見出し画像

🗾やんごとなき不敬罪ーエピローグ


日本人はよく言う。
「自分たちは無宗教だ」——と。
だが、現実には見えない神殿の中で毎日ひれ伏している。

神殿の名は「家」。
そしてその屋根の上に鎮座するのが「天皇教」だ。

ありがたいことに、この宗教には経典も説法もいらない。
ただ「空気を読め」という一言で、
子から孫へ、自然に信仰が継承される。

僧侶はいない。教師もいない。
だがすべての親戚とご近所が立派な布教師になる。

「親を大事にしろ」
「家の名を汚すな」
「結婚は家と家のつながりだ」

ありがたい教えだろう?
おかげで何百年も、誰も疑うことなくこの宗教は栄えてきた。

そして日本人は胸を張って言うのだ。
「私たちは無宗教です」——
この瞬間に、最も熱心な信者であることを証明してしまっている。

だって、これほど見事に
「家制度」と「天皇制」を信じ抜き、
人生の選択をすべてそれに捧げているのだから。

皮肉なことに、この宗教の素晴らしいところは、
脱会手続きがないことだ。

一生縛られるか、
あるいは自分の意志でぶち壊すしかない。


🕰️


この文章は、エピローグであり、同時にプロローグです。

この連載の番外編のうち、
「自分が母親になってから考えたこと」については、番外編で書きました。


また、本文中で触れている
「ゴーマニズム宣言」を読んだ体験についても、noteでは扱っていません。

このnoteでは、
私自身が27年間、母親として生きてきた立場から、
「天皇制」「家制度」「無宗教と言われる日本社会」について考え続けてきた記録をまとめています。

それは過去を振り返るためだけの文章ではなく、
今もなお続いている〈無自覚〉の中に、私たちが生きているという事実を示すためのものです。

いいなと思ったら応援しよう!