人生とは、自分にとって何が悪いのかに気づくこと。
お天道様は、【 】よいことを示す羅針盤。
この日本では、【お天道様は見ている】という言葉が伝えられています。
【天道】とは、太陽が天空を通過する道のことを表現しています。
この規則性に基づいた自然の摂理は、人間の力では変えることのできない、絶対的で普遍的なものであると考えられてきました。
そして、【お天道様】は、絶対的に天に存在する太陽を象徴としています。
この【お天道様は見ている】という言葉は、様々な意味を備えています。
「悪いことをしたら、太陽は見ているから、必ず、自分に返ってくる。」
「努力を続けていれば、太陽は見ているから、いつかは成功できる。」
「誰も見ていないかもしれないが、自分はその行動を知っているはずだ。」
自業自得としての戒め、地道な努力への励まし、そして自省・自戒へと導くための教訓として、状況によって解釈が異なるという不思議な言葉です。
この【お天道様は見ている】は、根拠のない、ただの迷信なのでしょうか。
残念なことに、この言葉が、今、日本から静かに消え去ろうとしています。
私は、この言葉が消滅することを、傍観し見過ごすことができないのです。
なぜなら、この【お天道様は見ている】という言葉には、日本のみならず、地球に住む者たちへのメッセージが込められていると信じているからです。
科学者でも大学教授でもない、哲学者でも宗教家でもない、政治家でも企業家でもない、ただの一人の男の主張に、少しの時間、お付き合いください。
細胞の中に秘められたシステムを理解する。
《エピジェネティクス》遺伝子スイッチ。
エピジェネティクスとは、遺伝子を使うかどうかを制御する、入り(オン)と切り(オフ)を切り替えるスイッチのような仕組み、または、その仕組みに関する研究分野のことをいいます。
私たち人間をはじめとする生物の身体は、様々な細胞が集まって完成しており、その細胞の中には、その生物に必要な遺伝子がすべて含まれています。
しかし、実際には、全ての遺伝子が常に機能しているわけではありません。
一生懸命に活動している遺伝子もあれば、眠っていて活動していない遺伝子もあり、遺伝子は、スイッチのようにオンとオフを繰り返しているのです。
遺伝子スイッチ研究の第一人者であった村上和雄教授は、こう説明します。
研究の結果、わかったのが、遺伝子スイッチの重要性なのです。
簡単にいうと、遺伝子に記された情報そのものより、その情報に従って遺伝子を作動させる働き。
その方が生命の形態の進化に深くかかわっていることが、明らかになってきたのです。
設計図に書かれている「静的」な情報それ自体よりも、その情報を発現(オン)させる「動的」な動き。
つまり、遺伝子スイッチの入り・切りの機能が、生命の進化や活動にとって、より重要であることがわかってきました。
この村上教授の遺伝子スイッチの主張に感銘を受けられたのが、サッカーの元日本代表監督の岡田武史氏です。
岡田氏は、ご自身の体験から遺伝子スイッチの重要性に着目され、次世代への教育に尽力されながら、その有効性を様々な方法で発信されています。
そして、逆境に負けない人材を育てるために、こう主張されています。
アフリカでは1日数万人が餓死していますが、自殺する人間はいません。
一方、日本では年間3万人も自殺をしている。
どうして、こんな豊かな国で、人は自殺するのか。
それは、生きる力が落ちているからだと、私は考えています。
日本ほど、快適・便利・安全な社会では、遺伝子にスイッチが入らないのです。
オーストリアの心理学者で、「自己啓発の父」とも呼ばれるアルフレッド・アドラーは、過去の事象に縛られた人たちに向けて、こう述べています。
遺伝や育った環境は、単なる「材料」でしかない。
その材料を使って、住みにくい家を建てるか、住みやすい家を建てるかは、あなた自身が決めればいい。
遺伝もトラウマも、あなたを支配してはいない。
どんな過去であれ、未来は「今ここにいるあなた」が作るのだ。

遺伝子が持つ情報を書き換えることは、誰もできないのかもしれません。
でも、遺伝子が秘めている能力を呼び覚ますことは、誰でもできるのです。
⦅アポトーシス》プログラム上の細胞死。
