稀代の詩人の生涯ーミニ読書感想『詩人なんて呼ばれて』(谷川俊太郎さん、尾崎真理子さん)
◎谷川俊太郎さん・尾崎真理子さん『詩人なんて呼ばれて』(新潮文庫、2024年8月1日初版発行)
谷川俊太郎さんの訃報に触れ、書店で購入しました。文芸記者がインタビューを重ね、描いた半世紀。稀代の詩人がどのような家庭に生まれ、育ち、時代を歩んできたかがよく分かる。晩年のこんな様子が、実に谷川さんらしい。
詩のイベント、海外での翻訳出版、アンソロジー編集の打ち合わせ、取材などの申し込みがひっきりなしに舞い込む。気持ちが動けば夏はTシャツ一枚、冬はセーターにダウンをはおって、遠方の小さな朗読会にも、老人福祉施設へも幼稚園へも一人で出かけて行った。時には自分で車を運転して。もちろん、日々の基盤にあるのは詩の創作で、「最近、詩を書くのがたのしくなった」と、薄いMacを日に何度も開いて推敲を重ねている。
「最近、詩を書くのがたのしくなった」。詩を仕事とし、その仕事を何年も、何十年も続ける。その先で「楽しい」と断言できる。同じような真似ができるサラリーマンは何人いるだろう。ここまで仕事を誇れる人が。
そして大御所然と邸宅に構えるのではなく、小さな朗読会に出かける。谷川さんが老境に入った後、登壇したイベントを観たことがある。「おじいちゃん」という呼び方がふさわしいような、柔らかさ。でも詩を朗読すると、空気がシンとなる。会場の誰もが、この詩人の発声を少しも取りこぼさないよう、神経を研ぎ澄ませた。このとき詩は、間違いなく、参加者の内蔵にまで染み渡っていた。
そんな谷川さんの最初の「詩」も記述されています。
小学一、二年生のある日の日記に〈けさ、生まれてはじめて朝をうつくしいと思った〉と書いている。向かいの家のニセアカシアの木の向こうから、太陽が昇ってくるのを見て、きれいだと感じた、その瞬間のことを文章に書いておきたくなったんでしょう。それは、その時まで味わったことのない、喜怒哀楽の感情を離れた突然の出来事で、僕のポエジー誕生の瞬間だったと、ずっと思っています。
ポエジー誕生の瞬間を覚えていること。それが詩人の第一条件なのかもしれません。
本書では「谷川俊太郎は時代の先を行っていた」と指摘されている。例えば、核家族であることや、離婚を繰り返したこと。親の介護の問題。それらは谷川さんが経験した何年後かに、現実的な社会問題としてクローズアップされた。谷川さんは時代の「少し前」を経験し、それを詩として表現した。
とりわけ印象に残ったのは、谷川さんの生涯にあって「沈黙の時代」に挙げられる1990年代に、何をしていたのか。このとき谷川さんは、文芸誌など「大きな舞台」への発表をやめる代わりに、小規模な朗読会のような「小商い」に力を入れたという。
谷川俊太郎は、一九九〇年代をどんなふうにすごしていたのだろう。中断していたのは詩誌や文芸誌へ詩を発表することで、そのほかの仕事は続行されたものの、谷川がもっとも真剣に取り組んだのは、自分のペースで好きなように企画して実行に移す、この「小商い」だった。中でも力を入れたのはジャズをベースに幅広いジャンルの演奏、作曲活動を行う音楽家でもある長男、谷川賢作が率いるバンドDiVaと組んで時抱くの詩を朗読する催しである。
大きな物語、マス媒体の凋落と、個の時代。まさに、来たるべき2000年代以降のトレンドを先取りしている。
谷川さんが今も存命なら、どんな詩を書いたか。どんな「未来」を私たちに提出してくれたのか。それを読むことはもう叶わないというのが、さみしい。
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