泰夢(たいむ)のお話:103
ドアの向こう側にいる男の人に、華恋の中でいろいろな想いが巡ります……
それでは、どうぞ!!
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げんかんのドアを開けたその先にいる大人の男……それがだれなのか華恋(かれん)にはわかっていた。
(━━もう、なんでこんな時に来るの?
お母さんだっていないのに!)
そして、泰夢(たいむ)といっしょにいる時には、絶対に会いたくないと思っていた相手だった。
たぶんお母さんに会いに来たのだと予測がついたれども、それにしてはタイミングが悪すぎると華恋は思った。
その大人の男は『キヨシ』という名前で、華恋の母親がいまお付き合いをしている人だった。
華恋はそれをみとめてはいないし、その名をよんだこともない。
だから華恋はどうしても言わなければならない時は『あの人』と言ったし、母親もそれを気にしてか、華恋の前では同じように『あの人』と言う。
もちろん華恋は自分の母親が大好きだ。
だが、あの男と母親がいっしょにいると考えると、無性にはらがたった。
華恋は見るのもいやだったから、自分の前ではその話はしないでほしいと強く言ってあるのだ。
自分のいない所で母親とあの男が会っているのは、華恋も知っている。
もともとは母親が働いているお店のお客さんだという話だし、華恋が学校に行った後にだって二人が会う時間はあるだろう。
母親が自分に気を使っているのはよく分かる。けれども、あの男と会った日とそうでない日のちがいは、母親の態度や話し方、ふんいきなどでちゃんと分かる。
だからそういう日は、華恋はなるべく母親をさけていた。
(…………)
初めて母親から「お付き合いしている人がいる」と言われた時は、正直に言うとなんの事だかよく分からなかった。
けれどもだんだんと「それ」が何を意味しているのかがわかり、お母さんはお父さんをわすれた、うらぎったんだ、と華恋は思った。
華恋にとってはまだ、お父さんはお父さんで、今も自分のむねの中にしっかりといるのだ。
だけど、お母さんはもうお父さんをわすれてしまって、別の男の人といっしょに時間を過ごしている。
そんなのは、華恋にとっては絶対に許せないことなのだ。
だれそれのことが大好き、ずっといっしょにいたい、付き合ってもっと仲良くしたい……そんな話が友だちとの会話にも出るけれども、華恋にはよくわからない。
いや、本当はわかっている。
けれど、わかりたくない。
人を好きになるということが、父さんがいるのにあの男を受け入れるという事だったら、そんなものはいらないし、願い下げだ。
だから、友だちといっしょにいてそんな話になった時は、華恋は何もわからないふりをした。
でも本当はそうではなかった。
そんな風にして他のだれかを好きになるということは、自分の中の大切なものを変えてしまう……それがとても『いやなこと』だと思っていたのだ。
例えば、そんなことは絶対にないけれども、お母さんの相手の人がお父さんみたいな人だったらどうだろうと考えたこともある。
もしそうだとしたら自分も、お母さんとのお付き合いを少しはみとめるかもしれないと思う。
でも、あの男はちがう。
母親にたのみこまれて、しかたなく何回か顔を合わせて、お出かけをしたり食事をしたりした事があった。
最初は華恋も少し楽しみにしていた。お父さんみたいだったらいいな、とちょっと思ったこともあった。
でも、すぐにそれはまちがいで、そんなことは絶対にないんだと、華恋はひどくこうかいした。
あの男は華恋の父親とはまったくちがっていた。
何よりも初対面のときから「華恋ちゃん、華恋ちゃん」となれなれしく何回も名前をよんでくるし、頭やうでやかたなど、何かにつけてすぐに体にさわってくる。
何よりも、こっちのことを品定めするようにジロジロと見てくる感じが、本当に気持ち悪かった。
それが、たまらなくいやだった。
母親があの男を好きなのなら、それを止めることは華恋にはできない。
でも、それと同じように、華恋の中にある父親をおびやかそうとするあの男を、自分たち家族にわってはいろうとするあの男を、ジトッとした目で見、やたらに体にふれようとするあの男を、華恋は絶対にみとめないし、それを母親に強制させることも許さない。
(……お父さんみたいだったら)
それは、何もすがたや見た目のことじゃない。
華恋も、父親がもう絶対にもどってくることができない、止まった時間の中にいることはわかっている。
同じ人はこの世に二人といないことも知っている。
だから、そんなことは望めないけれども、でも、そうした事ではなくて、ちょっとした言葉のふんいき、仕草、空気、そうした事が華恋に父親を思わせて、そうしてそれが、例えばいっしょにいる時のおたがいの温かい気持ちや、自分とその人の間にある心と心のきょり、手をつなぎ合って前に進むような強さみたいなものが、華恋が父親からもらっていたのと同じようであったら、それが一番にいいと思うのだ。
(…………)
そんな深い考えからもどってくると、目の前に泰夢がいた。
(━━そうそう、
たとえばだけど……
泰夢くんみたいな人だったら、いいんだよね)
いつものデイバッグをせおったまま、キッチンテーブルの向こう側で、何か言いたそうにしながらこっちをじっと見つめている。
くもりガラスからの光をせおってちょっとかげになっている顔に、真けんな目のかがやきが見える。
(なんでだろう……
ホントにぜーんぜん、これっぽっちも、
お父さんに似てないのになぁ……)
でも、なんとなく華恋は、泰夢の中に自分の父親が持っているものと同じようなものを感じている。
二人で勉強をしている時も、みんなでごはんを食べている時も、そしてあのつり橋の時も……
「華恋ちゃん、なんで笑ってんの?
オレって、なんかヘンなこととか言った?
って言うかさ、外にいる人さ、ずーっと待ってんじゃん?」
似ても似つかない父親と泰夢を、むねの中で重ね合わせた自分がおかしくなって、ちょっと笑った華恋に、泰夢が口をとがらせる。
「ごめん、ごめん! ちょっと考えごとしてて……
それよりも、泰夢くん、準備はいい?
バスの時間までそんなに無いし、そのまま行くからね?」
父親の場所をうばおうとする、あの男と顔を合わせるのはいやだ。
でも、いまは泰夢くんがいてくれる……
ほうっと一つ息をはいて、トートバッグのかたひもをグッとにぎる。
そうして華恋はげんかんのドアを━━開けた。
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全く似ていないのについ他の人と間違えちゃう人って……いますよね?
では、次回もお楽しみに!
小林るい
