LaRussellとは何者か?
ヴァレーホの水が育んだ男
「土じゃない、水だよ。水に何かが入ってるんだ」
カリフォルニア州ヴァレーホ出身のラッパー、LaRussell(ラッセル)は、自分の故郷がなぜこれほど多くの伝説的アーティストを輩出してきたのかと問われ、こう答えた。E-40、Mac Dre、Too $hort。ベイエリアのヒップホップ史を彩るレジェンドたちを生み出したこの小さな街は、オークランドともサンフランシスコとも違う。地理的に「島」のように孤立しているからこそ、独自のアイデンティティを築かざるを得なかった。その孤立が、誰にも似ていない「ソース(個性)」を生み出す土壌となったのだ。
そして2025年、そのヴァレーホの水が育てた最新の男が、まさに歴史的な瞬間を迎えようとしている。Truth Hurtsポッドキャストに出演したLaRussellは、インタビュー直前にJay-Zと2時間にわたる対話を終えたばかりだった。さらに、まだ公には発表されていなかったスーパーボウルでのパフォーマンスを、ここで初めて明かした。テイルゲート・プレゲームショーへの出演に加え、スタジアム内の全試合中BGMを自身のバンドとクワイア(聖歌隊)で担当するという。これまで存在しなかったポジションが、彼のために新設されたのである。
「ヴァレーホでE-40やToo $hortを聴いていた小さな黒人少年が、そこに辿り着く? ありえない。いや、成功するとは思っていた。でも、この規模は想像すらできなかった」
以前の記事「LaRussellを聴け」ではその音楽的魅力を、「LaRussellの挑戦」では独立アーティストとしての哲学と実践を紹介した。本記事では、Truth Hurtsポッドキャストのインタビューを軸に、LaRussellが辿ってきた道のりの全貌を描き出す。ヴァレーホでの原風景、音楽との出会い、航空宇宙企業を辞めた日、そしてJay-Zやスーパーボウルという最高到達点に至るまでの物語だ。
姉のブームボックスから始まった旅:音楽との原体験
LaRussellの音楽的ルーツは、家族の日常と密接に結びついている。彼の最も古い音楽の記憶は、姉と一緒にブームボックスの前でラップを書いたことだ。父親がいつもCDを焼いて聴いていた家庭環境の中で、姉に「一緒にラップを書こう」と誘われ、それをキッチンで母と従姉妹の前で披露する。そこから、彼はノートを手放せなくなった。
「授業中もずっと書いていた。逃げられなかった。ただ書くことが好きだったんだ」
転機は、Lil Wayneとの出会いだった。友人のiPodで初めて”Da Drought 2”を聴いたとき、LaRussellのリリシズムへの情熱に火がついた。ノートはパンチラインで埋め尽くされた。パンチライン、パンチライン、また、パンチライン。まだ「曲の書き方」は知らなかった。ただ「バー(リリック)を書く方法」だけを知っていた。
やがて決定的な気づきが訪れる。
「自分の人生について曲を書けるようになったとき、世界が丸ごと開けた。『ずっと使い方を間違えていたんだ』って。パンチラインだけじゃなくて、自分が感じていることを表現できるんだって」
この瞬間こそが、LaRussellがただのラッパーから「アーティスト」へと変貌する原点だった。彼はWayneに対して複雑な感情を抱くようになったとも語る。ラップの技術を教えてくれた存在への深い感謝がありつつも、成熟するにつれて、Wayneの膨大なカタログの中で本当に「何かを語っている」曲がごくわずかだという現実にも目を向けるようになった。しかし、それをWayneへの非難に変えるのではなく、「彼は13歳で学校を中退し、ギャングスターの養子として育った子供だった。与えられたすべてを出し尽くしたんだ」と、深い理解を示す。
コミュニティの中で育つということ:LaRussellの家庭と原風景
LaRussellが描くヴァレーホでの幼少期は、コミュニティという概念の最も温かい形だ。彼の両親は常に「ファミリーのホスト役」だった。試合の日も、パーティーの日も、近所の人々が集まるのはいつもLaRussellの家だった。父親は料理を振る舞い、誰の面倒も見た。通りの子供たちはみな外で遊び、よその母親が自分の子供を叱ることが当たり前だった。
「だから俺のブランドがこうなってるんだ。だから俺はあの子供たちとああいう関係なんだ。あの子たちは俺の子じゃないけど、全員俺の子供だ」
この「コミュニティの中で育つ」という原体験は、のちの彼のブランド「Good Company」の礎となる。2016年頃に始まったGood Companyは、「自分が存在したいと思うコミュニティを、自分で築く」ための器だった。ブランドのシンボルにペニー(1セント硬貨)を使っているのも象徴的だ。「道に1ドルが落ちていれば誰でも拾う。でもペニーなら素通りする。でも、人生で素通りしてきたすべてのペニーを拾っていたら、どれだけの額になっていたか?」。過小評価されたものの中にある価値を見出すこと。それがLaRussellのビジネス哲学の根幹であり、彼自身のキャリアそのものを映す比喩でもある。