アポトーシスとは、多細胞生物において、計画的に細胞が死滅する仕組みのことをいいます。
この仕組みは「プログラム細胞死」とも呼ばれ、細胞が制御された形で自己消滅を図るプロセスを意味します。
細胞の増殖と消滅を適切にコントロールすることで、個体全体の生存の維持に関する重要な働きといえます。
最大の特徴は、周囲の細胞たちに影響を与えないことです。
指名された細胞は、計画に沿って死を受け入れ、自ら小さな膜の袋に分かれ、やがて、周囲の細胞や免疫細胞に吸収されて、静かに消えていきます。
鎌倉時代後期から南北朝時代を生きた随筆家の吉田兼好は、『徒然草』の中で、こう記しています。
(現代語訳)
人は、死を憎むのならば、生を愛すべきだ。
生きている喜びを、日々に楽しまずしてよいものなのか。
愚かな人は、この楽しみを忘れて、わざわざ外に楽しみを求めて、この宝を忘れて、危うく他の宝を貪っていては、願いが満たされることはない。
生きている間に生を楽しまずに、死に臨んで死を恐れるなら、それは理屈が通らない。
人がみんな生を楽しまないのは、死を恐れないからだ。
いや、死を恐れないのではなく、死の近いことを忘れているからだ。
『戦争と平和』などの小説で知られる、ロシアの文豪であるレフ・トルストイは、死の恐怖におびえる人たちに向けて、こんな言葉を遺しています。
死への準備をするということは、良い人生を送るということである。
良い人生ほど、死への恐怖は少なく、安らかな死を迎える。
崇高なる行いをやり抜いた人には、もはや死は無いのである。

私たちは、非日常な死を怖れますが、そんな必要はないのかもしれません。
だって、私たちの体の中では、日常的に死が繰り返されているのですから。
《ネクローシス》予期せぬ事態の細胞死。
ネクローシス (壊死) とは、プログラムされていない細胞死をいいます。
アポトーシスとは異なり、病気、怪我、化学物質などの偶発的要因によって、組織が十分な血液を得られず、細胞が死んでしまう現象を指します。
細胞の破裂が特徴であり、一度死んだ細胞は元に戻ることはありません。
ネクローシスによる細胞死は、通常、細胞膜の損傷を伴い、内容物が周囲の組織に漏れ出して炎症反応を引き起こす可能性があります。
この炎症は、さらなる細胞の損傷を誘発することがあり、周囲の健康な細胞にも影響を与える可能性があります。
また、ネクローシスは、がん細胞の生存に影響を与えるため、この経路を阻害することで、がん細胞の悪性化を抑制できると考えられています。
日本を代表する哲学者であり、京都学派の創始者である西田幾多郎は、「純粋経験」という概念を提唱し、『善の研究』を著わしました。
「純粋経験」とは、その事象をありのままに直接的に経験している最初の意識の状態を意味しており、主観と客観が分かれていない状態を指します。
この「主客未分」の状態においては、善悪の区別の捉え方も異なります。
物そのものにおいて、本来、悪なるものがあるのではない。
悪は、実在体系の矛盾衝突より起こるのである。
『エチカ』で知られる、オランダの近世合理主義哲学者のスピノザは、物事の組み合わせによって、善悪を判断することの重要性を主張しました。
善および悪に関して言えば、それらもまた、事物がそれ自体で見られる限り、事物における何の積極的なものも表示せず、思惟の様態、すなわち我々が事物を相互に比較することによって形成される概念にほかならない。
なぜなら、同一事物が同時に善および悪ならびに善悪いずれにも属さない中間物でもありうるからである。
例えば、音楽は憂鬱の人には善く、悲傷の人には悪しく、聾者には善くも悪しくもない。
音楽は、聴く人の状況により、善いものにも、悪いものにも、善くも悪くもないものにもなってしまいます。
つまり、同じものでも、対象となる人の感情や状況、原因や経過などの様々な組み合わせによって、善悪という概念自体が異なってしまうわけです。
善悪の区別は、組み合わせの内容に着目し、その内容を考慮して、その場面に応じて、個々に慎重に判断しなければならないと、彼は訴えました。
シェイクスピアの四大悲劇の一つとされる『ハムレット』のセリフです。
善悪は存在しない。ただ人の考えがそれを作り出すのだ。

