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泰夢(たいむ)のお話 その二:35

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華恋の思いと母親の思い……それぞれの気持ちがぶつかっていきます。
それでは、どうぞ!!

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 テーブルの横に転がっていたコップを華恋(かれん)が拾う。
 こぼれた麦茶でぬれてしまったカーペットとたたみを、そばにあった使い古しの台ふきでふきとる。
「その名前……
 わたしといる時には言わないって決まりだし、
 その人との話もなるべくしない……って、約束だったよね」
「…………」
 華恋の言葉に、母は答えなかった。
 じっと下を向いたまま、手にしたコップの中の麦茶を見ている。
(まーた、はじまった……)
 自分の都合が悪いときや、何か言いたいけれども言えないような時に、いつも母がとる行動だった。
 このまま目を合わせずにだんまりを決めこんで、なんとなくほとぼりが冷めるまでやり過ごす……
 つまり、母はすっかりとヘソを曲げていた。
 立っている華恋からは見えないけれども、たぶんほっぺたもふくらめているはずだった。
 こうなったらもう口をきかないし、きいたとしても一言、二言かえすぐらいで、しばらくはムスッとした無愛想な日が続くのだ。
(……こういう時って、
 お父さんどうしてたんだろう)
 チラリと部屋のすみにあるタンスの上の写真に目をやる。
 華恋が生まれてくる前は、父と母のふたりでいっしょにくらしていたのだし、華恋が生まれてからだって、きっと同じようなことがあったはずだ。
 今よりも小さかったころは、大人の人は、みんなこんな風に自分の気分やきげんだけでおこったり、すねたりしないものだと思っていた。
 でもそれは、まちがっていた。
 大人でも小さな子どもみたいに、自分の気分でやることや言うことがコロコロとかわることがある……華恋はそれを母で知ったのだ。
「━━わたし、今日は一人でねるから。
 お母さんはこっちでねてね」
 となりの部屋のおし入れから、布団とタオルケットとを引っぱり出してリビングに運びこむ。
 シーツをピシッときれいにまきこんで布団を整え、タオルケットをフワリと広げると、最後にまくらをそっと置く。
 まくらから母のにおいがして、それまでモヤモヤとしていた心がゆっくりとほぐれていく。
 しばらくは、母とはまともにしゃべることはないと思うけれども、それでも、華恋にとって母は大事な家族だし、ずっといっしょにいてほしい。
「……おやすみなさい」
 そう言って引き戸をしめた華恋のせなかに、ありがとう……という小さな声が聞こえた。
(…………)
 暗い部屋でせん風機が回っている。
 明かりは消えていたけれども、出まどのレースのカーテンから月の光が差していて、それが小さく開けたまどからの風といっしょになって、ユラユラとゆれている。
 ━━静かだった。
 とつぜん目のまわりがカァッと熱くなって、なみだがあふれてくるのを感じて、あわてて上を向く。
 父のこと、母のこと……ずっとこのままではいられないのだろうな、というモヤモヤとした不安。
 いろいろな思いが華恋のむねの中でゴウゴウとうずをまいている。
 着ていたシャツのすそをグイッと上に引っぱってぬぎ、はいていたパンツを足先でほっぽり投げると、ねまき代わりにしている半そでのシャツと短いパンツに着がえる。
「…………」
 朝からおつけものを取りに行き、図書館でオバジイ先生と話をし、ミハシロさんに本を借りて……今日は一日いろいろなことがあった。
 本当にクタクタで、いますぐにでもねむりたかったけれども、気持ちがザワザワとして落ち着かない。
 学習づくえの前に行き、トートバッグから本を取り出す。
(オレも━━華恋ちゃんといっしょがいい。
 しっかりと、二人で、夏休みの自由研究をやりたい)
(うん━━わかった。
 わたしとの、ゼッタイの約束なんだからね!)
 重たくて大きな本を両手でだきしめて、目をつぶって、グズグズしてきた鼻をズズッとすする。
 泰夢(たいむ)の顔がうかぶ。
 たしかに、ずっとこのままではいられない……それはそうだろうけれども、そこにあるのは『不安』だけではなくて、『楽しい』ことや『面白い』こと、そして、『新しい出会い』や『自分でもおさえられない気持ち』がやって来ることだってあるのだ。
(…………)
 本をつくえの上に置き、すみっこにあるピンク色の長い箱からティッシュペーパーを二まい引っぱり出して、チーンと鼻をかむ。
(━━━━?
 あれって……なんだろ?)
 鼻をかみながら何気なく本に目を落とすと、とじたページの上面の部分に、小さな三角が見えた。
 ティッシュをゴミ箱に放り投げ、本を手にとる。
 その三角の部分を指でつまみながら開いてみると、そこには『三まいのお札』と大きな文字で書かれていて、その下に少し小さな文字で『東北・中部地方に伝わるお話』となっていた。
(これ……きっと、ミハシロさんが入れてくれたんだ)
 三角に見えたのは実は細長い四角い紙の角の部分で、その紙には『返却(へんきゃく)のご案内』と印刷されており、本を返す日と、本を借りた日がそれぞれスタンプでおされていた。
 もともと本を読むことがそんなに得意な方ではないし、今まで読んだことが一度も無いようなとても厚くて大きな本だから、目当てのお話がどこにのっているのかをさがすのだけでも大変だろうなぁ、と思っていた華恋にとっては実にありがたかった。
 本に最初からついている茶色のしおりのヒモをそのページにはさんで、その紙を手に取る。
(━━華恋ちゃんといっしょがいい)
 本を借りた日━━
 スタンプされた『今日』の日付けをじっと見つめる。
 それから紙をていねいに二つに折りたたみ、スマートフォンのカバーを外してそのうら側に入れてカバーを元にもどす。
「……よーし!
 一気に読んじゃって、
 明日、泰夢くんをビックリさせちゃおっと!」
 手早く布団をしいて小さな読書灯を持ってくると、まくらをアゴの下にして借りてきた本を広げる。
 その横に置いたスマートフォンをチラリと目をやって、華恋はゆっくりとページをめくっていった。
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泰夢を驚かせようと、お布団で本を読む華恋。ググッと気合いが入ります!
では、次回もお楽しみに!

小林るい