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【短編読切】ジャンル:その他

音楽配信プラットフォームで「その他」を選んだ曲は、誰にも見つけてもらえない。存在するために、タグを付けた瞬間から始まる静かな恐怖。


深夜3時14分。

アップロードボタンを押す直前、ジャンル選択のプルダウンメニューで指が止まった。

「ポップス」
「ロック」
「エレクトロニカ」
「ヒップホップ」
「ジャズ」
「クラシック」

どれも違う。

スクロールバーを一番下まで下げると、灰色の文字で「その他」とある。

他に選択肢はなかった。

アップロード完了。

楽曲管理画面に遷移する。
再生回数:0。

当然だ。

しかし、自分の名前で検索しても出てこない。
曲名で検索しても、だ。

URLを直接入力して、ようやく楽曲ページが表示された。

「ジャンル:その他」

配信プラットフォームのトップページには
「今週のトレンド」
「新着ピックアップ」
「あなたへのおすすめ」
が並んでいる。

そのどこにも、自分の音楽は存在しない。

いや、正確には存在しているが、認識されていない。

試しに「その他」カテゴリを探してみる。

検索フィルターにも、ジャンル一覧にも、その項目はなかった。

「その他」は、分類ですらないらしい。

3日後、再生回数は3になっていた。

全部自分だった。

楽曲の説明欄に「聴いてください」と書き足してみる。
誰に向けてかは、分からない。

プラットフォームの利用者数は7億人。

その中で、自分の音楽は透明だった。

存在するが、存在しない。
アップロードしたが、アップロードされていない。

音楽は、確かにそこにある。

3分27秒、ビットレート320kbps、ファイルサイズ8.2MB。

データとしては完璧に存在している。

ただ、誰にも見えないだけだ。


2週間が過ぎた。

再生回数は相変わらず3のまま。

他の「その他」楽曲を探してみたが、検索方法が分からない。
カテゴリとして存在しないものを、どう探せばいいのか。

ある夜、ダメ元で「Lo-fi hip hop」というタグを追加してみた。

保存ボタンを押して、ページを更新する。

何も変わらない、と思った瞬間、再生回数が4になった。

自分ではない誰かが、初めて聴いてくれたのだ。

1時間後、47回。

翌朝、312回。

震える手で自分の曲を再生した。

イントロが始まる。

何かがおかしい。

ビットレートが落ちている。
いや、それだけじゃない。

ヴィンテージ機材特有のノイズが乗っている。
テープサチュレーション。
アナログ的な揺らぎ。

作った覚えのないエフェクトだった。

慌てて編集履歴を確認する。

「変更なし」

アップロード日時も、ファイルサイズも同じ。
でも、音は確実に違う。

DAWを起動し、マスターファイルを開く。

波形を見た瞬間、血の気が引いた。

プロジェクトファイルまで変化している。

いつ? どうやって?