善と悪との違いについては、絶対的・普遍的な取り決めなど存在しません。
ただ、自分たちの都合で判断して、勝手に分別しているに過ぎないのです。
《ホメオスタシス》恒常性維持システム。
ホメオスタシスとは、生物が、外的および内的環境の変化を受けながらも、個体またはシステムとしての秩序を安定した状態に保つ働きを指します。
これは、生物が変化を拒み、一定の状態を維持しようとする調節機能です。
例えば、私の体は、気温が高くなると、たくさん汗をかいて体温を下げようとしますし、気温が低くなると、体が震えて体温を上げようとします。
この概念は、心理学においても適用されることがあり、個人が現状を維持したいという心理を指して、人間は変化を拒む傾向があるとされています。
変化こそ、唯一の永遠である。
明治期の稀代の思想家・美術行政家である、岡倉天心の言葉です。
東京美術学校の創設者である彼は、日本文化の保護に尽力し、東洋の伝統的な美や精神を世界に説き、そして『茶の本』をアメリカで出版しました。
彼は、精神的なモノを求める東洋思想の重要性を伝え続けました。
彼のこの言葉は、変化が不可避であることの重要性を強調しています。
私たちの世界では、常に変化が存在し、その変化により一定の絶対的なシステムが構築されており、未来永劫、永遠に伝承されているのです。
第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスは、ストア派哲学を信奉し、「哲人皇帝」とも呼ばれています。
彼は、五賢帝の最後の皇帝として称賛され、皇帝という立場においても人間としての生き方を忘れず、絶えず自省を続け、哲学を探求し続けました。
彼の主張は『自省録』にまとめられ、現代の私たちを魅了し続けています。
ものごとはすべて変化によって生じることを、絶えず観察すること。
自然がもっとも愛するのは、いま存在するものを変化させ、それに似せてあらたなものをつくりだすことにある。
いま存在するものはすべて、これから生じようとしているものの種子だ。
だが君は、大地や胎内にまかれるものだけを種子だと考えている。
じつに浅い考えではないか。
もっと深く考えることだ。

私たちの体がいつも変わり続けていることは、誰もが知っている真実です。
「自分は何も変わっていない」と嘆いているのなら、それは大間違いです。
絶対的支配者である脳の呪縛から離脱する。
《アイデンティティ》自己同一性・主体性。
アイデンティティには、「他とはっきりと区別される、一人の人間の個性。自己同一性。」という意味があります。
「自分が何者なのか」という自己認識や、自分らしさの感覚を指します。
デジタル化やグローバル化の進展、AIの飛躍的進化が叫ばれている現代では、【確固】としたアイデンティティを持つことは大きな意味を持ち、自らの人生における重要な意思決定の際の確かな指針となります。
有名な数学者で、「日本のガリレオ」と呼ばれた岡潔は、日本人が持つ独特の感性である「情緒」を磨くことを推奨しました。
彼にとって「情緒」とは、理屈を超えた心の深層に触れる、人間の根源的な感覚を指します。
彼は、著書『情緒と日本人』の中で、こう記しています。
赤ちゃんは、母に抱かれているとき、自他の区別はない。
時間を感じていない。
やがて時間を感じ、自他を区別して、外界を感じていく。
のどかという感覚は、自他の区別なく、時間を感じないという状態。
情緒は、時間と空間がなくても心の中にある。
情緒を深く、豊かに清らかに育むのが、生きるということ。
超絶主義の先駆者である、アメリカの思想家ラルフ・ワルド・エマーソンは、こう述べました。
絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。
それがもっとも素晴らしい偉業である。
私たちが住む社会は、常に、規範・期待・慣習などにより、私たちが「なりたい自分」ではなく、「なるべき自分」になることを求めてきます。
エマーソンは、そうした状況を憂い、どんな時代だろうと、内面の声に従い、自分固有の人生を歩む勇気を説きました。
他者からの評価ではなく、自らの良心と直観を信じること、自分の信念・価値観・個性を守り抜くことが、最も価値ある人間であると訴えました。

