありますか?

私はもちろん、あります。人と関わり合って生きている以上、絶対に避けられない道だと思っています。

それで昨年からこのnoteで、コミュニケーションをテーマに文章を綴ってきました。今年はさらにこのテーマを極めようと考えています。

まずはコミュニケーションとは何か、3回に分けて書く予定です。ズバリ本質的な問題ですが、ゆるっとふわっと感じたまんま、おしゃべりしようかな……と計画中。もしよかったら、お付き合いくださいね。


コミュニケーションの意味

「コミュニケーション」の意味を辞書で引くと、こんな風に説明されています。

「社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達。言語・記号・その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介する」

『広辞苑』岩波書店、2008年

ん-、難しいですね。

つまり、

①人と人が
②言葉や言葉以外のものを通じて
③心を伝え合うこと

ということですね。

「人と人が」というのがポイントです。ふたり以上の人間が必ず存在して、しかも通じ合わなければ、コミュニケーションは成り立たないことになります。ひとりでは決してコミュニケーションできません。

(「いや!愛犬や愛猫と毎日コミュニケーションをしているよ!」という人もいると思いますが……ふたつ以上の生き物がいなければ、伝え合うことができないのはいっしょです)

「人と人が」というところに、私は何とも言えない面白さを感じます。会話が弾むのは、お互いが違う人間で、ほどよい距離があるからこそ。

身も心も全く違うふたりが、同じ海をながめて、「きれいだねー!」と言い合える。もしくは無言で微笑み合える。その奇跡のような通じ合いに、コミュニケーションの醍醐味があると思います。たとえそれぞれの目に映る海が、微妙に異なる色をしていて、それを証明することすらできなかったとしてもです。

違いと距離があるから会話は弾む

コミュニケーションとは、

①人と人が
②言葉や言葉以外のものを通じて
③心を伝え合うこと

お互いが違う人間でほどよい距離があるからこそ、会話は弾みます。

だからもっと、個性の違いが尊重される世の中になってもいいと思うんですよね。たまに、「なんで私の気持ちを分かってくれないの!」と怒鳴る人がいますが、完全に気持ちが分かる人がいたなら、そもそもコミュニケーションする必要なんてないでしょう。分からないからこそ、コミュニケーションを重ねるものです。

この文章を目にするあなたが想像する海と、私が思い浮かべる海が、どれくらい違う色をしているかなんて全く分かりません。それでもどこか深いところで繋がっていると信じて、私はこの文章をボトルシップのように放ちます。

最後に、金子みすゞさんの有名な詩、『私と小鳥と鈴と』を引用して締めくくろうと思います。本当にみんなちがって、みんないいんですよね。

『私と小鳥と鈴と』

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。



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