「LaRussellの常識を覆すビジネスモデル:なぜ革命家なのか?」では、このGood Companyブランドがいかにしてファンとの共創モデルを構築したかを詳しく取り上げている。
涙の朝、辞表の午後:航空宇宙企業を辞めた日
LaRussellの人生における最大のターニングポイントは、2019年に訪れた。当時、彼は派遣会社を通じて航空宇宙企業で働いていた。その前にはUPS、FedEx、ワイナリーと職を転々としていた。2018年にはファーストアルバムをリリースし、ショーもこなし始めていたが、まだ本業との二足の草鞋を履いている状態だった。
ある朝、彼はデスクに座り、突然泣き出した。
「コントロールできなかった。ただ涙が溢れてきた。兄に電話して言ったんだ。『ここを出なきゃいけない。これを5年、10年続ける人生は嫌だ』って」
職場の同僚たちに「音楽でやっていく」と告げると、彼らは「安定を捨てるのか?」と理解できなかった。だがLaRussellは、税金の還付金で6千〜7千ドルが戻ってくるタイミングに合わせ、翌朝辞表を書いた。「探しても無駄だ。もう電話に出ない」とスーパーバイザーに告げて去った。
帰宅した彼を母親が迎えた。「あら、今日は早いわね」「もう仕事は終わりだよ。もう仕事はない」。そのまま部屋に直行し、曲を書き始めた。
退職からわずか3日後、運命が動く。あらゆるブログやメディアの記者に手当たり次第メッセージを送っていたLaRussellに、Vevoの担当者Micahから返信が来た。「ギャラは出せないが、パイロット番組を作っている。出演してくれれば、すべてのコンテンツを渡す」。LaRussellはわずかな貯金を握りしめてその話に飛び込んだ。結果、そのパイロット版は正式なシリーズとして承認され、今も大物アーティストたちが出演し続けているという。
「最初の雪玉が転がり始めたら、俺はそのまま大きくし続けた」
「俺がヒットレコードだ」:データでは測れない影響力
LaRussellのキャリアにおいて、最も鮮烈なエピソードの一つが、Kyrie Irvingとの出来事だ。NBAスターのKyrie IrvingがLaRussellのアルバムを1万1千ドルで購入した。LaRussellはそのお金を全額コミュニティに還元した。
しかし、この話のポイントは「寄付」の美談ではない。LaRussellが強調するのは、その次の戦略だ。
「全世界があれを見たって言ったよな? 俺はインディーだ。じゃあ、誰が全世界に見せるために金を払ったと思う? 俺だよ」
彼はKyrieからもらった金を寄付し、さらにその出来事をマーケティングするために広告費を自腹で投じた。つまり、あのエピソードで彼は赤字だった。だが、彼はこう問いかける。「全世界が見たなら、それは赤字か?」。そのバイラルな反響が、やがてスーパーボウルへの招待につながった。「ああいうことをする人間が好きなんだよ、あの人たちは」。
業界の常識では、「ヒットレコード」がなければ成功できないとされる。だがLaRussellは、レーベルの幹部たちにこう告げた。
「俺は伝統的なヒットレコードを届けに来たんじゃない。俺自身がヒットレコードだ。トップ40のヒットを持つアーティストと一緒に歩いてみろ。俺の方がはるかに多く立ち止まられる。なぜなら、文化的に俺こそがヒットだからだ。でも、それはデータにも、メトリクスにも、ストリーミングにも載っていない」
フォロワー数の中に誰がいるかは分からない。1万人の中にKyrieがいた。WaleがリポストしてLaRussellはバイラルになった。Jay-Zは「何年も見ていた」と語った。100人のフォロワーのうち1人が5万人のフォロワーを持っていれば、もう勝ちだ。データは、それを成功とも失敗とも判定するには不十分なのだ。
「自分に投資しろ」:常識を覆す再投資哲学
以前の記事「LaRussellの挑戦」では、彼の独立アーティストとしての投資戦略とデータドリブンな経営手法を紹介した。今回のインタビューでは、その「再投資」の極端さが一層明らかになっている。
LaRussellのビジネス哲学において最も物議を醸すのが、「稼いだ分だけ使い切る」という再投資方針だ。以前、自分の収入と同額を支出しているとSNSに投稿したところ、多くの人々が「それはビジネスとして正しくない」と批判した。
だが彼は断言する。「自分がなりたい人生を生きていない人間からのアドバイスには気をつけろ」。
