梅を干せなかった夏に、暮らしの余白を見つけた
子どもの頃から、やることは先延ばしにせず、すぐ着手するタイプだった。 理由は単純で、心のどこかに引っかかっているのが気持ち悪いから。 夏休みの宿題も、毎年7月中には絵日記以外すべて終わらせていた。
しかし、最近の私ときたら何事も先延ばしばかりしている。
もう着ていない洋服の整理。膨大にある生地や毛糸などのハンドメイド資材。数年前まではマルシェやネットで販売するために日々作品づくりに励んでいたけれど、あの頃の情熱はとっくに落ち着いてしまった。
引っ越しの報告も、ハガキは出さずともせめて親しい友人にはLINEしようと思っているうちに、あっという間に1年が過ぎてしまった。
昨年足を悪くして生活自体が少し大変になったこともあるけれど、きっとそれは言い訳だ。「怠け癖をなんとかしなきゃ」とは思うものの、あの「心に引っかかる気持ち悪さ」は動かなければ消えてくれない。
そんな私が今、いちばん気になっていたのが「梅の土用干し」だ。
6月に梅を取り寄せ、丁寧に下ごしらえをして仕込んだ。梅酢が上がったところで塩揉みした赤紫蘇を加え、パッと鮮やかに染まったのを確認して梅雨明けを待つ。ここまでは順調だった。noteのトップ画像に梅の写真を使って、得意然と記事まで書いている。
土用干しは、梅雨明けのカラッと晴れた日に3日ほど天日干しをする作業。 長野で暮らしていた頃、アルプスの山々を眺めながら梅を干す時間は、ただの単純作業ではなく、とても心が満たされるひとときだった。
「今年も干さなきゃ」 そう思いながらもタイミングを逃し、気づけば2週間ほど過ぎていた。noteで「梅を干しました!」という素敵な投稿を見かけるたび、勝手に焦りとプレッシャーを感じてしまう(笑)。
モヤモヤしながらも、とりあえず干していないままの梅をひとつ食べてみることにした。
すると「何これ、めちゃくちゃ美味しい!」瑞々しくて、驚くほどフルーティー。噛むとじゅわっと果肉と旨味が広がる。見た目も鮮やかな紅色で、思わず「梅って、やっぱり果物だったんだ」と再確認したほどだ。
梅は干すもの、と思い込んでいたけれど、干さない梅もこれはこれで大アリじゃないか。
さっそく母に電話してみた。 「お母さん、梅干した? 干さずに食べたらすごく美味しかったよ!」 すると母は、あっけらかんと言った。
「あら、私いつも干してないわよ。ホコリもかかるし、最近はゲリラ豪雨もあるでしょ。そんなに梅ばかり見張ってられないわ。晴れた日に蓋を開けて窓辺に置くくらいね。あなた、毎年干してたの?」
さすがだ。やっぱり母には敵わない。
私が本当にやるべきだったのは、「完璧なタイミングで土用干し」というルールをきっちり守ることではなかったのだ。
知らず知らずのうちに自分を縛っていた「こうあるべき」を手放して、今の自分の歩幅で、その時々の美味しさや暮らしを愉しむこと。
止まっていた手仕事ややり残した家事も、今の私にちょうどいいペースで少しずつ進めていけばいいか、と思えてきた。
「ちゃんとしなきゃ」と気負うよりも、この瑞々しい梅のように、肩の力を抜いて軽やかに暮らすこと。
今年はこれで満点。干さない梅も優しくて、とびきり美味しい。
フレッシュで鮮やかな梅とともにそうめんにのせたのは、大葉、きゅうり、オクラ、ネギです。
最近気に入っている麺つゆはこちら↓です。ストレートタイプの麺つゆは、一度開封すると日持ちがしなくて嫌だなとかねてから思っていましたが、こちらは少ない容量なので一回で使い切れるのが嬉しい。
今日も読んでくださりありがとうございます。
