肥料をあげすぎて人生を枯らすタイプでした
副業を考え始めて、
本気でやりたい事ができました。
音楽もそうなんですが、
わたしは自分の耳の特性のことで
割とサバイバル的な社会人生活を
送ってきました。
↓前に書いた記事です。読みたい方はどうぞ。
本当に苦しくて、自分はもうダメなんだと
半ば諦めもありました。
でも、自分の気持ちを整えて、
言語化して、アウトプットして…と
続けているうちに、
もっと早くに自分の特性に気づいていれば
もっと自尊心も保てただろうし
自己肯定感だって豊かだったのでは?と
考えるようになりました。
まだ、実験中ですが
そういう困りごとに寄り添える何かを
今模索しながら、本気で取り組んでます。
仮でプロジェクト名を
『じぶんを知る地図づくり』としました。
そして、音楽制作で先生代わりに使ってる
ChatGPTに、こんなことを言われました。
「もしかしたら、
『じぶんを知る地図づくり』のほうが
音楽より先に一つの形になるかもね」って。
その瞬間……
あ、私、
ひとつのことに全集中するより
いくつか同時に育ててるほうが
調子いい人間かもしれないと思いました。
イメージは、菜園。
今日はトマトに水。
今日はきゅうりの様子見。
今日はお花の手入れ。
そんな感じで、
いくつかの作物を同時に育てているほうが
なぜか全体がうまく回る気がします。
逆に、ひとつに絞るとどうなるか。
肥料をあげすぎる。
実がならないと焦る。
「この肥料がダメなんだ」と思って
さらに別の肥料を買ってくる。
それでもダメで、最終的には……
祈祷を始めそう。笑
……いや、冗談じゃなく
わりと本気でそのタイプだと思います。
ひとつに期待をかけすぎると
それが「希望」じゃなくて「重圧」になる。
「これがダメだったら終わり」
「これで結果を出さなきゃ」
「なんで実らないの?」
そんなふうに、育ててるはずのものを
自分の手で窒息させにいく感じです。
思い返してみると、
私は昔からそうでした。
一点集中しようとすると、
だいたい苦しくなる。
楽しくて始めたはずなのにいつの間にか
「成果」「結果」「意味」に首を絞められる。
でも今は、
・音楽
・note
・構造を考えること
・「じぶんを知る地図づくり」の実験
いくつかを同時に、ゆるく育てている。
不思議と、そのほうが落ち着いている。
たぶんこれ、
バラバラに見えて、根っこは同じ。
全部、
「構造を見たい」
「流れを整えたい」
「世界の歪みを眺めたい」
っていう、同じ畑から生えてる別の作物。
どれかが先に実れば、それを収穫すればいい。
ダメなら、別のが育つかもしれない。
私はたぶん、
「一点突破型」じゃなくて
「生態系育成型」の人間なんだと思います。
ひとつに賭けると壊れる。
いくつか並べて育ててると、なぜか元気。
今日も私は、
トマトに水をやって、
きゅうりを眺めて、
花の様子を見て……
祈祷は、
……まだ、してません。笑
なにもしないと不安になる。
でも、複数同時進行なら平和。
そんな平和なわたしの畑を
今日もうろうろしています。゚+.( °∀°)゚+.゚
読んでくださり
ありがとうございました(*^^*)
