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アメリカで働くプログラマーだった彼女は、なぜ仏教の道へ?――始まりは、たった一枚のポスターだったFrom Programmer in America to a Life Shaped by Buddhism— It All Began with a Single Poster

先日、台湾出身の留学生から、とても印象に残る話を聞きました。

彼女はアメリカの大学を卒業後、そのままアメリカで就職。

プログラマーとして何年も働き、本人の言葉では「豊かな生活」を送っていたそうです。

そんな彼女の人生の方向を変えるきっかけになったもの。

それは――
たった一枚のポスターでした。

ある日、彼女は一枚のポスターを目にしました。

そこに書かれていた催しに興味を持ち、
「参加してみよう」と思ったそうです。

それは、仏教のセミナーのお誘い。

その時、彼女はボストン在住。セミナーな西海岸のロス!


東から西へ。しかも、単なるサマーセミナー。

その小さな一歩から、彼女は仏教と出会いました。

そして、その教えに惹かれ、さらに学びたいと思うようになり、日本の仏教や文化にも関心を持ち、日本語を学ぶことへとつながっていったそうです。

アメリカでプログラマーとして働いていた彼女。

もし、あの日、あのポスターを見ていなかったら。

もし、見ても「参加してみよう」と思わなかったら。

今とは違う道を歩いていたかもしれません。

一枚のポスター。
一つの決断。
一つの出会い。

それが次の出会いへとつながり、人生の方向まで変えていく。

彼女の話を聞きながら、
「人生の縁って、不思議だなあ」
と思いました。

「袖振り合うも多生の縁」
この話を聞いて思い浮かんだことわざがあります。

「袖振り合うも多生の縁」
【意味】
道ですれ違って袖が触れ合うほどの、ほんのわずかな出会いであっても、深い縁によるものだという意味です。
【教え】
何気ない出会いや小さなきっかけが、その後の人生に思いがけない影響を与えることがあります。
だからこそ、一つひとつの出会いや縁を大切にしたい、という教えです。

一枚のポスターも、縁の入り口に
もちろん、「袖振り合うも多生の縁」は、本来、人と人とのわずかな出会いについて使われることわざです。

一枚のポスターそのものを「袖振り合うも多生の縁」と呼ぶわけではありません。

けれど、
一枚のポスターを見る。

「参加してみよう」と思う。

そこで人と出会う。

新しい教えと出会う。

さらに別の世界へとつながっていく。

彼女の場合、一枚のポスターが、いくつもの「縁」へと続く入り口になったのだと思います。

ことわざにも、仏教とのつながりが
そして、もう一つ興味深いことがあります。

「多生」とは、何度も生まれ変わることを表す仏教に関係する言葉です。

ほんのわずかな出会いでさえ、深い因縁によって生まれたものと考える。

一枚のポスターをきっかけに仏教と出会った彼女の話と、仏教に関係する言葉を含むこのことわざ。

そこにも、私は不思議なつながりを感じました。

人生の分岐点は、案外小さいのかもしれない

人生を変える出来事というと、何か劇的なことを想像します。

でも、本当の分岐点は、
たまたま目にした一枚のポスター。

ふと耳にした一言。

偶然出会った一人の人。

「ちょっと行ってみようかな」と思った小さな決断。

そんな何気ないところにあるのかもしれません。

彼女の人生を動かした最初のきっかけも、たった一枚のポスターでした。

袖振り合うも多生の縁。
今、私たちの目の前にある何気ない出会いも、いつか振り返ったとき、
「あそこから始まったんだ」
と思う日が来るのかもしれません。

あなたにも、
「あの出会いがなければ、今の私はいなかったかもしれない」
と思うようなご縁はありますか?
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【日本語教師のことわざ帖】
A Japanese Teacher’s Proverb Notes
袖振り合うも多生の縁

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