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Lil Yachtyの「ルーツ批判」はなぜ炎上するのか

「ヒッピングしてホッピングしてたじゃん。あれ弱すぎだろ」。ヒップホップの起源を嘲笑した男が、実は業界屈指のゴーストライターだったとしたら。

Lil YachtyがBootleg Kev Showで放った"Rapper's Delight"への嘲笑が、ヒップホップコミュニティを二分している。SoundCloud世代への批判に反論する流れの中で、「俺らだけが意味不明なこと言ってたみたいに扱うな」と語気を強めたYachtyは、ヒップホップ史上初のヒットレコードを「弱すぎる」と切り捨てた。これに対し、Joe Buddenのポッドキャストは「お前にその資格はない」と断じ、3rd Verse Podcastの業界インサイダーは「あいつは実は書ける」と擁護した。真逆に見える二つの反応が同時に噴出したこの炎上は、ヒップホップにおける「敬意」の定義そのものが世代間で亀裂を起こしている現実を映し出している。


「それはリリックじゃない」:誤読されたBig Bang

Yachtyの批判は、一見すると明快だ。「俺らだけが意味不明なこと言ってたみたいに言うけど、昔のやつらもヒッピングしてホッピングしてたじゃん。あれ弱すぎだろ」。しかし、Joe Buddenのポッドキャストはこの発言の根本的な誤読を即座に指摘した。「あの曲はリリカルな能力で評価されたことは一度もない」というのだ。Yachtyが引用した「a hip, a hop」のパートは、そもそもラップのヴァースではない。パーティを盛り上げるためのルーティン、MCが群衆をあおるための掛け声に過ぎない。韻の巧みさを評価する対象ではなく、フロアを動かすための装置だったのだ。

さらに踏み込んだ指摘が続く。「あの時点では、まだヒップホップですらなかった」。1978年当時、MCingはレコード化される音楽ではなく、地元のパーティで群衆を盛り上げるローカルイベントだった。"Rapper's Delight"は15分に及ぶ楽曲であり、現代の3分間シングルとはまったく異なる目的のために作られた。ポッドキャストはこの曲を「Big Bang(ビッグバン)」と呼んだ。宇宙の起源に美しさや精緻さを求める者はいない。それは「始まり」そのものであり、その後のすべての前提条件なのだ。

Dr. Jジュリアス・アービングのダンクを今見て、スラムダンクコンテストと比べて"地味だ"と言うのと同じだ。あれは設計図なんだよ。すでにあるものの上に何かを積むのは簡単だ。彼らは無から有を作ったんだ」。別のホストはCharlie Chaplinの映画を"Avengers"と比べるようなものだとも言い添えた。3rd Verse PodcastのStat Quoは、さらに大胆な比喩で同じ構造を描いている。自宅のビデを引き合いに出し、「ビデと昔の最初のトイレを比べたら、あのトイレはクソだったと思う。でも最初のトイレをディスリスペクトするか? しない。そこから始まったんだから」と語り、「Yachtyには座る場所がある。でもそれは、冷たい石灰岩の上に座ることを選んだ誰かがいたからだ」と続けた。

Joe Buddenのポッドキャストでは、ホストの一人がKnicksの試合でThe SugarHill Gangのハーフタイムショーを最近観たことを明かし、「今でも盛り上がる」と断言している。Justin Huntも「ヒップホップ史上最初のヒットレコードを例に挙げるのは正気じゃない」と一蹴した。Sugar Hill Gangがいなければ、Lil Yachtyの「創造の流儀」も存在しなかった可能性がある。Yachtyの批判は、楽曲の歴史的意義だけでなく、その曲が果たした機能をも根本的に誤読していた。

「お前に資格はない」vs「あいつは書ける」

Joe Buddenのポッドキャストの批判は容赦がなかった。「自分の世代で"弱い"と思われている人間が、他の世代に戻って"弱い"と言うのは筋が通らない。お前がそれを言う人間じゃない」。Lil Yachtyのラッパーとしての一般的な評価について、「Yachtyをラッパーとして語るとき、"強い"と言う人間はいない。リリカルだとも言わない」と付け加え、あるホストは「この会話に入るだけの勲章がない」とまで言い切った。Yachtyが常にニューヨークのヒップホップやファッション、ニューヨーク出身のアーティストに対して否定的な発言をする傾向があるという指摘も出た。「あのJ. Coleとの共演曲が分水嶺だったと思う。あれ以降、Yachtyにはこの種の傲慢さが生まれた」という分析もあった。

ところが、3rd Verse PodcastのDJ Mormileは、業界の内側から正反対の証言を投下した。「彼のライターとしての才能を認識していない人が多い。Atlantaアトランタ出身の最高のリリシストの話をするとき、俺は常に彼を入れる」と断言し、ランキングを問われると「トップ35には確実に入る」と答えた。さらに、「アーティスト名は言わないが、世界的に有名なアーティストの曲が丸ごとリークされて、彼が全部書いていた」(言われていますよ、Drakeさん。)と、Yachtyのゴーストライティングの実態を明かしたのだ。DJ Mormileは実際にYachtyと同じスタジオで彼のクリエイティブプロセスを目の当たりにしており、「音楽的には自分の好みではない」と正直に認めつつも、才能そのものは疑いようがないと語った。

