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「時代」を行き来する 第七番札所 十楽寺

兵火の跡をたどる

七番札所まで来ると、弁天さまが気になり始めたのと同じように、「天正十年前後の長宗我部元親による兵火」という記述があまりにも多いことが気になり始めた。

天正十年といえば本能寺の変の年。織田信長の死に乗じ、長宗我部元親が四国制覇へ向けて大攻勢をかけた時期でもあるらしい。徳島県の霊場二十三ヶ寺のうち十三ヶ寺が兵火に遭ったと伝えられている。

弘法大師や奈良時代の話を追い掛けていたつもりが、急に戦国時代が目の前に現れたような気がした。

見えることへの祈り

本堂左前には「治眼疾目救済地蔵尊」があった。
古くから眼病や失明した人々に霊験があるとされ、目の悩みを抱えるお遍路さんの参拝も多いという。

私は昔から、失明することが一番怖い。

見えているものですら時々信じきれないのに、もし見えなくなったら、疑心暗鬼だけが広がる混沌の中に放り込まれる気がしている。

そんな私が白内障と診断されたのは三年前の夏だった。
もともと視力は悪かったが、見え方が急に悪くなった。コンタクトの度数を上げようと眼科を受診したところ、「白内障です」と言われた。

白内障は六十代以降のものだと思っていた。まさかこの年齢で。驚きと戸惑いを今でも覚えている。
私の身体はどこもかしこも、少数派のトラブルを選んでくる傾向がある。

その年の9月末に右目を手術し、12月には後発白内障となってレーザー治療。翌年3月には左目も手術した。

手術は怖かった。少し痛かった。そして情けないことに、私は術中ずっと泣いていた。

術後、初めてガーゼを外した日のことはよく覚えている。

あまりにも見えた。
家中を掃除しなければならないと思うほど、何もかもが鮮明だった。

それ以来、土が目に入ってはいけない、転んではいけない、ボールが当たってはいけない、と今でもどこかで怯えている。

だから地蔵尊の前では、いつもより長く手を合わせていた。

愛染堂の令和感

境内には縁切りと縁結びの愛染堂もあった。

縁といっても、人との縁だけではない。
悪い習慣や執着との縁を切ることもあるし、新しい趣味や考え方との縁を結ぶこともある。

そんなことを考えながら、縁結びの入口から中へ入った。

そこには愛と平和を司る愛染明王と、オリジナルキャラクターの蓮くん。

今風のイラストに映えスポットまで用意されている。

あまりの令和感に、思わず金剛杖を落としそうになった。危ない!縁がー!、と叫びそうになったが、何とか飲み込んだ。

経験とは何か

納経所にはカレンダーが掛かっていた。
何気なく見ると、

「経験とは出来事ではなく、どう対処するかである」

と書かれていた。
まったくその通りだと思う。

何か問題が起きても選択肢すら提示できない人たちのいる今の職場を思い浮かべ、経験を積んだ発言とは思えない年上の人たちの顔まで浮かんできて、少し腹が立った。

修行が足りないのだろう。

人のことではなく、自分はどう対処するのか。
それを考えればいい。

そう思い直した。

散華

授与所には散華があった。
夫は昔から散華が気になるらしい。

752年の東大寺大仏開眼会では、多くの僧侶だけでなく楽人や舞人も集まり、盛大な音楽と舞が奉納されたという。そして仏を讃えるために花をまく散華も行われたと伝えられている。

音楽を生業としている夫とは、仕事の話をする中で、なぜかよく大仏開眼会の話になる。

夫はいつも言う。
「世界最初のフェスやで」

その言葉を聞くたびに、少し笑ってしまう。
けれど、あながち間違いでもないのかもしれない。

夫は散華を見るたびに、聖武天皇の時代を思い浮かべているのだろうか。

大仏の前で花が舞い、香が薫り、異国の響きを含んだ音楽が空に流れていく。

そんな風景を想像している、、、のかもしれない。

歴史好きの私も、その話になると止まらない。

いろいろな時代を旅する

十楽寺を歩きながら、私は何度も時代を行き来していた。

戦国時代の兵火を思い、三年前の手術を思い出し、令和のキャラクターに驚き、奈良時代の大仏開眼会に思いを馳せる。

寺は不思議だ。

建物も、風景も、縁起も、授与品も。
ときには漂う空気さえも。
その全てが、私を様々な時代へ連れて行ってくれる。

お遍路は、やはり時間を巡る旅でもあるらしい。

おまけ

あなたはいったい、どの時代の記憶を宿しているのだろう。

続く

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