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Coi Lerayとは何者か?

逆境が生んだ新世代アイコン、Coi Lerayの真実

Coi Lerayの名は、近年の音楽シーン、特にTikTokを賑わせるヒット曲の数々で知られている。キャッチーなメロディとエネルギッシュなパフォーマンス、そして見る者の目を奪う独自のファッションセンス。彼女は間違いなく、現代を象徴するアーティストの一人である。しかし、その華やかなイメージの裏には、複雑な家庭環境、経済的困窮、そしてキャリアを通じて浴びせられ続けた熾烈な批判との戦いがあった。そんな彼女は、今週新曲をリリースした。Shoreline Mafiaとの一曲だ。

彼女は単なる「TikTokで有名なアーティスト」ではない。ヒップホップ界の重鎮を父に持ちながらも、その七光りを頼らず、むしろその関係性に苦悩し、16歳で自立。ストリートで培ったハスラー精神を武器に、音楽業界の荒波を自らの力で乗り越えてきたサバイバーである。その音楽性を「TikTok向け」と揶揄やゆされ、デビューアルバムの売上を嘲笑され、さらには「痩せすぎ」「男のよう」といった容姿への心無い中傷に絶えず晒されながらも、彼女は決して歩みを止めなかった。

本記事では、断片的な情報だけでは決して見えてこないCoi Lerayという人間の多層的な魅力を、彼女自身の言葉を基に解き明かしていく。栄光と葛藤、そのすべてが彼女をいかにして「アイコン」へと押し上げたのか。その軌跡を追うことは、現代社会を生きる私たち自身の姿を映し出す鏡となるかもしれない。


栄光と葛藤の原点:父Benzinoと『The Source』の遺産

Coi Lerayの物語を語る上で、父親であるBenzinoの存在は避けて通れない。Benzinoは、ヒップホップ黄金期においてバイブル的存在であった雑誌『The Source』の共同創設者として、業界に絶大な影響力を持っていた人物だ。Coiがボストンで生まれ、ニュージャージーで育った幼少期、一家はBenzinoの成功によって極めて裕福な生活を送っていた。彼女の記憶には、父が身につけていたダイヤモンドのチェーン、母が持っていたローズゴールド、シルバー、ゴールドに輝くダイヤモンドのブレスレット、そして来客用のマイクや『The Source』のトロフィーが飾られた大きな家が鮮明に残っている。父が通り過ぎるたびに香るSean Johnのコロンの匂いは、当時の豊かさの象徴だった。

しかし、その華やかな暮らしの裏で、家庭は静かに崩壊へと向かっていた。彼女は、両親がキスをするような愛情のこもった瞬間を一度も見たことがなく、それどころか、偶然にも性行為の現場を目撃してしまったことがあるとまで告白している。家の中は常に緊張感に満ち、口論が絶えなかった。父親は多忙を極め、ほとんど家にいなかった。たまに帰宅しても、深夜3時に子供たちを起こして「家を掃除しろ」と命令するような、厳格で怒りを内に秘めた人物だったという。親密な親子関係を築く時間も、父親が『The Source』で何を成し遂げているのかを学ぶ機会もなかった。

そして彼女が9歳の時、両親は離婚。この出来事が、彼女の人生を根底から覆すことになる。父親はマイアミへ去り、母親はCoiと兄弟たちを連れてニュージャージー州ハッケンサックで新たな生活を始めた。それまで当たり前だった裕福な暮らしは、まるで幻だったかのように消え去った。「引っ越したら、お金が消えてしまった」と彼女は言う。働いた経験のなかった母親はバーテンダーとして働き始めたが、生活を立て直すのは容易ではなかった。やがて一家は経済的に追い詰められ、学校から帰ると玄関のドアに立ち退き通知が貼られているという、悪夢のような現実を突きつけられる。ついには家を失い、車や、家族全員がシングルベッドで身を寄せ合って眠るモーテルの部屋を転々とする日々を送った。それは、後のCoi Lerayの強靭な精神力を形成する、過酷な試練の始まりであった。

16歳のハスラー:逆境が生んだサバイバル能力

Every man for themselves(自分の身は自分で守るしかない)」。両親の離婚後、Coi Lerayが置かれた状況を彼女はこう表現する。父親からのガイダンスはなく、母親は日々の生活費を稼ぐのに精一杯。兄弟たちもそれぞれが自分の生きる道を探してストリートに出ていく中、彼女は家計を助けるため、そして何より自らの未来を切り拓くために、驚くべき決断を下す。高校を中退し、自らの手で生計を立てる道を選んだのだ。当時、彼女はまだ16歳だった。

