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【第7話】退院即、ゴング....病み上がりの僕に襲いかかる大人の理不尽

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3月27日。入院から約2週間。

体に刺さっていた3本のチューブがすべて抜け、
僕はついに病室の重い扉を出て、
サンディエゴの眩しい太陽の下へと脱出しました。

待っていたのは、
涙が出るほど温かい「日常」でした。

なんと語学学校の校長先生が
自ら車で病院まで迎えに来てくれ、
寮まで連れて行ってくれたのです。

学校のスタッフたちは、
移動が大変だろうからと、
シャワーとトイレが付いた特別な
個室を新しく用意してくれていました。

部屋の机の上には、お茶とお菓子、
そしてみんなからの寄せ書きメッセージカード。



寮に帰ってきてホッとした気持ちと
ふと思ったことは…..

「授業に出られなかったのは残念だったけど、
ここでリカバリーするどころか、
学校にいる時以上に英語力が磨かれたな」

そんな誇らしさもありました。

毎日、ドクターやナースとガチの英語でやり取りし、

病院の専門用語までマスターした。

主治医からも

「フライトは問題ない。すぐに日本に帰れるよ」

とお墨付きをもらっている。

留学エージェントからも

「帰国の航空券代や、
受けていない授業料の返金は保険会社が
確約している」

と聞いていました。

退院した日の夜、保険会社から届いた

「早く退院できることを願っています」

というメールに僕は

「本日退院したので、すぐに帰国便の手配をお願いします」

と、希望に胸を膨ませて返信しました。

……しかし。

ここから、あの感動をすべて吹き飛ばすような、
保険会社との「血の出ないデスマッチ」が始まるなんて、
この時の僕は思いもしませんでした。

次の日に届いた保険会社からの返信は、
どこか不穏なものでした。

「飛行機に乗るための医師の許可証を持っていないか?
あと主治医の情報も欲しい」

病院からもらった大量の書類から、
フライト許可の文書を探し出してすぐに添付して返信。

本音はそれは病院とやってくれよと思いましたが
早く帰れるならいいかなと。

しかし、そこから4日間、音沙汰なし。

「どうなっていますか?」と催促して、

ようやく返ってきたのは、

「我が社の医師が、
今の情報では足りないと言っている。
追加情報を病院に請求中だから待ってくれ」


という事務的なテンプレ回答でした。

実は僕が加入した保険会社は、
本社がヨーロッパにありました。

サンディエゴとの時差は、約9時間。

こちらが動いてほしい時間に、
向こうは眠っている。

おまけにヨーロッパの大人は、
土日になると完全に仕事を
シャットアウトします。

こちらが焦ってメールを送っても、
向こうの「時差」と「週末」の壁に阻まれ、
ただただ時間だけが冷酷に過ぎていく。

週が明けた4月8日。3度目のメールを開いた瞬間、
僕の中で何かがブチ切れました。

「病院側があなたの情報を提供するには
署名が必要だと言っている。
この書類にサインをして送ってくれ」


……は?
散々待たせた挙げ句に、今さらサイン?

そんなもの、先週の時点で電話一本かければ5分で済んだ話だろ。
時差のせいで、メールが届いたのはサンディエゴの早朝。

僕は怒りに震える手で、即座に「早く手配しろ」
と怒りの返信を叩きつけました。

しかし、そこからまた2日間の完全放置。
進捗を問い合わせると、返ってきたのは、

「病院側から返答が来ない。進展があったら連絡します」

という、やる気ゼロの返事でした。

そこで、僕はハッと気づいたんです。

「……あ、これ、完全に舐められてるな」と。

病み上がりで、言葉の壁もあるアジア人の若造。
適当にあしらって、時間を引き延ばせば諦めるだろう

スマホの向こう側にいる冷徹な担当者の顔が
透けて見えた気がして、怒りが噴火しました。

『一刻も早く帰国しなければならない
患者に対して、この対応は何ですか?僕はもう退院してから
2週間も待たされています。意図的に先延ばししようとしていませんか?
来週までに話が進まなければ、自分でチケットを取って帰ります。もちろん、この対応は消費者センターにすべて報告しますし、そちらに対して慰謝料も請求させてもらいます』

これくらい強気のメールを送りつけました。

すると、保険会社は手のひらを返したように、
こんな綺麗事を送ってきたのです。

「決してそんなつもりはありません、
あなたの体を心配してるからです。
ただ、自分で手配しても良いですが、
その際の責任(費用)は一切持ちません」

主治医が「問題ない」と言っているのに、なぜ?

怒り心頭に発した僕は、日本の留学エージェントの
日本人サポートに連絡して助けを求めました。
しかし、彼らの対応もまた、
僕の心に深い不信感を植え付けるものでした。

その時は話を聞いてくれましたが、
彼らが保険会社に問い合わせても

「病院からの返事を待ってる状態」の1点張り。

挙句の果てには、「あとは現地のスタッフに助けてもらって」
と、投げやりに丸投げしてきたのです。

その瞬間、スマホを握りしめながら、
乾いた笑いが出ました。

「ああ、そうか。こういうレアなケースは
対応に困るのもわかる。でも、お前ら最初に
お金を回収できればそれで良かったんだな」
と。

新規の申し込みや留学の延長なら
お金が生まれるから手厚くサポートするけれど、
この件でお金は一円も生まれない。

だから面倒くさい。エージェントの「ビジネスの闇」
僕は身をもって知りました。

退院3週目。歩くのすらまだしんどい体で、
日中はひたすら保険会社とのやり取りのために
パソコンにかじりつく日々。

「もう数日で帰れるはず」と自分を励まし、

夜は近くの日本食レストランで、
毎晩のように唐揚げ定食を食べていました。

気分転換に見に行ったパドレスの試合中も、
頭の片隅にはずっとあの理不尽な大人の顔がチラついていました。


病院、保険会社、日本のエージェント。
世界中に、僕の味方は一人もいなくなった。

「……もう、限界だ。あの人に頼るしかない」

追い詰められた僕は、ついに語学学校の現地スタッフへ、
本当のSOSを出しました。
そこから、この膠着状態を一撃でぶち壊す、
僕たちの「最強の救世主」が動き出すことになるのです。

(第8話へ続く)



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