見出し画像

忘れられない言葉 第三番札所 金泉寺

第三番札所へ


黄金の井戸、弁慶の力石、長慶天皇御陵――。
金泉寺には見どころが多い。

けれども私は、暑さと慣れない行動の連続で、少し疲れがたまっていたようだ。

お経を唱えているうちに、経本の文字が浮かび上がって見えた。
ふわふわする感覚もある。

「あれ? 私、倒れる?」

まるで文字が立体になったように見え、その文字に触れてみたいとさえ思った。しかし、最後まで唱えることに精一杯だった。


倶利伽羅龍王との出会い


ふらふらになりながらも気になったのが、倶利伽羅龍王像だった。
そこには、不動明王の化身とされる龍の姿があった。中央の剣に炎をまとった龍が巻き付くその姿は、不動明王が右手に持つ「倶利伽羅剣」を表しているという。

煩悩を打ち破る力――仏教における三つの根本煩悩である「貪・瞋・癡」を断ち切る強い力の象徴でもあるそうだ。

そして、私の守り本尊である普賢菩薩もそこにおられた。暑さでぼんやりした頭のまま、それでも自然と手を合わせていた。

何を願ったのかは、もうはっきりとは覚えていない。

「お任せあれ」の一言

納経所にたどり着き、汗を拭いながら納経をお願いした。すると女性が、

「お任せあれ」

と力強く言ってくださった。
その言葉が何とも心地よかった。

気持ちがすっと軽くなり、張り詰めていたものが少しほどけたような気がした。

お遍路を始めたこの日。

一番苦しかったのも、一番嬉しかったのも、きっとこの金泉寺だったと思う。

やっぱり私は、はんこ好き


私は、もし大金を手にしたら欲しいもの、作ってみたいものが三つある。

そのうちの一つが「重ね捺しスタンプ」だ。

シャチハタの重ね捺しスタンプが好きすぎて、出会うたびにまんまとスタンプラリーに参加してしまう。

金泉寺には、地元の徳島県立板野高等学校の1年生が授業で制作したというスタンプが置かれていた。三番札所、四番札所、五番札所の三か所で押すと、一つの絵が完成するらしい。

何と素敵な取り組みだろう。

お遍路はスタンプラリーではない――。

私はそう感じたはずなのに、やはりスタンプラリーには心惹かれてしまう。

一つひとつ押された印が増えていくたびに、「ここまで来た」という小さな実感が積み重なっていく。

信仰心と収集欲。

どちらが勝っているのかは分からない。
人は理屈だけでは動かないらしい。
少なくとも私は、そうなのだ。

おまけ


お遍路をしていなければ、私はきっと、この人形を何気なく眺めて通り過ぎていたと思う。
けれど、お遍路の最中はなぜか、そのシュールさばかりが目についてしまう。

四半世紀ほど前、ご縁があって神社にいた私は、夏になると「夏越の祓」のための形代を、ひたすら半紙で作っていた。

この人形を見た瞬間、そんな遠い記憶がふっとよみがえった。

暑さのせいか、懐かしさのせいか。

少しだけ感傷に浸っていたことは、その場にいた誰にも分からない。

続く

いいなと思ったら応援しよう!