彼女は母親に「高校を辞めさせて。お金を稼がなきゃいけないの」と懇願し、その許可を得た。そして見つけた仕事が、企業のGoogleリスティング(検索結果に表示されるビジネス情報)を更新するテレフォンセールスだった。まだあどけなさの残る10代の少女が、電話の向こうでは「Coi Collins」と名乗り、ベテランの営業担当者を演じた。企業のオーナーたちを相手に、「あなたの会社のGoogle情報、営業時間が古いままですよ。今すぐオンラインで確認してみてください。世界のユーザーの90%はiPhoneを使っているんです。これでは顧客を逃しますよ」と巧みな話術で相手の危機感を煽り、次々と契約を獲得していった。価格交渉にも長けており、799ドルのプランが無理なら199ドルのプランを提案するなど、必ず何かしらの成果を上げて帰るという執念を見せた。最盛期には、金曜日だけで1,300ドルを稼ぎ出し、困窮する家族を支えたという。

この経験は、彼女に単なる金銭以上のものをもたらした。それは、どんな状況でも自分の力で道を切り拓く「ハスラー精神」であり、生き抜くための「サバイバル能力」である。父親の庇護ひごも、安定した家庭環境も失った彼女にとって、信じられるのは自分自身の力だけだった。「リビングに座って、自分の2年後、3年後がどうなるか分からない状態でいるなんて、不安で耐えられなかった」と彼女は語る。この若さで世間の厳しさと対峙たいじし、結果を出したという経験が、後に音楽業界というさらに過酷な世界で戦うための、揺るぎない自信と自己肯定感のいしずえとなったことは想像に難くない。

音楽業界の洗礼:「ヘイト」を燃料に変えた精神力

自らの力で道を切り拓き、アーティストとして歩み始めたCoi Lerayを待ち受けていたのは、SNS時代特有の容赦ない「ヘイト(憎悪)」の嵐だった。彼女のキャリアは、常に賞賛と批判の双方に晒され続けた。特に大きな批判を浴びたのが、2021年のヒップホップ雑誌『XXL』の企画「Freshman Class」で見せたフリースタイルラップだった。彼女らしいユニークでエネルギッシュなスタイルは、一部のリスナーから「実力不足」「最悪のフリースタイル」と酷評され、凄まじいバッシングに晒された。彼女自身は「ただ自分らしくやっただけ」と感じていたが、世間の反応は冷たかった。

さらに、彼女のキャリアを決定づけたTikTokでの成功も、諸刃の剣となった。ヒット曲「No More Parties」はTikTokをきっかけに爆発的な人気を獲得し、彼女をスターダムへと押し上げた。しかし、その成功は同時に「TikTokアーティスト」というレッテルを生み出し、彼女の音楽性が正当に評価されないという新たな苦悩をもたらした。「彼らは私を箱の中に閉じ込めて、音楽的な功績を全てTikTokのせいにして貶めようとした。それが本当に嫌だった」と彼女は語る。「曲は好きか嫌いか、それだけだろう?なぜTikTokが関係あるんだ?」という叫びは、当時の彼女の苛立ちを物語っている。

批判は音楽だけにとどまらなかった。彼女の華奢きゃしゃな体型やファッションに対しても、「痩せすぎ」「歯が大きすぎ」「男のようだ」「まるでステューデントのようだ」といった心無い言葉が日々投げつけられた。YouTube上には「Coiは本当は男だ」という陰謀論まで現れる始末だった。デビューアルバム『Trendsetter』をリリースした際には、初週のフィジカルセールスが「11,000枚」だったことをメディアやネットユーザーがこぞって嘲笑した。彼女はストリーミングを含めればゴールドディスク(50万枚相当)に迫る実績だと反論したが、その声はかき消された。

「世界中が敵になったようだった」。彼女は当時をそう振り返る。自信家だったはずの自分が、初めて「私は本当にこれでいいのか?」と自己不信に陥った。一度は音楽を辞めることさえ考えたという。しかし、彼女はここで屈しなかった。「彼らが私を叩けば叩くほど、私はもっと有名になっていく」。彼女は、批判という名の逆風を、自らをさらに高く押し上げるための燃料へと変えていったのだ。

「自分を愛すること」の強さ:母親から受け継いだ究極の哲学

絶え間ない批判の嵐の中で、Coi Lerayの心を支え続けたもの。それは、母親から受け継いだ「揺るぎない自己肯定感」だった。彼女の母親は、他人の評価を一切気にしない、非常にパワフルな女性だったという。周りがどんなにハイファッションで着飾っていても、自分自身が心地よいと感じるアディダスのスウェットとジーンズを身につけ、「私は着たいものを着るの。私は最高にイケてるんだから」と心から信じている。その姿を見て育ったCoiは、ごく自然に「自分を愛し、自分の価値を自分で決める」という究極の哲学を学んだ。

