冷たさが沁みた午後 第六番札所 安楽寺
温泉山

第六番札所・安楽寺に到着した。
安楽寺は弘法大師によって温泉湯治の利益が伝えられた旧跡で、山号も「温泉山」と呼ばれている。現在も大師堂前から温泉が湧いているそうだ。
境内には四国八十八ヶ所最初の宿坊もある。
歩き遍路の人たちは、ここでようやくひと息つくのだろうか。そんなことを思いながら横目で眺めた。そして私も思う。温泉に入りたい。
授与所には薬湯の入浴剤も並んでいたので、実家の両親への土産に一つ購入した。父は難病を抱えている。
入浴剤ひとつで何かが変わるわけではない。それでも、少しでも楽になればいい。そんな願いを込めて手に取った。
弁天さまはなぜ多いのか
ここまで巡ってきた寺々で、ひとつ気になっていたことがある。
それは、弁天さまの多さだ。
ここ安楽寺にも弁天さまはいらっしゃった。
夫は芸事を学んでいることもあり、旅先で弁天さまを見つけると必ず手を合わせる。だから私も自然と目に入るようになっていた。
しかし、四国八十八ヶ所にもこれほど多く祀られているのはなぜなのだろう。
後日、友人に尋ねてみると、
「これから先も、まだまだ出てきますよ」
と言われた。
気になって調べてみた。
* 水不足に悩まされた四国の水源信仰
* 神仏習合の歴史
* 芸事や財運への信仰
* 弘法大師との結び付き
* 海との深い関係
* お遍路さんの命を支えた休憩所としての役割
* 龍神信仰との結び付き
など、さまざまな理由があることを知った。
どれも納得がいく。
どれも興味深い。
そして、どれも大切な理由のように思えた。
これから先、また弁天さまに出会ったら、その周囲の景色や建物にも目を向けてみようと思う。
そこには、土地の人々の願いや歴史が隠れている気がするから。
救い

それにしても暑い。
本当に暑い。
駐車場から寺へ向かう途中に店があったので、私はそこで休憩することを提案した。
正直に言えば、お店の看板に「アイスクリーム」と書かれているのを見た時から、頭の中はそれしかなかった。
チョコレートを二つ。
チョコとバニラのミックスを二つ。
そしてアイスコーヒー。
それぞれに手渡す。
みんな黙って食べていた。
暑さに疲れた体へ、冷たさがじんわりと染み込んでいく。
きっと想像以上に美味しかった。

お接待
店先には「お接待」と書かれた籠が置かれていた。
中には手作りのお守り袋のようなものが並んでいる。
どうやら塩が入っているらしい。
旅の安全にも、お清めにもなる。
そう思いながら、ありがたく一ついただいた。
徳島県らしく、私は藍色のものを選んだ。
この旅で初めて受けたお接待だった。
安楽寺の駐車場は道路を挟んだ向かい側にもある。
交通量はそれなりに多い。
ところが、参拝客が横断歩道に立つと、車は驚くほど自然に止まってくれる。
何度も。
次々と。
もちろん交通ルールなのだろう。
けれど、どこかお接待にも似ている気がした。
この土地には、人を送り出し、迎え入れる空気が自然と流れているのかもしれない。
親の背中
義父母が前を歩いている。
普段なら特に意識することもない後ろ姿だった。
けれど、この日は違った。
それぞれの親の年齢を思う。
父のこと。
母のこと。
義父母のこと。
先ほど買った入浴剤のことも思い出す。
お遍路は寺を巡る旅だが、ときどき自分の人生を巡る旅にもなる。
そんなことを考えながら、その後ろ姿を見つめていた。

駐車場の近くには、「88お砂踏みの森」が整備されていた。
四国の形にくり抜かれたモニュメントもある。
夫は数字の書かれている石の上をくるくる歩いていた。
先程まで見ていた義父母の背中には、歳月の重みのようなものが見えていたのに、こちらの背中は相変わらず落ち着きがない。
見ているこちらは少し目が回った。
おまけ

本堂には、ガチャガチャが設置されていた。
札所とガチャガチャ。
なかなか不思議な組み合わせである。
後で調べてみると、ちゃんと「安楽寺ガチャガチャ」の活動まであるらしい。
ありがたいのか、親しみやすいのか。
いや、きっと両方なのだろう。
古い信仰と新しい遊び心が、同じ境内で仲良く並んでいた。
続く