自分という個性は、他者との比較でしか、認識できるものではありません。
また、自分だと思い込んでいる個性とは、脳だけの個性ではないはずです。
《ヒューリスティック》簡略化する判断。
ヒューリスティックとは、人が何かの意思決定をするときに、完璧な分析をせずに、経験や直感に基づき、簡略化した思考で判断する手法をいいます。
ヒューリスティックによって起こる判断ミスの中で、特に多くの人が同様に陥ってしまう現象として、認知バイアスがあげられます。
この現象は、判断や意思決定を無意識にゆがめる思考のクセのことです。
人間の脳は限られた時間と情報で意思決定するため、省力化のショートカットを行なってしまい、その副作用として偏った判断が生まれるのです。
類いまれな経営手腕と独自の経営哲学を通じて、京セラやKDDIを創業し、JALを再建させたことで知られる稲盛和夫は、こう述べています。
失敗する人は、壁につきあたった時、実際できないものと、はじめから決めてかかっているのです。
言い換えれば、努力をすることはするのですが、あるレベル以上はしないのです。
こういう人は壁に突き当たったとき、ごく体裁のいい口実をつけて努力をやめてしまうのです。
認知バイアスの一種に、正常性バイアスがあります。
一種の精神的な防衛反応で、災害などの突発的な災難が起こったとき、多くの人は、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりします。
現実から逃避することで、自分自身の精神的均衡を保とうとするのです。
脳は、常時、決断を下さなければならないという過酷な状況にさらされているため、複雑な情報を大量に処理することは、大きな負担を伴います。
そのため、入手した情報や体験を、都合よく解釈してしまうのです。
共和政ローマ末期の 政治家であり、「ガリア戦記」の著者として知られるガイウス・ユリウス・カエサルは、こう述べたとされています。
人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。

怠け者で、嘘つきで、慌て者で、自己中心的な脳の考えを、一切疑うことなく信じて、躊躇することなく行動することは、本当に正解なのでしょうか?
《ドーパミン》脳の報酬システムの成分。
ドーパミンとは、やる気や達成感などに関わる脳内の神経伝達物質です。
一般には快楽物質と誤解されがちですが、実際には「快楽そのもの」ではなく、「快楽を求めて行動させるためのエネルギー」を生み出します。
つまり、私たちを前向きに動かすための着火剤的な役割を持っています。
実業家・思想家として知られ、心身統一法を創見して、独自の人生成功哲学が数多くの著名人に影響を与えたとされる中村天風は、こう述べています。
本当の欲望というのは楽しい欲望のことで、欲しがりゃ欲しがるほど楽しいのが本当の欲望なんだ。
だから、すべからく楽しめる欲望を炎と燃やしなさいと言いたいんであります。
そうすると、その欲望を燃やしゃ燃やすほど、何とも言えない、人生が豊かなものになるんだよ。
人間は、成長のための画期的手法である欲望という概念を生み出しました。
そのおかげで、この地球を支配する生き物へと進化することができました。
しかし、進化のために必要だった欲望が快楽へ変化して、生きるための快楽なのか、快楽のために生きているのかという、矛盾が露呈してきています。
フランスの思想家のジョゼフ・ジュベールは、このような状況を憂い、このように述べて、警鐘を鳴らしました。
快楽は、肉体のある一点の幸福にすぎない。
真の幸福、唯一の幸福、完全な幸福は、魂全体の平穏な状態に存在する。

欲望を抱くことは、人間という生物であれば、仕方ないのかもしれません。
でも、欲望を快楽と感じ出したら、奪われる恐怖に怯えることになります。
《レジリエンス》困難から抜け出す意志。
レジリエンスとは、ショックや困難な状況から回復する原動力を指します。
元々は物理学の分野で「弾力性」を表す用語でしたが、ストレスに対する柔軟な対処能力として、注目されています。
最近の研究では、ネガティブな出来事を経験した後も心の健康を維持できている人は、レジリエンスが高いことが示されています。