この哲学は、特にボディイメージに対する彼女の姿勢に色濃く表れている。SNSやメディアが特定の体型を理想としてもてはやす風潮の中、彼女は自身のスリムな体型を隠すことも、無理に変えようとすることもない。ネット上では「痩せっぽち(skinny)」と繰り返し揶揄やゆされ、「死んだゴキブリみたいだ」といった常軌を逸した中傷まで受けた。しかし、彼女の心は折れなかった。「もっとマシな悪口はないの?」と笑い飛ばすほどの強さを見せた。「もし神様が明日、私のお尻に3ポンドの肉を付けてくれるなら嬉しい。でも、今の自分の体も最高にセクシーで大好きだ」。彼女のこの言葉は、多くの若い女性たちに勇気を与えた。彼女は、自らが先頭に立つことで、スリムな体型の女性たちが自信を持ってショートパンツを履けるような道を開拓していると信じている。

もちろん、彼女も人間であり、常に完璧に強いわけではない。特にキャリアの初期には、ネット上のコメントに深く悩み、自己不信に陥った時期もあった。しかし、最終的に彼女は「問題は私にあるのではなく、彼らの中にある」という結論に達する。彼女の音楽やスタイルを理解できない人々を変えようとするのではなく、自分自身が自分の最大のファンであり続けることを選んだ。パリのファッションウィークで、ランウェイから出てきたばかりの極小のサンプルサイズの服を堂々と着こなす彼女の姿は、その自信の表れだ。「彼らが私を虫けらと呼ぶ間に、私はサンローランを着てポーズを決めてるのよ」。この母親譲りの強固な自己肯定感こそが、Coi Lerayが彼女らしくあり続けるための最大の武器なのである。

転機と成長:母として、アーティストとしての新たな章

キャリアが急速に拡大する一方で、内面的な葛藤も深まっていた時期、Coi Lerayは人生の大きな転機を迎える。それは、ライフコーチとの出会い、そして母親になったことである。

ヘイトの嵐に疲れ果て、自分が何をすべきか見失いかけていた彼女は、自分自身と向き合うため、ロサンゼルス郊外のレイク・アローヘッドで、愛犬2匹とだけの孤独な時間を過ごしていた。そこに、彼女を心配したライフコーチのSherryがアトランタから駆けつけた。Sherryは彼女に「成長しなさい(Grow up)」という、シンプルかつ力強い言葉を投げかける。それは、他人のせいにしたり、不満を嘆いたりするのをやめ、自分の幸福は自分で責任を持つべきだという、核心を突くメッセージだった。「文句を言うのをやめて、自分で問題を解決する方法を見つけなさい。あなたの幸せの責任者は、あなた自身よ」。この言葉に衝撃を受けた彼女は、自らの生活を根本から見直すことを決意する。朝起きたらまずSNSをチェックする習慣をやめ、祈り、本を読み、愛する人に電話をする。そして、精神的な健康のためにジムに通い始めた。「ジムは痩せるためじゃない。メンタルヘルスのためよ」。汗を流し、ウェイトを持ち上げることで、怒りや不安といったネガティブなエネルギーを発散させ、心身のバランスを取り戻していった。

さらに大きな変化をもたらしたのが、自身の出産経験だ。彼女はインタビューで、「娘が私の人生を変えた」と力強く断言している。それまでは漠然としていた成功への渇望が、「この子のため」という具体的で揺るぎない目的へと変わったのだ。「以前の私はただのCoi Lerayだった。でも今は、巨大な目的(a big ass purpose)を持ったCoi Lerayになった」。母となったことで、彼女はアーティストとして、そして一人の人間として、新たな次元の強さを手に入れた。

この精神的な成長は、彼女のキャリアにも大きな影響を与えている。かつて所属していたメジャーレーベル、Republic Recordsでは、Ariana GrandeやTaylor Swiftのようなポップスターになることを期待され、自身の音楽性とファンの求めるものとの間で深く悩んだ。世界的な大ヒットとなった「Players」をリリースした時期でさえ、「キャリアで最も不幸だった」と語るほど、彼女の心は追い詰められていた。しかし、今の彼女は違う。自らのレーベル「Trendsetter Studios」を立ち上げ、Epic Recordsとパートナーシップを締結。他人の期待に応えるためではなく、自分が信じる音楽を追求し、自らのビジネスをコントロールする道を選んだのだ。この決断は、彼女が真のアーティストとして、そしてビジネスウーマンとして、完全に自立したことを示している。

