【週初エッセイ】 夕方の光が、 少しだけ長くなった —— 冬の出口で感じる希望
夕方、窓の外を見上げる。
オレンジ色の光が、まだ西の空に残っている。
この時間なら、もう暗くなっているはずだった。
冬のあいだ、夕方の光はあっという間に消えて、窓の向こうはすぐに藍色に沈んでいった。
気づいた。
「光が、少しだけ長くなった」
冬の夕方には、 光がすぐに消えていた
12 月や 1 月の夕方、仕事を終えて窓の外を見ると、もう暗いことが多かった。
午後 4 時を過ぎれば、空の色がどんどん濃くなっていく。
夕方の光が、長く留まってくれない。
そのたびに、なんとなく胸の奥が重くなっていました。
一日が終わるのが早すぎる。
まだやりたかったことがあるのに、外はもう夜。
冬の夕方には、光がすぐに消えて、心まで短く沈んでいくような気がしていたのです。
光が、 長くなったと気づいた日
2 月も後半に入った、ある日の夕方。
いつものように窓の外を見たとき、ふと足が止まりました。
まだ、光が残っている。
西の空に、薄いオレンジ色が残っている。
この時刻で、この明るさで、窓の向こうが見えている。
「ああ、日が延びたんだ」
暦の上ではとっくにわかっていることでした。
冬至を過ぎれば、日は少しずつ延びていく。
頭では知っていた。
その日、夕方の光が少しだけ長くなったと、体で感じた瞬間があったのです。
冬の出口に、 立っている
冬は、まだ終わっていない。
朝はまだ冷たい。
厚手のコートを手放すには、しばらく時間がかかる。
夕方の光が長く残っている。
その事実が、冬の出口に、自分は立っていると教えてくれる。
春は、まだ遠いかもしれない。
桜が咲くまで、あと一ヶ月以上ある。
光は確かに伸びている。
一日一分、一分と、夕方の時間が長くなっている。
その小さな変化が、心に希望を灯してくれる。
「このまま、冬は続くのではないか」
そう思って重くなっていた心が、ほんの少しだけ軽くなる。
何かが、確かに前に進んでいる。
自分が立っている場所は、冬の出口なのだ。
夕方の光が、 少しだけ長くなった
夕方、窓の外を見上げてみてください。
まだ光が残っているかもしれません。
以前なら、もう暗くなっている時間かもしれません。
夕方の光が、少しだけ長くなった。
その事実に気づくだけで、冬の出口に立っている自分を感じられる。
春はまだ遠くても、光は確かに伸びている。
希望は、大きな転換点でなくていい。
小さな変化のなかに、ちゃんとある。
夕方の光が、少しだけ長くなった。
冬の出口で、希望を感じる。
そんな週初の話でした。
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夕方、窓の外にまだ光が残っていると「ああ、日が延びたな」と小さく呟くことがあります。
冬のあいだは気づきにくいけれど、確かに光は伸びている。
その事実が、ちょっとした希望になってくれる。
みなさんの週が、夕方の光のように少しずつ長く温かく続きますように。

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