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江ノ電が走る街で、母になった。

はじめは、ドラマみたいだと思った。湘南海岸公園駅という名前の駅も、近すぎる海も。これまでの人生で、海や夏を自分のアイデンティティに重ねたことがなかった私にとって、湘南はどこか遠い世界の響きだった。それなのに不思議なことに、その街は私の日常に変わっていった。今日はそのことを書こうと思います。

2017年、東京。妊娠がわかったとき、住んでいたのは東横線の学芸大学。駅徒歩3分、3階建てのメゾネットは、都会の真ん中なのに妙に居心地が良くて、少し変わったその暮らしは若さそのものみたいに自由で楽しかった。だけど産後の生活を想像し始めると、だんだんと自信がなくなっていった。部屋の更新と、安心できる産院が見つからない不安。いくつかの理由が重なって、私たちは東京を出ることに決めた。さよならトーキョー。

都内まで通える距離で、「海にする?山にする?…やっぱり海じゃない?」そんな軽い会話のまま、向かったのは藤沢駅。初めて降りる駅だった。

江ノ電の窓から眺める由比ヶ浜、夕陽に染まるグラデーションの空、海を眺める丘に建つ学校。甘酸っぱい青春を封じ込めたような江ノ島のシルエットに、私はほんのすこし場違いな場所に迷い込んだような気がした。

そんな、ふわふわした気持ちのまま湘南に引っ越して、里帰りもせず、ここで初めての出産をすることに決めた。出産予定日の前日、おなかの子を待ちながら先生にすすめられた。「ちょっと海でも散歩してみるといいよ」と。言われるがまま、よちよちと鵠沼海岸を歩く。冬の夕方のビーチを歩く人たちはみんな夕陽にほどけているけれど、私だけは緊張でかたまっている。波と一緒に押し寄せる陣痛の始まりに、時々うずくまりながら海岸を歩いて、半泣きでお蕎麦を食べて産院に戻った。産院の入り口には今日もUGGのブーツと、控えめなハイビスカスの絵が並んで見えた。なにが起きても、ここはやっぱり湘南だった。

陣痛の最中でさえ夕陽は綺麗で、少しだけ浮き足立つようなこの街の海岸を歩いた次の日。私は出産予定日ぴったりに母になった。そのことを、今ではなんとなく気に入っている。

保育園も公園も、スーパーも病院も、大体のものが海の近くにあった。少し放っておくと潮風でさびついてしまう自転車に乗って、江ノ電の踏切を越えて保育園へ向かう。

最寄り駅は「湘南海岸公園駅」。

最初はドラマみたいだと思っていたその名前も、いつの間にか近所の人たちと笑い合える、生活の音がする日常になっていった。実際に暮らしてるからって、毎日がドラマチックになるわけではないけれど、あの頃の私が海のやさしさに包まれていたのは、たしかだった。

葉山も逗子も、鎌倉も茅ヶ崎も。134号線を走ればそれぞれの海の街につながっていた。孤独を感じる日がなかったと言えば嘘になるけれど、それでも民家すれすれを掠めながら走る緑色の電車と、きらきらと粒を上げて光る海は、初めての子育てでこわばった私の肩を、いつもやさしく撫でてくれた。

4年間暮らした海の街。湘南が遠くなっていく。ふとしたときに、あの眩しい日差しと小さな駅を思い出す。私をお母さんにしてくれたあの場所に、いつかまた戻る日は来るだろうか。私はあの駅に、大切な何かを置いてきてしまったような気がしている。

今でもときどき、そう思う。

#この駅がすき #ekinote

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