傾聴するこころを育てる『傾聴の極意』発売記念連載②「伝説のはじまりとなった『母親と少年』」
1万件の相談を聴いてきた公認心理師、中越裕史さん初の傾聴本『傾聴の極意』が2025年3月発売になりました。

「カウンセリングの神様」と呼ばれるカール・ロジャーズの基本的な考え方に始まり、その系譜を継ぐカウンセラーたちの名カウンセリング集、そして中越さん自身がたどり着いた〈これからの聴き方〉まで、傾聴の極意を余すところなくお伝えしています。
読めば「傾聴するこころ」が育つ、新感覚の傾聴バイブルとなっています。
この刊行を記念して、全3回の連載を行います。
第2回目は、第1章の冒頭の本文「伝説のはじまりとなった『母親と少年』」を公開します。毎週金曜日に公開予定です。
お楽しみに!
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伝説のはじまりとなった「母親と少年」
ロジャーズは、カウンセリングの神様、静かなる革命家と呼ばれています。その呼称が決して大げさではないほど、後の世に大きな影響を与えています。
何を隠そう僕自身、ロジャーズに憧れてカウンセラーになりたいと思いました。
はじめて僕がロジャーズのことを学んだのは20年前。そのころ教わった「伝説のはじまり」ともいえるエピソードをご紹介します。今でも僕は、このエピソードが大好きです。
ロジャーズ以前のカウンセリングとは、精神科医や精神分析家、心理学者が、問題を抱える人の心理状態や生育歴を調べて、客観的に助言や指示を与えるのが一般的でした。
悩んでいる人に対して、専門家が「あなたの問題はこれ。こうすれば問題は解決する。だから、こうしなさい」と、「正しい答え」を指示する。医学や心理学にもとづく「科学的知見」から出された助言や指示だから、それが正しいと思われていたのです。
精神科医や心理学者は、心の専門家ではあるものの、患者・相談者と距離を取って客観的に関わるのが普通です。そのため彼らは、温かく人間的なコミュニケーションをあまり取りませんでした。平たくいえば、上から目線の指示だったのです。
ロジャーズも若いころは、決して偉そうではないものの、客観的に相談者と関わり、専門家としての指示や助言をしていたそうです。
しかしロジャーズがニューヨークのロチェスターにある児童研究所の職員になったとき、大きな壁にぶつかります。
そこは地域住民の移動があまりない場所だったので、カウンセリング後の経過を嫌でも直視せねばなりませんでした。その結果、ロジャーズは自分の指示や助言が「必ずしも役立っていない」ことをその目で見ざるをえなかったのです。
そしてあるとき、ロジャーズの考えを大きく変える出来事がありました。
地域の児童研究所が再編成され、ロジャーズが新しく独立したロチェスター相談所の所長になった後のことです。
相談所に、ひとりの母親が、問題行動のある少年を連れてきました。
相談所はまず生育歴を聞き、心理検査をしました。そして専門家たちで会議を開き話し合った結果、「少年の問題行動は、母親が少年の幼少期に心理的な拒否をしていたのが原因だ」ということで、見解が一致しました。
面談を通じて少年と母親の関係は詳しく調べ上げられ、ものすごく分厚い資料が作られました。そのときロジャーズは母親側を担当し、もうひとりの臨床心理士が少年側を担当しました。
ロジャーズはおだやかな態度で母親に、「あなたの拒否的な態度が少年の問題行動を起こす要因になっている、それをちゃんと見つめるように」と助言をしたそうです。
ところが、少年の問題行動はいつまでも変わりませんでした。およそ
12回の面談後、とうとうロジャーズは母親に、こう告げました。
「お互いにがんばったものの、どうもこの面談はうまくいっていない。何も得ることができていない。もう面談を打ち切ったほうがいいのではないかと感じています」
当時の権威的な立場にある心理学者のロジャーズが、自分の助言が役に立っていないと認め、それを誠実に話す。それはロジャーズにとっても、勇気がいることだったと思いますが、それぐらい自分の無力を感じていたのかもしれません。
ところが、ここで大きな変化が起こります。
面談の終結に同意し、席を立って面談室から出て行こうとした母親が、ドアの手前でくるりとロジャーズのほうを振り返り、こういったのです。
「先生、ここでは大人の面談はなさらないのですか」
ロジャーズは驚いて、「ときどきなら」と答えました。
母親はさっき立ち上がったばかりの席に戻り、いいました。
「実は、夫婦関係に大きな問題を抱えているんです。そのことを相談したいのです」
母親の話は、12回もの面談で聞いたものとはまったく違う内容でした。ロジャーズはどうしたらいいのかわからず、ただ、母親の話を聴き続けていました。
そうして、母親の話をただ聴くのみの面談が何度か続きました。すると不思議なことに、自然と彼女と夫のあいだの関係が改善されていきました。そして、彼女が自身の心をありのままに受け入れていくにしたがい、少年の問題行動も消えていったのです。
そのときのことを、のちにロジャーズはこう語っています。
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これは私にとって決定的な学習体験でした。私は、自分の考えに従うのでなく彼女について行ったのです。
私が到達した診断的理解に彼女を導く代わりに、ただ聞いていたのです。
それは専門的関わり合いというよりは、個人と個人との関わり合いに近かったのです。しかも結果はお話しした通りでした。
(『人間尊重の心理学』カール・ロジャーズ著 畠瀬直子 訳(創元社)1984.12/改行、太字は著者)
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次回は4月25日(金)に更新予定です。お楽しみに!
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