「経営の神様」と呼ばれ、現在のパナソニックグループの創業者でもある、松下幸之助は、こう述べています。
万策尽きたと思うな。
自ら断崖絶壁の淵にたて。
その時はじめて新たなる風は必ず吹く。
人間は、様々な苦難を乗り越え、現在の状態まで進化を続けてきました。
万策尽きたと諦めることなく、断崖絶壁の淵に立つことを決意し、その時に吹いてきた新たなる風を感じて、多くの先人たちが、奮起し続けました。
様々な困難の瞬間、彼らの体内の遺伝子スイッチがオンになったはずです。
「神は死んだ」という有名な言葉で価値観の再構築を訴えた、ドイツの哲学者のフリードリヒ・ニーチェは、『善悪の彼岸』で、こう述べています。
自分を試練にかけよう。
人知れず、自分しか証人のいない試練に。
たとえば、誰の目にないところでも正直に生きる。
たとえば、独りの場合でも行儀よくふるまう。
たとえば、自分自身に対してさえ、一片の嘘もつかない。
そして、多くの試練に打ち勝ったとき、自分で自分を見直し、自分が気高い存在であることがわかったとき、人は本物の自尊心を持つことができる。
このことは、強力な自信を与えてくれる。
それが、自分への褒美となるのだ。
試練に立ち向かい、その試練に打ち勝った経験は、自分は知っています。
他人に与えられたものでも、社会に評価されたものでも、ありません。
その自信は、残りの人生において、【確固】たる大切な宝物となります。
自業自得としての戒め、地道な努力への励まし、自省・自戒への教訓、そして自分だけの強固な自尊心の確立、様々な意味を内含した言葉といえます。

「脳だけに意志がある」という考え方自体、間違っていると思いませんか?
体中の至る所に、意志みたいな潜在能力があるという気がしてなりません。
何が良くて、何が悪いのかを、見つめ直す。
【天地自然の法則】絶対的・普遍的原則。
道教の祖とされる老子は、道(タオ)の存在の重要性を提唱しました。
老子は、この道(タオ)こそが万物創成の母であり、無限のエネルギーを持ち、この世界の根源的な原理や存在の本質を指していると主張しました。
道(タオ)は、絶対的・普遍的原理であり、様々な法則を意味しています。
細胞や脳の仕組み以外にも、生き物たちは、神秘的な能力を持っています。
《トーキングプランツ》とは、植物同士がまるで「会話」をしているかのようにコミュニケーションをとって、助け合っている作用のことをいいます。
《アクティブマター》とは、ムクドリの群れやマイワシのトルネード、蚊柱などに見られる、集団全体として秩序性のある運動形態のことをいいます。
《エコーロケーション》とは、コウモリやイルカなどが自ら出した音の跳ね返る反響を利用して、距離や物の大きさを識別する方法のことをいいます。
この世界には、絶対的・普遍的な原理である【天地自然の法則】が、確実に存在しています。
現代人は、その尊さを敬うことなく、その偉大さに無関心に生きています。
しかし、古の人たちは、それを【お天道様】と表現し、【確固】たる太陽を象徴とするように、【お天道様は見ている】として教え伝えてくれました。
【鏡の法則】自分の姿を確認する存在。
私たち人間は、自分がどのような人生を歩んでいるかを、自覚できます。
でも、自分自身がどんな人生を歩んでいるのかを、見ることはできません。
人生を歩んでいる姿も、良いことをしている姿も、悪いことをしている姿も、死に向かって進んでいる姿も、自分では目視することができません。
しかし、絶対的に天上に輝く太陽は、私たちの姿を見守ってくれています。
また、自分の姿を確認するため、私たちには《鏡》という存在があります。
多くの神社には、ご神体として、《神鏡》つまり《鏡》が祀られています。
《神鏡》に映し出されるのは、手を合わせてお祈りしている自分の姿です。
その《神鏡》に映る者の願いを叶えるかどうかの判断は、その姿を確認した神様に委ねられています。
私たちは、《鏡》という存在がなければ、自分自身の姿を確認できません。
洗面所の鏡、ドレッサーの鏡、スマホの画面、自動車のバックミラーなど。
その《鏡》に映し出された自分の姿は、ただ見栄えが良いのではなく、誰もが【カッコ】良いと認めてくれる姿だと、自信をもって断言できますか?
