ショートショート 介入シマスタ
ドル円が160円を突破した朝、財務省の男は静かにキーを叩いた。
「介入シマスタ」
市場は一瞬揺れ、また戻った。
170円になった。
男はまたキーを叩いた。
「介入シマスタ」
アナリストたちがコメントを出した。
「効果は限定的」
「焼け石に水」
「それでも姿勢を示した」
姿勢。なるほど。
180円になった。
国民はスーパーで首を傾げた。パスタが、オリーブオイルが、チョコレートが、また値上がりしている。
でも介入している、と誰かが言った。
「介入シマスタ」と男はまたキーを叩いた。
市場は三秒だけ動いて、また戻った。
200円になった。
記者会見で記者が手を挙げた。
「財源はどこですか」
大臣は微笑んだ。
「外貨準備です」
「その外貨準備はどこから」
「貿易黒字の蓄積です」
「その貿易黒字を稼いだのは」
大臣の微笑みが、一ミリだけ固まった。
夜、財務省の男はキーボードの前に座ったまま、ふと手を止めた。
介入する金は、国民が稼いだ金だ。
その金で円を買い支えて、また円が下がって、また国民の生活が苦しくなって、また介入する。
男はしばらく天井を見た。
それから、いつものようにキーを叩いた。
「介入シマスタ」
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