短編小説『未完成な俺ら』#青ブラ文学部
楽屋の鏡の前で、イチノセが前髪をいじっていた。
「なあハヤシ、俺らってさ、完成してると思う?」
突然の問いに、俺は笑った。
「漫才の話か? それとも人生?」
「どっちもや」
イチノセはペットボトルの水を一口飲んで、ため息をついた。
「この前の『邪道な僕さ』、あれ客ウケはよかったけど、俺の中ではまだ未完成やねん」
「どの辺が?」
「“笑い”は取れた。でも“救い”がなかった」
俺は思わず吹き出した。
「お前、漫才で人助けすんなや」
「ちゃうねん。俺らって、“笑わせる”より、“笑われながら生きとる奴ら”やん」
「……何それ、ポエムか?」
「せや。“ポエム漫才”の新境地や」
冗談めかして言うくせに、目だけは真剣だった。
イチノセは続けた。
「完璧なネタなんか、ないんやと思う。どこか歪んでるから、人は笑うんや」
「それが《ネジ曲がり》の名前の由来やろ」
「せやけど、俺ら、ネジ締めすぎたら死ぬな」
「ネジ緩んでるほうが長生きできそうやな」
「それが“未完成の美学”や」
その言葉に、俺は口元をゆるめた。
こいつ、またタイトル決めたな――そう思った瞬間、出番のブザーが鳴った。
***
眩しいライトの中で、俺たちはマイクの前に立った。
「どうもー、《ネジ曲がり》ですー!」
拍手が広がる。
イチノセが一歩前に出た。
「いやぁ、最近“完璧な人”って多ない?」
俺が返す。
「多いな。SNSのアイコンまで整いすぎてるもんな」
「いや、あれ加工やねん。本物見てみ、エグいて」
「夢壊すな!」
「今なんてちゃちゃっとAIが整えてくれんねん。
本人は寝癖にすっぴんで自撮り。――未完成の美学や!」
「いや、それ美学ちゃう、寝起きや!」
客席がドッと沸く。
「せやろ。俺も“完璧な漫才”やりたいねん」
「いや、無理やろ」
「なんでや!」
「お前のネタ帳、二ページ目から“後で考える”って書いてあるやん」
「未来の俺を信じてるんや!」
「言い訳だけは完璧やな!」
客席が沸く。テンポはいい。
イチノセは息を吸って、少し語るように言った。
「ちゃうねん。“完璧”を極めるために、まず“失敗”を研究してるんや」
「お前は学者か!」
「つまり、“未完成”こそが究極の完成形や!」
「禅問答やめろ!」
また笑いが起こる。
イチノセは続けた。
「たとえば富士山や。あれもまだ噴火してへん、つまり“未完成の山”や」
「どんな理屈やねん!」
「ドーン!ってなったら“完成”や!」
「国ごと吹き飛ぶわ!」
笑いが波のように返ってくる。
俺はその音を聞きながら、ふと――思った。
この瞬間だけは、俺たちの“未完成”が光ってる。
イチノセがマイクに近づいて言った。
「ええか、完璧な人間なんておらん。
ちょっと欠けてるから、人は惹かれるんや」
「またポエム始まった」
「“不完全詩人”や」
「新ジャンル作るな!」
イチノセは少し間を置き、観客を見渡した。
「でもな、未完成って言葉、ええやろ。
“続きがある”ってことや」
「お前、人生の話してるやろ」
「半分な」
「残り半分は?」
「お前とや」
「どの口が言うてんねん!」
客席が笑う。
イチノセがちらっと後方を見ながら、ぽつり。
「……今、客席の一番後ろで引いてる人おったな」
「おるやろ!」
「でもそういう引きも、“未完成のリアクション”や」
「都合のええ理屈やな!」
客席がまた笑う。
その笑いが少し落ち着いたころ、俺はマイクの陰でふとイチノセを見た。
あいつの顔は、照明を受けながらもどこか眠たそうで、
それでも――楽しそうだった。
“完璧じゃない”って、こんな顔のことを言うんやろな、と思った。
「俺らもさ、まだ完璧ちゃうやん」
「そらな、ツッコミのタイミングズレるし」
「でもそれがええねん。完璧に揃ったら機械や」
「AI漫才やな」
「ちゃう、“人間のズレ”が一番おもろいねん」
「ほな今日のズレも計画通りってことか?」
「そう。“予定不調和”や!」
「カッコつけんな!」
イチノセがふと、意味のわからないことを言う。
「……つまり、人生とは――ネジのゆるんだピタゴラスイッチや!」
「何言うてんねん!」
「転がったら転がったで、なんか動くやろ!」
「オチつけろや!」
「これが未完成の美学や!」
「もうええわ! ありがとうございましたー!」
拍手と笑いが重なった。
ライトが落ちる直前、イチノセが小さく呟いた。
「完璧より、おもろいな」
「そらな。お前、途中でポエム入れたもんな」
「それが俺らやろ」
***
舞台袖に戻ると、二人で缶コーヒーを開けた。
シュッという音が、また今日もどこかで救われた気がした。
「なあハヤシ」
「ん?」
「もしも完璧な漫才できたら、俺ら終わりやな」
「たぶんな」
「ほんなら、未完成のままでええか」
「ええよ。お前がポエム言い続ける限りな」
イチノセは笑って、
「せやな。俺ら、《ネジ曲がり》やもんな」
照明の消えた舞台を、ふたりで見つめた。
誰もいない客席に、まだ笑いの残響が漂っていた。
それで、十分だった。
あとがき
青ブラ文学部のお題「未完成の美学」に参加させていただきました。
漫才コンビ《ネジ曲がり》の2人は気に入っていたけど、
こんなに早く続きを書くとは思っていませんでした(笑)
「未完成」と考えていたら自然と2人が思い浮かんで、
すんなりと書けました。
なので、あんまりこのあとがきも書くことないんですよね(笑)
ネタは、もう少し磨けたかなと思ったんですが、
これも“未完成の美学”ってことで(笑)
📢 宣伝パート
「スキ」で笑って、「フォロー」で次のボケを見逃さず、
「コメント」であなたの“ツッコミ”を入れてください!
漫才コンビ《ネジ曲がり》も、“未完成”なまま走り続けています。
もしこの世界観を気に入ってくれたら、連載中の
📦『配達員ろること2号』もぜひ読んでみてください。
日常を配達しながら、笑いと人生をちょっとだけ届けています。
Xでは、フードデリバリーの話や小説、AIイラストを発信中。
物語の裏側や制作の小ネタも投稿してますので、
気軽に話しかけてくださいね。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するXユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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