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【バイロン・シャープ『ブランディングの科学2』】① 新市場でも変わらない成長の鉄則

はじめに:前作の衝撃と「新たなフロンティア」への挑戦

前回までではバイロン・シャープ教授らによる『ブランディングの科学』(原題:How Brands Grow)を紹介しました。

ひとまず前回の記事で『ブランディングの科学』の紹介を終えたのですが、実はこの本には続編があります。せっかくなので、続編も紹介したいと思います。

『ブランディングの科学』では、長年信じられてきたマーケティングの「常識」―例えば、「ロイヤルティの高い顧客こそが最重要」「売上の8割は2割のヘビーユーザーから」といった考え―に対し、膨大なデータに基づいて「NO」を突きつけ、ブランド成長の真のメカニズムを冷徹なまでに科学的に解き明かしました。

その続編である『ブランディングの科学2 新市場開拓編』は、前作で提示されたブランド成長の法則が、決して特定の市場やカテゴリーに限定されたものではなく、新興市場、サービス業、B2B(企業間取引)、高級ブランド、そしてオンラインの世界といった「新たなフロンティア」においても、機能することを証明するものです。

「我々の国、市場では消費者のブランドへの忠誠心が高いはずだ」「B2Bの取引は感情ではなく合理性で決まるから、一般消費財の法則は当てはまらないのでは?」「高級ブランドのマーケティングは全く別物だろう」。こうした、それぞれの市場やカテゴリーに対する「特別視」や「思い込み」は、多くのマーケターが抱いているかもしれません。

今回はこうした「私たちの市場は違うはずだ」点について、本書の主張を紹介したいと思います。具体的には、ブランド成長の根幹をなす2つの法則、「ダブルジョパディの法則」と「ライトバイヤーの重要性」が、いかなる市場においてもいかに揺るぎない「鉄則」であると述べています。
あなたのビジネスがどの市場にあろうとも、本書を読めば新たな視点が得られるはずです。

第1部:新市場における「ダブルジョパディの法則」― 幻想を打ち砕くデータ

まず、前作『ブランディングの科学』でも中心的な法則として紹介された「ダブルジョパディ(二重の不利)の法則」を思い出してみましょう。これは、「市場シェアが低いブランドは、①顧客数が少ないだけでなく(市場浸透率が低い)、②さらにその顧客たちの購買頻度も(わずかながら)低い」という、二つの不利を同時に背負う傾向があることを示す経験則です。
逆に言えば、市場シェアが高いブランドは、顧客数が多く、かつその顧客の購買頻度も(わずかに)高い、という「二重の有利」を享受しています。

この法則が意味するのは、「熱狂的なファンに支えられた小さな高級ブランド」のようなものは例外であり、基本的にはどのブランドの顧客ロイヤルティ(購買頻度や態度)も、市場シェアの多寡に関わらず大差ないということです。ブランドの売上規模を本質的に決めているのは、ロイヤルティの「質」ではなく、顧客の「数」なのです。

『ブランディングの科学2』は、この法則が先進国の消費財市場だけでなく、まさに「新たなフロンティア」でも普遍的に成り立つことを、膨大なデータで示しています。

例えば、本書では中国の歯磨き粉市場のデータ(2011年)が紹介されています。トップブランドの「クレスト」は市場シェア19%で世帯浸透率57%、平均購買回数2.8回です。一方、市場シェア6%の「LSL」は浸透率23%、購買回数2.2回、さらにシェア2%の「バンブー」は浸透率9%、購買回数2.0回となっています。シェアが小さいブランドほど、浸透率(顧客数)が著しく低く、かつ購買回数もわずかに低いという、典型的なダブルジョパディのパターンが明確に見て取れます。

これはアジアの他の国や、全く異なる大陸でも同様です。ナイジェリアとケニアのソフトドリンク市場のデータ(2014年)では、横軸にブランドの浸透率、縦軸に購買頻度をとったグラフが示されていますが(図1-1)、どちらの国でも、浸透率が高いブランドほど購買頻度もわずかに高い傾向、つまり右肩上がりの分布が確認できます。

サービス業に目を向けても法則は揺るぎません。インドネシアの個人向け銀行のデータ(2014年)では、浸透率64%の「セントラル・アジア銀行」の顧客あたり平均商品数が1.8であるのに対し、浸透率20%の「タブungan・ヌガラ銀行」では1.5と、やはり浸透率の高い銀行ほど利用の幅もわずかに広いことが示されています。また、顧客がその銀行を「好き」と答えた割合も、浸透率の高い銀行ほど高い傾向にあります。

さらに、B2Bという特殊に思える市場でもこの法則は健在です。企業間取引の事例として、コンクリート納品業者と冠動脈ステントのデータが紹介されています。
コンクリート納品業者Aは市場浸透率46%で3ヶ月の平均購買頻度2.96回に対し、業者Eは浸透率26%で頻度1.03回です。冠動脈ステントでも同様の傾向が見られます。ここでも、市場浸透率が低い企業は、購買頻度でも不利を被っています。

これらの多様な市場における一貫したデータパターンが示す結論は明らかです。ブランドが成長するための道は、基本的に「より多くの顧客を獲得すること(市場浸透率の向上)」以外にはないということです。既存顧客のロイヤルティを深めようとする施策(例えば、ポイントプログラムの強化やヘビーユーザー向け特典など)に多大な資源を投下しても、ブランド全体の成長への寄与は限定的です。なぜなら、どのブランドのロイヤルティも、驚くほど似たり寄ったりだからです。重要なのは、いかに顧客の「数」を増やすかなのです。