ここに、この炎上の最も興味深い断面がある。外部から見ればYachtyは「ラップが弱い人間がルーツを嘲笑している」に過ぎない。だが業界の内部から見れば、大物アーティストたちの曲を書きながら、表ではマンブルラッパーとして軽視され続けてきた人間の鬱積うっせきが噴出したのだ。Stat Quoはこの心理を的確に読み解いた。「人々が彼の悪口を言い続けてきたのは明らかで、それが彼の全てに対する見方に影響している。自分の好みじゃないものを聞くと、自動的に"でもあいつらもクソだったじゃん"って反応する」。3rd Verse Podcastでは、YachtyがJ. Coleとの共演で「俺もMCだ、聴いてくれ」とリリシズム重視の聴衆にアピールしようとしたが、それでも嘲笑は止まなかったことにも触れられた。二つのポッドキャストが同じJ. Coleとの共演に言及しながら、まったく異なる文脈で解釈している事実そのものが、Yachtyの立ち位置の複雑さを物語っている。

カーテンの裏側:ゴーストライティングの不都合な真実

Yachtyのケースは、ヒップホップにおけるゴーストライティングの根深い矛盾を浮き彫りにする。Stat Quoが明かしたエピソードは衝撃的だ。「DrakeがWayneに曲を送って、WayneがDrakeを外して"これは俺の曲だ"と言って、Drakeが書いたフックを歌った。それは他の人のために書くってことだよ」。Drakeは「ラップができない」「自分で書いていない」と批判される常連だが、そのDrakeがLil Wayneに楽曲を提供していたという事実は、批判の構造的な矛盾を露呈させる。

Stat Quoは「俺はカーテンの裏側に住んでいる」と語り、業界内部から見える景色と外部の評価の乖離を嘆いた。「Yachtyはラップができないと言われているが、俺はお前らが"最高だ"と言うアーティストたちのために彼が書いたリファレンス曲を聴いている」。DJ Mormileはさらに射程を広げ、TI、Future、そしてWill.i.amの名前を挙げた。「自分のキャリアを持ちながら、他のアーティストのために曲を書く。その両方の帽子をかぶるのは簡単なことじゃない」。興味深いことに、Joe Buddenのポッドキャストでも同じWill.i.amの名が登場する。Will.i.amがJay-Zについて発言した際に「お前にそれを言う資格はない」と批判された件を引き合いに出し、Yachtyの炎上と同じ構造、つまり「実績が外から見えない人間の発言は軽視される」という構図を指摘したのだ。

NasとPete Rockの伝説的な出会いのように、ヒップホップの名曲の裏には常に「見えない貢献者」がいる。Yachtyもその系譜に連なる存在だが、「カーテンの裏」にいる限り、その実力は正当に評価されない。ここに、ヒップホップの世代間論争が解決困難な理由がある。「リスペクト」を求める声は、しばしば「実力を正当に評価されていない」という不満と表裏一体だ。敬意の問題は、常に双方向なのである。

「先人への敬意」とは沈黙か、それとも正直さか

Stat Quoは、Yachtyに対する同情と批判を同時に示した。「先駆者に対しては、ある種の敬意を持って話すべきだ」と釘を刺しつつも、「彼がそう感じる理由は理解できる。彼が経験してきたことを考えれば」と前置きした。The SugarHill Gangをディスリスペクトして「どこにもたどり着けない」という現実的な忠告もあった。

Joe Buddenのポッドキャストからも同様の実践的な助言が出た。「80年代にも90年代にも2000年代にもクソな曲はいくらでもある。そこを攻撃すればいい。なぜよりによって、まだ"ラップ"とすら呼ばれていなかった時代の最初の一曲を標的にするのか」。批判の「中身」ではなく「矛先の選択」そのものが致命的だったという指摘である。Yachtyの議論には一定の理がある、80年代にも90年代にも弱い曲は存在した、という点では両ポッドキャストとも一致している。問題は、その例として"Rapper's Delight"を選んだことだ。

DJ Mormileの視点は最も複雑だ。彼はYachtyの発言を「たぶんトロールだ」と見つつも、「彼は間違っていない」とも認めた。"Rapper's Delight"を歴史的文脈から切り離し、純粋に「リリック」として評価するなら、確かに現代のスタンダードには及ばない。問題は、音楽を歴史的文脈から切り離して評価することが適切なのかという点にある。Justin Hunteは「Lil Yachtyを80年代や70年代の誰かと比べようとするのは、テスラと初代ホンダ・アコードを比べるようなものだ」と表現した。

Yachtyの発言から浮かび上がるのは、ヒップホップ文化における「敬意」の定義が世代によって根本的に異なるという現実である。旧世代にとって敬意とは、先人の功績を無条件に称えることだ。一方、新世代にとっての敬意は、先人の仕事を正直に評価した上で、自分がどれだけ前に進んだかを示すことかもしれない。どちらが正しいかという問いに答えはない。ただ、Stat Quoが言ったように、「彼は若い。間違いを犯すだろう。そしていつか振り返って、ああ言うべきじゃなかったと思うだろう」。そしてJoe Buddenのポッドキャストで指摘されたように、Yachtyがこの種の発言をする「資格」を外部から認められるまでの道のりは、ゴーストライティングの匿名性に覆い隠されたまま、まだ遠い。


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