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AIにキレてわかった。自分らしい不便益の文章。

誤算でしたわー。

AI を使ったら楽に書ける。記事もサクサクと量産できる。僕みたいに筆が遅い人こそ恩恵を受けられるって言われたのに。

時代にそう言われて、試しているのに……、

はかどらねえんだが?

指示を重ねても違和感が付きまとう。修正しているうちに、本質から離れていってしまう。なーんか、小さく、丸く、あっさりとまとめられてしまうんですよねー。それなのに「もっと伝わるためのアドバイスがある。聞きたい?」とかさ。

「だァかァらァァァァァ!」ってなりません?

原因を AI に尋ねると、そういう仕様なんだとか。

僕はありふれていないこと、自分らしいことを優先し、AI は破綻していないこと、意味が通ることを優先している。また、僕は「フリ」「タメ」「ツッコミ」「余韻」を入れたいのですが、AI はそれらがノイズに見えているそうです。

こうも言われました。

「正直に言うと、君とのやり取りは普通よりかなり難易度高い」

AI にまで「とっつきにくい」と思われたみたいで、笑けてきましたよ。効率化をしたくて AI を頼っているのに、結局は対話に時間がかかってしまっている。

誤算でしたわー。

しかし、一周回ってこうも思うのです。

時間はかかる。しかし、むしろそれで良い。


今、世の中にはこんな言葉があります。

「不便益」

これは「不便だからこそ得られるもの」のこと。制限があったり、時間がかかったり、難しかったり、不確実だったり、そうした非効率の中にこそ価値が生まれるという考え方です。中学の国語の教科書にも掲載されたそうで。

思い浮かんだのは「丸亀製麺」です。あそこは、非効率であることが売りになっていますよね。

麺は調理施設で大量生産した冷凍品ではなく、それぞれの店舗で粉から打つ。調理に時間がかかるため、いつも行列ができてしまう。小麦粉が入った袋は倉庫ではなく、店頭にどっさりと。客席を減らして、厨房を広く。

時間も、手間も、空間も、コストも、何もかもが非効率。しかし、だからこそ「製麺所でできたての麺を楽しむ」という世界観と体験を得られるのです。

先日、重役の方がこんなコメントをしていました。

「効率化と感動がトレードオフ(両立不可能な関係)になるなら、感動を選択します」

AI に文章を書かせるのも、同じことではないでしょうか。

対話に時間をかけるからこそ、にじみ出るものがあります。個性とか、体温とか。

もちろん、時間をかけたらかけただけ良いということではないのですが、AI に丸投げして楽するより、対話して、自己理解を深めて、直して、最後は引き取って、とした方が自分にも読者にも「残る」文章になると思うのです。

もがいた時間が文章に深みを与える。
悩んだ時間が読者の感情を動かす。
個性と体温は非効率にこそ宿る。
AI を使ってもいい。但し、効率を求めない。

それが、僕が考える「不便益の文章」です。だって、そう思わないと悔しいでしょう?


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