第2部:あらゆる市場に存在する「ライトバイヤー」― 成長の真の担い手

ブランド成長の鍵が顧客数の増加にあるとすれば、次に問われるべきは「どのような顧客を増やすべきか?」です。ここで、マーケティングの世界で長らく信じられてきたもう一つの「常識」、「パレートの法則(80:20の法則)」の検証が必要になります。「売上の80%は上位20%のヘビーユーザー(優良顧客)によってもたらされる」というこの法則は、効率的なマーケティング戦略の指針とされてきました。つまり、ブランドに多額のお金を使ってくれるヘビーユーザーに集中的にアプローチすることが賢明だと考えられてきたのです。

しかし、前作『ブランディングの科学』は、この80:20の法則もまた”神話”であると喝破しました。多くのカテゴリーで実際には、上位20%の顧客がもたらす売上は50%程度であることが多く、「50:20の法則」と呼ぶ方が現実に近いのです。これは、残りの大多数の顧客、すなわち「ライトバイヤー(購入頻度の低い顧客)」が、売上の残り半分を支えていることを意味します。彼らはたまにしか購入しないかもしれませんが、その圧倒的な数の多さゆえに、ブランドの屋台骨を支える重要な存在なのです。

『ブランディングの科学2』は、このライトバイヤーの重要性が、先進国の消費財市場だけでなく、新たなフロンティアでも変わらないことを示しています。

例えば、英国の燃料ブランドの購入頻度分布(2012年)を見てみましょう
。市場シェア約26%のテスコですら、過去1年間に1度も購入しなかった「カテゴリーバイヤー(年間1回以上燃料を購入する人)」が71%もいます。1~3回購入したライトバイヤーは22%です。市場シェア約4%のエッソに至っては、0回購入者が93%にも上ります。これらのブランドの顧客基盤がいかに広範なライトバイヤー(あるいは非購入者)によって構成されているかが分かります。

また、ヘビーバイヤーの移り気さも、様々な市場で確認されています。
マレーシアの石鹸ブランドとヌードルブランドのデータ(2011-12年)では、ある年に「上位20%のヘビーバイヤー」だった顧客が、翌年も同じブランドのヘビーバイヤーであり続ける「安定度」が調査されています。石鹸ブランドの平均では39%、ヌードルブランドの平均では48%と、ヘビーバイヤーの半数以上が翌年にはそのブランドのヘビーバイヤーではなくなっているのです。これは、ヘビーバイヤーが特定のブランドに永続的に忠誠を誓うわけではないことを示しています。

では、ライトバイヤーが売上にどれだけ貢献するのか?
メキシコのファンタの購入頻度分布(2014年)のデータは、この点を明確に示しています。
このデータでは、購入回数が10回以上の最上位顧客層(全体の13%)が売上の約26%を生み出していますが、購入回数が1回の顧客層(全体の18%)も売上の約10%を、2回の顧客層(全体の21%)も売上の約12%を生み出しています。購入頻度の低いライトバイヤーたちが、束になることで大きな売上貢献をしていることが分かります。実際に、本書では上位20%の顧客(購入回数7回以上)が売上の45%を占めると分析しており、残りの55%は下位80%の顧客によるものです。

新興市場においても、このライトバイヤーの重要性は変わりません。多くのライトバイヤーを獲得し、彼らの購入頻度を少しでも引き上げることができれば、ブランド成長に大きなインパクトを与えます。中国のある歯磨き粉ブランドが市場シェアを1.5%伸ばした際のデータを見ると、その成長は主に「0回購入」だった層が「1回購入」するようになったこと(-1.9%から+1.3%へ純増)や、「1回購入」だった層が「2回購入」するようになったこと(+1.3%から+2.0%へ純増)によってもたらされています。まさにライトバイヤーの行動変容が成長を牽引したのです。

これらのデータが示すのは、ブランド成長の真の担い手は、熱心なファンだけでなく、圧倒的多数を占めるライトバイヤーであるという事実です。彼らを無視して、一部のヘビーバイヤーだけに注力する戦略は、ブランドの成長機会の大部分を逃すことになります。

【まとめ】常識を疑い、普遍的な法則に目を向ける

今回の記事では、『ブランディングの科学2』が示す2つの重要な法則、「ダブルジョパディの法則」と「ライトバイヤーの重要性」が、新興市場、サービス業、B2Bといった多様な市場やカテゴリーにおいても、例外なく機能することを見てきました。

  • 市場の特性に関わらず、ブランドの成長はロイヤルティの深化ではなく、顧客基盤の拡大(市場浸透率の向上)によってもたらされる。

  • その顧客基盤の拡大の鍵を握るのは、一部のヘビーユーザーではなく、圧倒的多数を占めるライトバイヤーの獲得である。

これらの事実は、多くのマーケターが「自社の市場やカテゴリーは特殊だ」と考え、従来型のセグメンテーションやターゲティング、あるいはロイヤルティプログラムに多大な努力を払い続けている現状に対して、根本的な見直しを迫るものです。

マーケティング資源は限られています。その貴重な資源をどこに投下すべきか。その意思決定の土台となるべきは、個別の経験則や思い込みではなく、科学的なデータによって裏付けられた普遍的な法則であるべきです。

では、これらの法則を踏まえた上で、私たちは一体「誰を」ターゲットとすべきなのでしょうか? 「すべての市場で法則は同じ」だとしても、やはり「狙うべき顧客」は存在するのでしょうか? 次回の記事では、本書が驚くべき「ターゲット顧客」の正体と、なぜ従来のターゲティングが無意味なのかを、具体的なデータと共に解き明かしていきます。

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