【善悪の認識】自分には何が重要なのか。
今、私たちの周りには、多くの「〈〇〇〉が悪い」が蔓延しています。
〈政治〉が悪い。〈社会〉が悪い。〈時代〉が悪い。〈環境〉が悪い。
〈家庭〉が悪い。〈学校〉が悪い。〈会社〉が悪い。〈国家〉が悪い。
〈法律〉が悪い。〈宗教〉が悪い。〈教育〉が悪い。〈報道〉が悪い。
〈ネット〉が悪い。〈SNS〉が悪い。〈AI〉が悪い。〈〇〇〉が悪い。
それらの悪いモノが、良いモノに代わったら、何がどう良くなるのですか?
もし、良いモノに代わったとしても、そのまま満足することができますか?
私には欲望があるので、もっと、もっと、良いモノを求め続けるはずです。
なぜなら、私は、良いモノを果てしなく求める習性を持っているからです。
ならば、自分の内部に限りなく存在する良いモノに、注目してみませんか。
「自分自身にとって本当に良いモノとは、一体、どこにあるのだろうか?」
その答えは、私たちの外部にあるのではなく、私たちの内部にあるのです。

【お天道様は見ている】が指し示すこと。
私たちの体の内部にある細胞は、《ホメオスタシス》を維持するために、⦅アポトーシス》を繰り返しています。
たまに《ネクローシス》も起こりますが、それでも懸命に維持に努めます。
細胞の中の遺伝子には《エピジェネティクス》があり、危機に瀕したときなどに、秘めた力を発揮して、人間の進化に大きく貢献してきました。
脳は、《アイデンティティ》を確立する上で、重要な役割を担っています。
しかし、膨大な情報を瞬時に処理しなければいけないため、《ヒューリスティック》の方法を使い、時には、様々なバイアスという弊害が発生します。
そして、《ドーパミン》という報酬感覚を覚えたので、人間は努力して成長できましたが、報酬が手段ではなく、快楽という目的と化していきました。
それでも、人間は、《レジリエンス》という力を発揮して、様々な困難に立ち向かい、自分自身が望む幸せを追求していくはずです。
幸せになるためには、人間を含めた自然界の【確固】たる原理を理解して、自分たちにとって、何が良いモノなのかを見つめ直す必要があります。
【お天道様は見ている】とは、そのための羅針盤となる存在といえます。
私たちが見つめ直すべきモノとは、私たち自身を含めた自然界にあります。
私たちに善と悪の結果をもたらすものは、私たち自身の内部に存在します。
そして、その存在は、私たちが力を発揮すれば、大きく善へと変化します。
私は、何が【カッコ】悪いのか、気づくことができないのかもしれません。
でも、私自身にとっての【カッコ】良いモノを探し続けることはできます。
どんなに馬鹿にされても、誰にも承認されなくとも、突然、死が訪れたとしても、私は、生きていく上で、最も大切なことに気づくことができました。
私自身が、私自身のために、【カッコ】よく生きること。
それを忘れないため、この言葉を生み出してくれた先人たちに感謝します。
この先も、この言葉が指し示す道を、【カッコ】よく歩み続けていきます。
【お天道様は見ています。】
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