Act Like You Knowに見る、もう一つの顔 - 制御不能なアーティスト・ペルソナ

「Players」のポップな成功の裏で葛藤していたCoi Leray。彼女のアーティストとしてのアイデンティティが、決して一つの側面だけではないことを雄弁に物語る楽曲がある。ウェストコーストのヒップホップグループShoreline Mafiaを客演に迎えた、よりハードで攻撃的なトラック「Act Like You Know」だ。この曲で彼女が披露するのは、メジャーレーベルが求める洗練されたポップスターとは全く異なる、粗野で、性的で、そして何よりも制御不能な「もう一つの顔」である。

この曲のコーラスで、彼女は力強くこう宣言する。

"Act like you know, nigga, act like you know... They shoulda never let a bitch through the door"
「分かってるように振る舞いなさい…奴らは私をこの世界に入れるべきじゃなかった」

この歌詞は、数々の批判や障害を乗り越えて業界に確固たる地位を築いたという自負と、もはや誰にも止められない存在になったという警告だ。そして、自身の成功を次のように誇示し、パートナーに求める基準を明確に突きつける。

"Chanelly tags, spent a hundred bands on my clothes... You won't never hit this pussy if you broke"
「シャネルのタグ、服に10万ドル使ったわ…もし貧乏なら、私とは関われない」

これは、16歳で自らの才覚だけを頼りに生き抜いてきた彼女のハスラー精神が、アーティストとして昇華された姿とも言える。

さらに特筆すべきは、彼女が見せる一切の忖度そんたくのない、攻撃的なまでの性的表現だ。ヴァース1では、まず自らが関係の主導権を握ることを明確にし、直後に極めて露骨な言葉で自らの欲望を表現する。

"I don't wanna fuck tonight, nigga, head only... Real freak, thumb in my butt, come and munch on it"
「今夜はセックスはしたくない、オーラルだけよ…本物のフリークよ、お尻に親指を入れて。さあ、しゃぶりに来て」

これは、男性優位のヒップホップの世界において、女性が性的客体としてではなく、自らの欲望の主体として君臨するという、極めてパワフルな意思表示である。

Shoreline Mafiaのメンバーがラップする、ドラッグや暴力、女性との刹那的な関係といったダーティな世界観は、Coi Lerayのこのペルソナを一層際立たせる。「Players」の洗練された世界観に彼女の魂が不在だったのだとすれば、「Act Like You Know」のダーティで危険な世界観には、彼女のストリートで培われたタフな精神と、誰にも媚びないというアイデンティティの核心が、生々しい形で脈打っている。この楽曲の存在は、彼女がRepublic Recordsとの決別を選び、自らの表現を完全にコントロールする道を選んだ理由を、何よりも説得力をもって我々に示しているのである。

Coi Lerayが私たちに伝えるメッセージ

Coi Lerayの物語は、単なる一人のアーティストの成功譚せいこうたんではない。それは、複雑な出自、経済的な逆境、そしてSNS時代の容赦ない批判という、現代社会が内包する様々な困難に真正面から対峙たいじし、自分らしさを見失わずに道を切り拓いてきた一人の人間の記録である。

彼女の生き様は、現代を生きる私たちに多くのことを教えてくれる。第一に、過去や環境は自分を定義するものではないということ。ヒップホップ界のサラブレッドとして生まれながら、その恩恵を受けるどころか貧困にあえいだ彼女は、自らのハスラー精神で運命を切り拓いた。第二に、批判を恐れず、自分自身を信じ抜くことの重要性だ。彼女は、ヘイトの嵐を成長のエネルギーに変え、他人が貼ったレッテルを自らの手で剥がしていった。そして何より、自分自身を深く愛し、肯定することの強さである。母親から受け継いだその哲学は、彼女がどんな困難に直面しても折れない心の支柱となっている。

Coi Lerayは、自らの目標を「Lil’ KimやMadonna、Rihannaのようなアイコンになること」だと公言する。それは、音楽やファッションの世界で頂点を極めるだけでなく、自らの生き様を通じて人々に影響を与え、道を切り拓く存在になる、という決意表明に他ならない。逆境の中でこそ輝きを増す彼女の物語は、これからも多くの人々に勇気とインスピレーションを与え続けるだろう。彼女はもはや単なるラッパーやシンガーではない。現代を生きる私たちにとっての、紛れもない「アイコン」なのである。


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