【バイロン・シャープ『ブランディングの科学』】③ブランド成長の”2つのエンジン”
はじめに:ブランドを成長させるための「具体的な方法論」
これまでの2回の記事で、『ブランディングの科学』の衝撃的な主張を学んできました。ポイントは以下2点です。
ブランドの成長はロイヤルティではなく顧客数の増加によってもたらされること
そしてそのために狙うべきは特定の誰かではなく「カテゴリーの全顧客」であること。
ここまでで、「誰を」狙うべきかは明確になりました。『ブランディングの科学』を紹介する最終回となる本記事では、最も重要な問い、「では、具体的に何をすべきか?」に答えていきます。
カテゴリーの全顧客、特に大多数を占めるライトユーザーに選んでもらうためには、どのようなマーケティング活動が必要なのでしょうか。本書が提示する答えは、またしても従来の常識とは一線を画します。それは、「競合との違い(差別化)」を声高に訴求することではありません。
『ブランディングの科学』が示すブランド成長の具体的なアクションプランは、2つのポイントがあります。
一つは、消費者の記憶に残るための「メンタル・アベイラビリティ(心理的可用性)」。
もう一つは、消費者が買いたい時にすぐ買えるようにするための「フィジカル・アベイラビリティ(物理的可用性)」です。
この記事では、この2つのアベイラビリティを構築するための大前提となる「独自性」の考え方と、2つのエンジンの具体的な仕組みについて、広告効果のデータなども交えながら解説します。
第1部:差別化ではなく「独自性」を追求せよ
従来のマーケティングでは、「USP(Unique Selling Proposition)」という言葉に代表されるように、競合他社との「差別化」こそが成功の鍵だと考えられてきました。「我々の製品は、競合よりもこんなに優れている」「他にはない、こんな機能がある」。こうした”違い”を消費者に理解させ、説得することがマーケティングの主な仕事だとされてきたのです。
しかし、シャープ教授は、これもまた効果的ではないと指摘します。なぜなら、ほとんどの消費者は、ブランド間の機能的な違いにそれほど関心がないからです。彼らは忙しく、日々の生活の中でブランド選択に多くの認知資源(頭のエネルギー)を割きたくないと考えていると主張しています。確かに、水のブランドごとの違いについて認識している人は少ないでしょうし、同じことはチョコレートにも、洗剤などの日用品にも言えるのではないかと思います。
そこで重要になるのが、「差別化(Differentiation)」ではなく「独自性(Distinctiveness)」という考え方です。
独自性とは、そのブランドが「他と違う」ことではなく、そのブランドが「そのブランドらしく」、すぐにそれと認識できることです。消費者の記憶に働きかけ、購買の瞬間に「あ、あのブランドだ」と迷いなく気付いてもらい、思い出してもらうための手がかり、それが独自性です。
この独自性を構築するのが、ロゴ、色、キャラクター、ジングル、キャッチフレーズ、パッケージデザインといった「ブランド資産」です。これらの資産を一貫して、そして長期にわたって使い続けることで、消費者の記憶の中に強力なネットワークが形成され、ブランドの独自性が確立されます。
重要なのは、これらの資産が「優れている」必要はないということです。ただ「ユニーク」で「覚えやすく」「ブランドと強く結びついている」ことが重要なのです。
【例 : エナジードリンク市場】
エナジードリンク市場を見てみましょう。レッドブル、モンスターエナジー、ZONEなど、多くのブランドがひしめいています。各社が成分の違いや効果の優位性(差別化)を訴求したとしても、多くの消費者にはその違いはよく分かりません。
しかし、レッドブルには、「青と銀の缶」「2頭の雄牛のロゴ」「翼をさずける」というキャッチコピーがあります。これらは、レッドブルをレッドブルたらしめている強力なブランド資産です。私たちはこの組み合わせを見るだけで、即座にレッドブルを認識します。これが「独自性」です。
同様に、モンスターエナジーは、黒い缶に刻まれた緑色の爪痕のようなMのロゴが強烈なインパクトを与えます。このロゴを見るだけで、私たちはモンスターエナジーを想起します。
彼らは、味や成分の「違い」を難しく説明する代わりに、一目でわかる「らしさ」をあらゆる場面で露出し続けることで、消費者の記憶にショートカットを作り出し、購買選択を容易にしているのです。これが現代のブランディングにおける正しい戦い方です。
第2部:ブランドを成長させる2つのアベイラビリティ
「独自性」を確立した上で、いよいよブランド成長の2つのエンジンを回していきます。それが「メンタル・アベイラビリティ」と「フィジカル・アベイラビリティ」です。
1. メンタル・アベイラビリティ(心理的可用性):記憶の中の存在感
メンタル・アベイラビリティとは、**「ある状況下で、消費者が特定のブランドを思い浮かべる可能性の高さ」**を意味します。人々が何かを買おうと思う時、その頭の中には複数の選択肢(考慮集合)が浮かびます。この考慮集合に、いかに入り込むことができるかという戦いです。
この想起を促すきっかけとなる「状況」のことを、本書では**「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」**と呼びます。例えば、清涼飲料水のCEPは、「喉が渇いた時」「食事と一緒に」「運動の後」「友人との集まりで」など、多岐にわたります。
