【追記あり】三島の虚像と、混血少年の傷跡
先日、このような記事を書いたが、もしかすると補足が必要なのではないかと思った。
「あなたが漫画家を目指すのは『遊び』だ。父親が言っているように、サラリーマンや公務員になれ」
「流行りのアニメなんか観てないで三島由紀夫のような文豪の本を読みなさい」
そう言ったのは秋葉原の精神科医で、当時筆者は16歳の患者だった。
精神的に不安定な少年に『三島由紀夫=クーデターを起こして集団自殺した男』を勧めるというのもアレだし、よりにもよって『オタクの聖地・秋葉原』に病院を構えておいて「漫画家を目指すのは遊び」と言い切るのも皮肉めいているが、もっと別の問題もある。それは、
三島はめちゃくちゃマンガ好きだったし、大蔵省(現財務省)に就職してから9ヶ月でドロップアウトして小説家になった男である
ということである。
どのくらいマンガ好きだったかというと、『ゴルゴ13』のような劇画を褒めちぎったり、『あしたのジョー』の結末が知りたすぎて講談社に問い合わせをしたとかいう尋常じゃないレベルのマンガ好きだったらしい。
ましてや、彼は父親から小説家の夢を否定され、それでも小説家になった男。大蔵省というエリートコースに就きながらも、昼公務員・夜執筆という生活に疲れ果てて公務員をやめた男なのだから、もしも三島がここにいたら、「公務員にはならなくていい。頑張ってマンガ家になれ」と背中を押してくれたかもしれないのだ。
あと、筆者は日タイハーフなのだが、筆者は父親(日本人)からボコボコに殴られたり、民族的アイデンティティの否定や自殺教唆を含めた暴言を吐かれたり、ディープキスとか乳首を弄られるとかの性的虐待を受けている。なので、『お父さんの言う事を聞きましょう』というごく当たり前のアドバイスが、筆者にとっては『死ぬか、生きるか』レベルで結構キツイのである。
一方、三島由紀夫は妻子を殴ったりせず、声を荒げることもなかったという(全然ちゃうやんけ)。また、三島は三島なりに辛い子供時代を過ごしている。
だから、筆者のような人間にとって、三島由紀夫は『仲間』や『希望』になり得たかもしれないわけだ。三島がここにいたら、筆者のことをどう評していたか。案外、筆者に寄り添って、優しい言葉をかけてくれたかもしれない。
じゃあ、なんで筆者は三島が嫌いなままなのか。
それは、三島がここにいないからである。
三島が自らの美学に殉じて、愛国的な偶像と成り果てた時、人間三島は死んだ。今の三島は、右翼と、読書家と、外国人のYouTuberが褒めそやす『空虚な象徴』であり、日本的な体制や伝統の擁護者ではあっても、筆者を守る存在にはならなかったのである。
「父親に従え」
「サラリーマンになれ」
「マンガ家になるな、マンガ家は遊びだ」
「流行りのアニメを見るな」
「三島由紀夫のような文豪の本を読め」
16歳の時からずっと脳内で反復される、一連の呪縛。自分の夢を否定され、その代わりにお出しされた、『三島』という、よく知らない小説家の名前。まるで、「三島はお前より高尚で、真剣で、社会の規範に沿っていたんだぞ」とでも言うような、そんな言い方。
これこそが、筆者にとっての文脈〈すべて〉なのだ。
あの精神科医の発言は、実際の三島の生き様とはまるで正反対だったが、死に様はどうだったか。三島は結局、日本的な美学と規範の中に殉じた。それが三島の死に様なのだ。やれ天皇だの、武士道だの、国防だの、そういう小綺麗で大人ぶった文脈において死んだから、三島はそういうアイコンになり、筆者はとばっちりを受けたのである。
ところで、あの精神科医はたぶん、筆者がタイ人のハーフであることを忘れていたと思うのだが、タイ人は必ずしも親日ではない。戦時中、タイは日本と同盟を組むことになったが、それはタイ人の自由を脅かすものであった。これに対し、タイの政治家プリーディー・パノムヨンは、レジスタンス組織『セリ・タイ』を設立。スパイとして活動し、日本の情報を連合国に売っていたのである。おかげで、日本は負けたが、タイは戦勝国の一員になったのである。
今のタイ人が親日国なのは、彼らが歴史にこだわらないタイプであることや、日本人が(ちょっとやりすぎなくらいに) 反省したこと、そして何より、アニメ・マンガ・小説・映画・特撮などの、ポジティブで文化的な印象があるからだ。
筆者の場合も、日本の文化に親しんでいた。特に、子供の頃はウルトラマンに憧れていて、浅草にあったウルトラマンのテーマパーク(2006年頃につぶれてしまった)にはよく通っていたほどである。しかし、ウルトラマンは地球人の国籍なんか気にしないし、子供を虐待する父親を擁護しないし、子供の夢を否定しないだろう。
三島由紀夫もゴジラやガメラが大好きな特撮ファンだったらしいので、それを否定するのは心苦しい。だが、筆者にとっては、三島由紀夫をはじめとする日本人こそが、今やゴジラのようなバケモノの大群であって、それを迎え撃とうとする筆者もまた、自分の細胞が『純日本人』ではなく『日本人とタイ人の不格好なキメラ』であることを、意識せねばならない。
「舐められたら殺す」
それはサムライの特権ではない。タイ人だって、舐められたら殺意が湧くのである(てか物理的に舐められたし。口の中を……)
もし、筆者が純日本人であれば、三島由紀夫の美意識について「まあ、前時代的な感覚だよな。オレには関係ないよ」と言い切れただろう。だが、筆者がハーフであるからこそ、「何が日本人の純粋さだ、何が日本人の魂だ!オレの半分は日本人じゃないぞ!オレの半分をそんなに否定したいか!」と、激しく反発するしかないのである。
三島が鬼籍に入ってしまったことが、なおのこと悔やまれる。もし三島が存命であれば、タイキックで三島をぶちのめしてやる。
最後に、すごくどうでも良いことを書くが、筆者の肩には『デカいホクロ』がある。しかも、よく見るとそれは細かいホクロの集合体なのである。
筆者の魂の前世は、何人(なにじん)だったのかなぁ〜。
【追記】
三島由紀夫の書いた『金閣寺』という小説があって、筆者の悩みによく似ているらしい。
以下、AIの書いたあらすじ。
> ⛩️ 『金閣寺』の超ざっくりしたあらすじ
>主人公の溝口(みぞぐち)は、重度の吃音(うまく喋れない)があり、見た目にもコンプレックスがある少年です。
> 彼は、お寺の住職である父親から「金閣寺はこの世で一番美しい建物だ」と何度も聞かされて育ちました。その結果、彼の脳内には「完璧な美の象徴としての金閣寺」という強烈な観念(システム)が植え付けられます。
> やがて溝口は金閣寺の小坊主になり、本物の金閣寺を見るのですが、最初は「あれ?意外とボロいな」と思います。しかし、脳内のフィクション(完璧な金閣)が現実を上書きしてしまい、彼はどんどん金閣寺に執着していくようになります。
………。
『金閣寺』を『三島』に変えたら……
まんまオレやないかっ!!!
(終わり)