ショーの報酬がDJ付きの自分一人分であっても、自腹でフルバンドとクワイアを連れて行く。100万ドルを今月使って、4月まで回収できないかもしれない。だがその4月に60万ドルが入るなら、数ヶ月の赤字は計算された投資だ。
「もし早い段階で『まず30%だけ使おう、次は20%だけ使おう』とやっていたら、今ここにはいなかった。すべてを再投資して次のレベルに行かなきゃならなかった」
彼が12万ドルを広告費に投じたことを公開したときも、多くの人が衝撃を受けた。だがLaRussellのロジックはシンプルだ。100人にテストして90人が気に入った商品があるなら、1万人に見せるべきだ。1万人で成功したら10万人に見せろ。アートを作るのに費やした以上の時間を、アートが人々に届くことに費やせ。
この哲学は、ベイエリアの独立精神の系譜を21世紀にアップデートしたものだ。Too $hortとE-40が「トランクの外から売る」という文化を作った。LaRussellはそのDNAを受け継ぎつつ、デジタル広告とソーシャルメディアという現代のツールで武装した。
「俺はインディーのアーティストで43枚のアルバムがある。40が30枚の先駆けを作ってくれたから、俺は誇りを持てるんだ。ダブルディスク、トリプルディスク、表と裏。好きなものは全部出す。メジャーレーベルのシステムに属さないことを恥じる必要はないと教えてくれた」
広告は「ビルボード」だ:LaRussellのデジタルマーケティング論
「LaRussellの父から学ぶ、クリエイターを成功に導く『逆張り』思考法」では、父の「毎日投稿しろ」という教えがいかにLaRussellのコンテンツ戦略を形成したかを紹介した。今回のインタビューでは、そのコンテンツ戦略と密接に連動する「広告」の哲学が語られている。
彼は2019年に広告の世界に足を踏み入れた。友人のR&Bプロジェクトの楽曲制作を手伝ったことがきっかけで広告運用を学び始め、実際にフォロワーが増え、ショーの集客が上がるのを目の当たりにした。
彼は広告を「現代のビルボード看板」に例える。「ここから帰る道で10分おきに俺の顔のビルボードを見たら、家に着く頃には『この人は誰だ、聴かなきゃ』ってなるだろ? それが今の広告だ」。
だが、闇雲に広告を打つわけではない。LaRussellが最も重視するのは、「すでにオーガニックにバイラルになったコンテンツにのみ広告を打つ」という原則だ。
「テストしている段階のコンテンツに広告を打つことは絶対にない。人々が愛していると証明済みのものにだけ投資する」
YouTube広告についても興味深い。当初、彼はTrue View広告(スキップ不可の割り込み型広告)を避け、Discovery広告(ユーザーが自ら選んで視聴する型)にこだわっていた。「人々がオーガニックに俺を見つけられるようにしたかった」。しかし、のちにTrue Viewも試してみると、コメント欄に「広告で初めて見たけどファンになった」という声が溢れた。
「優れたプロダクトがあって、正しいマーケットに届けたら、届き方なんて誰も気にしない。欲しくない広告だから嫌なだけで、欲しいものが来たら『何これ?最高じゃん』ってなるんだ」
ニプシー・ハッスルの遺志とOffer Base
LaRussellのビジネスモデルの根幹にあるのが、「Offer Base」というシステムだ。そしてその起源は、故Nipsey Hussleの「$100アルバム」にある。
「俺は自転車でAmerican Canyonの周りを走っていたとき、ふと思ったんだ。『100ドルアルバムをどうやったらやれるだろう? でも人にチャージせずに同じ効果を出すには?』って。そして閃いた。何もチャージしない。その価値だと思う金額を払ってもらえばいい」
最初にこのコンセプトを試したのが、アルバム "For What It's Worth" だった。ライブ配信で発表すると、人々は自発的にアルバムを購入し始めた。次にチケットにも同じフォーマットを適用し、やがてそのシステムを技術的に洗練させ、「Offer Base」というプラットフォームに発展させた。
ファンは「このショーに行きたい。50ドル出す」と申し出ることができ、LaRussell側がそれを承認するか否かを決められる。「1ドルしかない」という人にもYesと言える入札制のチケッティングシステムだ。
「Nipsey Hussleの"Proud to Pay"を進化させたものだ。俺のブランドを築いたシステム全体が、Nipにインスパイアされている」
以前の記事「LaRussellの常識を覆すビジネスモデル:なぜ革命家なのか?」では、Offer Baseがさらに進化した1000ドルチケットの仕組みや「LaRussell Stock」の概念を詳しく紹介している。
Jay-Zとの対話、そして「アンポピュラー・トゥルース」
