短編小説『白いカーテンの向こうで』

白いカーテンの向こうで
祈ることが、あなたと繋がる唯一の時間になった。
消毒液の匂いが染みついた病室。
白いカーテンの向こうに、あなたは横たわっている。
事故に遭ったあの日から、ずっと目を閉じたまま。
あの日は、私たちが付き合って五年の記念日だった。
プロポーズするつもりだと、あなたはポケットに小箱を忍ばせていた。
それを渡す前に、赤いライトが視界を切り裂き、すべては途切れてしまった。
──その小箱は、いまも私の机の引き出しに眠ったままだ。
医師は「回復の見込みはある」と言った。
だから、私は毎日ここに来る。
手を握り、名前を呼び、ただ願う。
──どうか、目を覚まして。
指先は冷たく、それでも微かに温もりを返してくれる気がして、私はそのわずかな錯覚にすがっていた。
けれど、ある夜。
祈りの言葉を心の中で繰り返していたとき、不意に声がした。
「……もう来ないで」
耳の奥で囁くような声。
幻聴だと思った。
でも、目の前のあなたの唇が、かすかに震えていた。
血の気が遠のき、胸の奥に冷たい手を差し込まれたように息が詰まった。
必死にもう一度祈る。
──聞き間違いだ、お願いだから。
……静寂。
モニターの電子音と点滴のしずくが、重なり合って響いていた。
息が鉄の鎖で締め付けられるように、胸が軋んだ。
その一拍のあと、
「来るたびに、苦しいんだ」
はっきりとした声。
現実の耳に、確かに届いた。
私は椅子から立ち上がり、声を押し殺した。
どうして? あなたに会うことだけが、私を支えていたのに。
それは、あなたの本心なのか。
それとも、私が自分のためだけに祈っていた証なのか。
涙で滲む視界に、安らかな寝顔が浮かぶ。
──そして気づいた。
幻でも現実でも、その違いに答えを求めることはもうしなかった。
……どちらでも、もう関係なかった。
病室の前を通るたびに、扉の向こうからあなたの声がする気がする。
「ありがとう。もういいよ」
それでも私は今日も、手を握って名前を呼ぶ。
苦しいのはわかってる。
でも、もう少しだけ──もう少しだけ、あなたのそばにいたいんだ。
淡い光に、白いカーテンが揺れていた。
あとがき
シロクマ文芸部のお題「祈ること」への4本目の参加作品です。
気づけば祈りまくってますね(笑) そろそろ神様から「もういいよ」って言われそう。
それでも書いてしまうのは、祈るという行為が「待つこと」とも「すがること」とも「信じること」とも重なって、いろんな物語に姿を変えるからだと思います。
白いカーテン一枚でも、人の心の奥に届くシーンになる──そんな気がして書きました。
もし少しでも心に触れたなら、どうか祈る代わりにスキ・フォロー・コメントしてくれると嬉しいです。
連載中の『配達員ろること2号』もよかったら覗いてみてください。こちらは「祈ること」より「届けること」がテーマです。
Xではフードデリバリーや小説、AIイラストの話を気まぐれに投稿しているので、散歩がてら立ち寄ってもらえたら幸いです。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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