メンタル・アベイラビリティを高めるとは、これらの多様なCEPと自社ブランドを結びつける連想を、消費者の記憶の中に数多く、そして強く構築することです。そのための最も有効な手段が、幅広いリーチを持つ広告です。広告の役割は、消費者を「説得」することではなく、前述の「独自性」あるブランド資産を使い、様々なCEPとブランドを結びつけ、記憶を「リフレッシュ」し続けることなのです。
この「広告の役割」について、本書にある「IPA広告効果賞の分析」データが非常に示唆に富む結果を示していました。大きな成功を収めた広告キャンペーンが、「市場浸透率(顧客数を増やす効果)」と「ロイヤルティ(既存顧客の購入を増やす効果)」のどちらに、より大きく貢献したかを分析したものです。
金賞を受賞したキャンペーン: 最高の評価を得た広告キャンペーンですら、ロイヤルティ(既存顧客の購入頻度など)への影響は、わずか平均2パーセントポイントの上昇に過ぎない。
一方で、同じキャンペーンが市場浸透率(顧客数)に与えた影響は、平均で21パーセントポイントもの劇的な上昇を見せた。
この例でみると、10倍以上の効果の差があるということになります(21 ÷ 2 ≒ 10.5)。つまり、優れた広告の主な機能は、既存顧客のロイヤルティを少しだけ高めることではなく、圧倒的に多くの新しい顧客を獲得することにあるということです。これは、広告がメンタル・アベイラビリティを高め、「これまでブランドを想起しなかった人々の頭の中に、その存在を刻み込むこと」がブランドの成長に結び付くといえるでしょう。
【例:出前館】
では、身近な例で考えてみましょう。フードデリバリーサービスの「出前館」を例にとります。彼らは、あの特徴的なダウンタウン浜田さんのCMを大量に投下していました。
「お腹がすいたけど、作るのが面倒」(CEP) → ダウンタウンの歌が頭に流れる
「雨が降っていて、外に出たくない」(CEP) → 「出前館ならすぐ届く」というCMを思い出す
「今日の夕食、何にしようか?」(CEP) → CMで見たピザや寿司が頭に浮かぶ
このように、「出前館」は広告を通じて、様々な「食事に困る状況(CEP)」と自社サービスを繰り返し結びつけ、私たちの記憶にその存在を刻み込んでいます。これが、メンタル・アベイラビリティの構築です。いざという時に「あ、出前館があるじゃないか」と思い出してもらう確率を高めているのです。
2. フィジカル・アベイラビリティ(物理的可用性):物理的な買いやすさ
メンタル・アベイラビリティによって、消費者が「あのブランドを買おう」と思い出してくれても、実際にそれが手に入らなければ意味がありません。フィジカル・アベイラビリティとは、「消費者がブランドを購入したいと思った時に、いかに簡単に、手間なく購入できるか」ということです。
これには、以下のような要素が含まれます。
存在(Presence): より多くの店舗で取り扱われているか。
関連性(Relevance): 適切な場所・時間・形態で提供されているか(例:駅の売店に小さいサイズがある)。
卓越性(Prominence): 店頭で目立つ場所にあるか、オンラインで検索しやすいか。
フィジカル・アベイラビリティを高めるとは、流通網を広げ、多様なチャネルで販売し、顧客とのあらゆる接点で買いやすさを追求することです。機会損失を徹底的になくす努力と言えます。
【例:コカ・コーラ】
フィジカル・アベイラビリティの王者といえば、コカ・コーラでしょう。
私たちは、コカ・コーラが買えなくて困るという経験をほとんどしたことがありません。スーパー、コンビニ、自動販売機、レストラン、映画館、オンラインストア…。「喉が渇いた」と思うあらゆる場所に、コカ・コーラは存在します。サイズも、500mlペットボトル(最近は300mlや700mlもありますね)から、缶、大型ボトル、瓶まで、あらゆる飲用シーンに対応しています。
この圧倒的なまでのフィジカル・アベイラビリティがあるからこそ、広告などで高められたメンタル・アベイラビリティ(飲みたいという気持ち)を、確実に売上へと転換できるのです。もしコカ・コーラが一部のおしゃれなスーパーにしか置かれていなかったとしたら、決して今日の地位を築くことはできなかったでしょう。
まとめ:科学が示す、地道で王道のマーケティング
3回にわたってお届けした『ブランディングの科学』の探求は、ここで一つの結論にたどり着きます。ブランドを成長させるためにマーケターがなすべきこと。それは、極めて科学的かつ、実践的なものです。
「独自性」を確立する:ロゴや色などのブランド資産を一貫して使い、消費者に「そのブランドらしさ」を記憶してもらう。
「メンタル・アベイラビリティ」を高める:幅広い広告活動などを通じて、あらゆる購買状況(CEP)で自社ブランドを思い出してもらう。
「フィジカル・アベイラビリティ」を高める:流通網を最大化し、いつでもどこでも簡単に買える状況を作る。
『ブランディングの科学』の法則は、ビジネスをデータに基づいて見直し、持続的な成長軌道に乗せるための、強力な羅針盤と言えるのではないかと思います。また、これまでのビジネス・マーケティングの常識を覆す点も興味深い点です。是非一度本書を手に取ってみて頂けると嬉しいです。