インタビューの中で最も印象的なのは、LaRussellがJay-Zについて語るくだりだ。彼の「アンポピュラー・トゥルース(不人気な真実)」として選んだのは、こうだった。
「Hovは、インターネットが作り上げようとしている人間じゃない」
LaRussellは、かつて自分自身がJay-Zに対する否定的な言説に加担していたことを率直に認めた。母親にJay-Zに会いに行くと伝えたとき、「YouTubeのビデオを見たでしょう? 心配だわ」と言われたという。LaRussellは母に返した。「YouTubeの人間は、負けた側の視点から語っている。やれなかった人間だけが、やった人間についてコメントできるんだ」
実際にJay-Zと対面し、2時間話した後、LaRussellは過去の自分を深く悔いた。
「自由な黒人の男が、仲間に鍵を渡そうとしている。そしてそれを、自分のコミュニティから叩かれている。俺たちは時々、黙ってモハメド・アリにモハメド・アリでいさせなきゃいけないんだ」
彼はさらに踏み込む。誰がオバマを大統領にする手助けをした? 誰がスーパーボウルに黒人アーティストを立たせた? Bad Bunnyさえスーパーボウルに立たせた。60回のスーパーボウルの歴史で、ようやく見てもらえるようになったばかりなのに、人々は文句を言う。
「億万長者になれば、もう自分の人々のために戦う必要はないんだ。歩いて去って、自分の人生を生きればいい。でもそれでもやることを選ぶ。どう扱われようと、何を言われようと」
1000回のショーが「幸運」を作る
LaRussellの成功観は、「運」について問われたときの回答に凝縮されている。
「運は来ると思う。でも、運は働いた者に訪れるんだ。俺は1000回のショーをやったから、この一つの大きな機会に選ばれるって幸運を得られた。もし1000回やっていなかったら、選ばれてなかった」
「LaRussellが実践するメッセージとエンタメの両立術」では、彼が小規模なファンベースをいかに育てたかを紹介したが、その原動力となったのが、この「目の前の人間に全力を尽くす」という哲学だ。
20人しか来ないなら、20人のために全力でパフォーマンスする。10人しか来なかった夜も数えきれないほどあった。
「自分の瞬間を待たなかった。俺は自分の瞬間を作った。誰かがブッキングしてくれるのを待つんじゃない。自分で全部を起こし始めた。20人が俺を見たいなら、俺はパフォーマンスしていた」
若いアーティストにアドバイスを求められたとき、LaRussellはこう言う。「早く失敗しろ。そして数字を見るな。20回再生されたことをネガティブに感じるのは、"失敗"という視点から見ているからだ。20人があの部屋で君を見つめていたら、"すげえ、20人も来た!"って思うだろ?」
「フェアリー・ゴッドファーザー」になる
5年後、10年後の自分をどう見るかと聞かれ、LaRussellは「Fairy Godfather(妖精のゴッドファーザー)」になりたいと答えた。すごく素晴らしいことが各地で起きていて、その裏にLaRussellの手があるとみんなが知っている。そんな存在だ。
具体的な目標もある。Kyrie Irvingのエピソードで実施したコミュニティ救済基金を、100万ドル規模に拡大すること。「あの時は11,000ドルを配って、実際には17,000ドルくらい配った。6,800件以上の応募があった。一人ひとりに電話して、話を聞いた。あれを100万ドルでやりたい」
彼は目の前のインタビュアーたちに、出会った瞬間から古くからの友人のように振る舞った。他のアーティストのインタビューでは時に生じる距離感が、LaRussellには一切ない。それは演技でもブランディングでもなく、彼がヴァレーホの街のコミュニティで育った少年と地続きの、同じ人間だからだ。
「カメラが回っていないときも俺は同じように与えている。これはキャンペーンじゃない。俺そのものなんだ」
新アルバム "Something Is in the Water" のプロデュースを手がけたのは、ベイエリアの伝説的プロデューサーLil Jon。ライブセッション、バンド、クワイアを伴うアルバムの全制作過程はドキュメンタリーとして記録されている。LaRussellにとって、初めてこれほど長い時間をかけて一つのプロジェクトに取り組む経験となった。
幾多のアルバム。1000回のショー。12万ドルの広告費。100万ドルのコミュニティ救済基金という夢。そしてスーパーボウル。
数字で測れないものを信じ続けた男が、いま最も大きな数字の舞台に立とうとしている。LaRussellの旅は、ヴァレーホの水がどこへ流れ着くかを、世界に証明し続けている。
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