タグを外そうとマウスを動かす。

警告メッセージが表示された。

「このタグは削除できません(リスナーが定着しています)」

コメントが付いていた。

「最高のLo-fi!作業がはかどります」
「プレイリストに追加しました」
「もっとこういう曲を」

これはLo-fiじゃない、と返信しようとして、手が止まる。

今鳴っているのは、確かにLo-fiだった。

自分が作った曲ではないが、自分の名前でアップロードされた、自分のものではない音楽。

「作業用BGM」という関連タグが提案される。

クリックしそうになり、慌ててブラウザを閉じた。


1ヶ月後。

再生回数は4,000を超えていた。

「作業用BGM」
「チル」
「深夜のドライブ」

タグは勝手に増えていた。

いや、正確には「AIによる自動タグ付け機能」らしい。
オフにする設定が見つからない。

曲を再生する。

BPMが75から62まで落ちている。
メロディラインは単調になり、ドラムは遠くで鳴っている。

そして何より、45分ちょうどでループする長尺版になっていた。

自分が作ったのは3分27秒のはずだ。

コメント欄は賑わっている。

「仕事に集中できます」
「ずっとリピートしてる」
「チルすぎて最高」

新曲を作り始める。

最初の音を打ち込んだ瞬間、自分が何をしているか気づいた。

BPM65。
リバーブ深め。
ベースは単調なパターン。

最初から「タグに合わせた音楽」を作っている。

いや、違う。これは自分の意思だ。

そう思い直し、BPMを120に上げる。

保存して、翌日開くと、また65に戻っていた。

他の曲も確認する。

2年前にリリースした激しいロック調の曲。
今聴くと、チルホップになっている。

ハードディスクに保存していた未発表曲ーまだ一度もアップロードしていない曲までもが、同じような曲調に変化していた。

プロフィール欄を見る。

「ジャンル:チル/Lo-fi/作業用BGM」

いつの間にか「その他」が消えている。

友人からメッセージが来た。

「最近作風変わった? でも今の方がいいよ、聴きやすくて」

変わったのは作風か、それとも自分か。

答えられなかった。

プラットフォームからの通知。

「おめでとうございます!あなたは今月の『注目のチルホップアーティスト』に選ばれました」

鏡を見る。

映っているのは自分だろうか。

顔は同じだ。
でも、その表情が読み取れない。

まるでリバーブがかかったように、輪郭がぼやけて見える。

新曲のタイトルを入力する手が勝手に動く。

「midnight coffee」

また作業用BGMを作っている。

止められない。
いや、止めたくないのか。

もう分からない。

アップロードボタンを押す。

ジャンルは自動で「チル」が選択されていた。


3ヶ月後。

フォロワー10K。
月間再生回数20万。

収益化も始まり、小さいながら収入も入るようになった。

成功している、はずだった。

ある夜、最初にアップロードした曲を聴き返したくなった。

「ジャンル:その他」として上げた、あの曲。

ブラウザの履歴を漁るが、見つからない。
楽曲管理画面にもない。

いや、確かにアップロードしたはずだ。

再生回数3。
全部自分で聴いた、あの曲。 

メールの送信履歴を確認する。

アップロード完了通知が残っていた。
URLをクリックする。

「この楽曲は存在しません」

でも、おかしなことに再生ボタンだけは表示されている。

震える指でクリックした。

3分27秒の無音。

いや、違う。

音量を最大まで上げる。

かすかに何か聞こえる。
これは……自分の声?

いつ録音した?
歌詞などないはずの曲に、誰かが歌っている。

「存在したい でも カテゴライズされたくない」

「認められたい でも 自分を失いたくない」

声は続ける。

「タグのない音楽は存在しない」

「タグのある音楽は自分じゃない」 

ヘッドフォンを外す。

でも声は止まらない。

部屋に響いている。
いや、頭の中で鳴っている。

他のアーティストの「その他」楽曲を探してみる。

検索結果:0件。

「その他」カテゴリ自体が消えている。
まるで最初から存在しなかったかのように。

ふと、自分の昔のSNS投稿を見返す。

「新曲アップしました!ジャンルは……うーん、強いて言えば『その他』かな」

という投稿があった。

しかし、同じ投稿なのに、文章が「チルホップの新曲です!」に書き換わっている。
リンク先の楽曲も、チルホップになっていた。

投稿日時は同じ。
いいねの数も同じ。

でも内容が違う。

過去が書き換わっている。

スマホが震える。

プラットフォームからの通知。

「『深夜の定番プレイリスト』にあなたの楽曲が20曲追加されました」

20曲?

そんなに作っただろうか。

確認すると、見覚えのない曲名が並んでいる。
でも、全て自分の名義だった。


配信プラットフォームの管理画面を開く。

全楽曲が「タグ最適化済み」という緑のラベル付きで表示されている。 

最新曲の制作日を見る。

3時間前。

作った記憶がない。
いや、作ったような気もする。

曖昧だ。
全てが曖昧になっていく。

プロフィール写真を変更しようとして、気づく。

いつから使っているのか分からない画像。
笑顔の自分。

でも、こんな表情をした覚えがない。

新曲が自動的にアップロードされる。

タイトルは「morning meditation」。
ジャンルは当然「チル」。

説明文も自動生成。
「リラックスしたい朝に最適な一曲」。

再生してみる。

確かに自分の音楽的特徴はある。
使用している音色、コード進行の癖。

でも、自分が作ったという実感がない。

ふと思い立ち、「ジャンル:その他」で新規アップロードを試みる。

エラーメッセージ。

「このジャンルは廃止されました」

通知音が鳴り続ける。

「10万再生突破!」
「プレイリスト掲載!」
「新規フォロワー!」

数字は増え続ける。
存在感は増している。

確かに、自分は音楽家として認識されている。
成功している。

でも、鏡を見ても自分が誰だか分からない。

名前は覚えている。
顔も変わっていない。

ただ、その奥にあったはずの何かが、もうない。

最後にもう一度、あの無音の楽曲ページにアクセスする。

今度は完全な無音だった。
3分27秒の、純粋な無。

それでも最後まで聴いた。

これが一番、自分らしい音楽かもしれない。

存在しない音楽。
誰にも聴かれない音楽。
カテゴライズされない音楽。

画面に新着通知。

「おめでとうございます!あなたの楽曲がグローバルチャート入りしました」

通知を消す。

また新曲が自動でアップロードされている。

再生回数は、もう見ない。

【おしまい】


作者から一言

この物語を書きながら、現代の創作者が直面している究極のパラドックスを考えていました。

タグを付けた瞬間、曲は検索可能になり「存在」を認められる。
でもその時点で、曲は「チル」や「Lo-fi」という他者の期待に応える商品になってしまう。

タグを付けなければ、誰の期待にも左右されない「自分の音楽」でいられる。
でも、誰にも見つけてもらえない。

「認められたい」けど「型にはまりたくない」
「多くの人に届けたい」けど「消費されたくない」

この矛盾は音楽に限らず、SNSで何かを表現する全ての人が感じているのではないでしょうか。

「その他」という選択肢は、もう残されていないのでしょうか。 

#音楽小説 #ホラー #ディストピア #音楽配信 #創作論



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音影【音楽小説家】 人とAIの境界で物語を紡ぐ旅にお付き合いいただきありがとう。私の言葉があなたの心に響いたなら、チップが創作の新たな種となります。共に想像の先へ。