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2022年の社労士試験と(その3)

社会保険労務士・行政書士すぎなみ耕援事務所の代表によるnoteです。

2021年の社労士試験は痛手も仕事の忙殺で助かっただけ。2022年度異動があり、とんでもない仕事量(正確には違う)、4~12月年休1日+3時間、試験どころか人生の危機に陥り、厳しい決断に至ったのは運命、従容ともいえる。


もう潮時「いつか」だけだった

2019(令和元)年度異動の際、改めて先は短いと思ったが、2022(令和4)年度の異動で今年か来年かと考えた。体力に自信なく、昇進するわけでない。かつ定年引上げで60歳に入れど再任用はなく、65歳まで働けが完成(60歳で役降りとなる)。最後まで我々世代は何だかな。要は人生が他人任せで巻き込まれ不満足で終る、70歳前後まで自分で将来を築くなら、早く動くが必然だ。

考えに考えて決めたこと

部署が嫌とは違う。確かに何だこの仕事量、だとしても安息できる異動は正答でなかった。小職で25年もこのキャリアはあり得ずよく勤めた、同時に満足は今後ない。運命や従容に抗う異動や残留は、心身の違いこそあれ支障来し失地回復できず、社労士も遠のく。分らず屋が何の説得試みても退職願を覆すは困難、当方も退けない。翌年度以降は勧退対象、事実上最初で最後だった。当事者に立たねば分るはずない究極の選択、開業直後答合せが来る。

最後は跡も消した

皆既月食を非常な環境で鑑賞でき、運命や従容だと受け容れようと決めた、いよいよ都庁生活も最後を迎え、JR完乗もできた。去る件は事前に担当内しか話さず、周囲の受け止めは知らない。自らの引継と部下の立会も全てしたが連絡は絶つ、しなくてよい仕事はせずじまい。淡々と儀式終え菓子置いて消えた。旧友再会の感謝と元部下へ申し訳なさ、跡は消して数日眠った。

もっと驚いたこと

詳細は省くが、将来を確実視された課長級も去った。3人もは選択の正しさを裏付けた。1人は元上司、1人は席を伴にし、1人は仕事上関わり有、並大抵の決断でないのは想像に難くなく、北国へ移住した例は流石に驚いた。

※ここではやや抑えめに記し、業務は明確にしません

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