泰夢(たいむ)のお話 その二:34
自分の母親のことがどうしてもわからない華恋、その理由は……
それでは、どうぞ!!
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立ち上がって見下ろした母のすがたが、その時の華恋(かれん)にはなぜだか小さく見えた。
テーブルに両手を乗せて、コップをにぎり、ソファにすわって華恋のことを見上げている。
(…………)
華恋も母も、何も言わずにただおたがいをじっと見たまま動かない。
「わからないよ……」
小さな声で、華恋が言った。
「━━わたしは、
お母さんのことが……わからない」
「…………」
「お父さんは……いいの?」
華恋が聞いた。
母は答えない。
それは、ふだんなら絶対に口に出さない質問だった。
父が事故でなくなり、まだそれほど経っていないころは自分も母も、生活の中のふとした時に父を感じ、そしてもういないことに気がついて、ただ何もできずに悲しみにとらわれているだけだった。
しかしそうしたことも、二人だけでくらしていく日が長くなっていくにつれて、だんだんと少なくなっていった。
それでも、母と父のことを話すには、華恋にはとても重たくて悲しくて、つらい気持ちが体の中にいっぱいになってしまうし、体が動かなくなるぐらいに泣いて、それからしばらくの間は、ちょっとしたことでまた父を思い出してしまうのが続くのだった。
だから華恋にとって、父を偲(しの)ぶということは、家族のきずなを確かめるためにとても大事なことなのだけれども、でも同時に、冷たくて悲しいことをもう一度心のいたみとして感じなくてはならなくて、それはすごくつらいことなのだ。
「…………」
リビングが静かだった。
家の外で鳴く鳥の声が聞こえた。
ソファにすわったままでいる母を見下ろしながら、華恋が口を開く。
「お母さんはもう、
━━お父さんのこと、わすれたの?」
「…………」
「……お父さんは、
お父さんのことは、もういい━━って、ことなの?」
「そんなわけ……ないでしょ」
母の言葉に、華恋は心の中にチロリと、小さくて熱い火のようなものがつくのを感じた。
「そんなわけ……ない、わけないよっ!
だってそうでしょ?
『あの人』が出てくるってことはさ……そういうことだもん!」
「…………」
「それってもうお母さんの中にある『お父さん』がいる場所に、
『あの人』が入っちゃってることじゃない!
どうしてそんな事ができるのかわたしにはわからないよ!」
「わたしはそんなのは許せないしゼッタイにいやだ!
お父さんがいる場所をわたしはだれにもわたさないから。
だってわたしのお父さんは━━お父さんだけだから!」
まくしたてる華恋に、母が目をふせる。
「そ、そんなんじゃないのよ……
お母さんだって、お父さんのことをわすれてないし、いつも思ってる。
でも、キヨシくんは……」
「…………」
メラッと、心の中の火が大きくなった。
母は、ウソを言っている……と、華恋は思った。
父をわすれていないのなら、なぜ別の男の人のことを言うのか━━それが華恋にはわからなかった。
(━━それよかさぁ、
家んなかに入れてくねーかな?
この前わすれもんしちまってよ……)
アロハシャツのニヤニヤとした顔がうかぶ。
なにをやってもムダだからな、とこっちをおさえつけるような感じがあるあの太い声が、耳のすぐそばでしたような気がした。
あの時、もし泰夢(たいむ)がいっしょにいてくれなかったら、自分はいったいどうなっていただろう。
自分の前に立った泰夢のせなかが、本当に大きく見えた。
しがみついたデイパックの下で、その小さな体はたしかにふるえていたけれども、それでも、華恋には心強かったし安心だった。
(華恋ちゃん━━行こう!)
強くしっかりとにぎられた手と、真けんな泰夢の顔。
二人で家の外に出たときの太陽のまぶしさは、いまでも華恋の中にしっかりと残っている。
(……泰夢くん)
華恋の中の火が、小さくなっていく。
だいじょうぶだから……と、目で言ってくれた泰夢を思い出す。
大きく息をすって、ゆっくりとはき出す。
この前アロハシャツが家に来たときのことを母に話してやろうか、とも思ったがそれはやめた。
言えばきっと、母はいろいろなことを思い、なやむ事になるだろう。
そんなことは華恋にはできない。
華恋にとって母もまた、父と同じぐらいに大切な家族なのだ。
(それに━━)
手が覚えているあの温かさを、ギュッとにぎりしめる。
本当のことを言えば、さっき母がウソをついた理由が━━そして、それが実はウソではないということも━━今の華恋にはもう、なんとなくわかるのだった。
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以前にはわからなかったけれども、今になってわかることってありますね!
では、次回もお楽しみに!
小林るい
