54ミャンマー情勢(巨大地震Part4)ミャンマー人に対する日本の支援:組織を作れないミャンマー人
2025年3月28日(金)にミャンマーを巨大地震が襲ってから、1か月が経とうとしています。
ミャンマーがメディアに取り上げられる機会も減り、世界の人々の関心は、トランプ大統領の次なる恐怖の一手に向いています。
ミャンマー人の組織(三田会が羨ましいミャンマー人)
ミャンマー人は、「日本には大学の卒業生の会(例:三田会)があるよ!」
と言うと、驚きます。
海外では、「19●●年生まれの会」という日本人の集まりもあります。
日本人は、何らかの理由をつけて集まるのが大好きです。
しかし、ミャンマーは、「人が2人集まると、3つの組織ができる」と言われるほど、組織ができません(人が2人集まると普通は組織は1つできます)
そのぐらい、ミャンマー人は、組織を作ること、そして組織を運営することができません。
なぜでしょうか?!
1つ目の理由
1つ目の理由は、独裁政権が続き、歴史上、言論の自由や結社の自由が無い期間が長かったためです!(以下の表の赤囲いが独裁者です)
三田会のヤンゴン会長などやるものなら、一瞬で逮捕される感覚です。
恐ろしくて、組織のリーダーなんてやれません!!!

2つ目の理由
2つ目の理由は、何でしょうか?
ミャンマー人は、「日本には100年以上続く歴史ある企業があります!」というと驚きます。
さらに、「日本の100年企業には、養子をとって社長にする企業もあります!」というと目玉が飛び出ます。
これがヒントです。
日本は、会社は「公の器」というイメージです。
サラリーマンは会社に所属しているイメージです。

パナソニックの創業者、松下幸之助の「企業は社会の公器(コウキ)たれ」というと、ミャンマー人は、「???」となります。
ミャンマーは、典型的な途上国です。
独裁者の下、安定した社会があったことも、安定的な企業があったこともありません。
そのため、ミャンマー人は、企業に雇われているのではなく、尊敬する信頼できる特定の社長と一緒に働いています。
そのため、器としての企業という概念がないため、社長が変わって、一緒に働きたくない社長になった瞬間に、特定の社長との縁が切れてる=会社を辞める、という事態になります。
従業員と特定の社長は1体1の関係です!!!
ちなみに、企業は安定していないので、設備投資など企業内でお金をかけませんし、長期で同じ業態が継続するという発想にもなっていません。焼き畑的なビジネススタイルが多いです。

つまり、「安定的な組織」はミャンマーにおいて無いのです。
そのため、ミャンマー人のほとんどは、組織を作ること、そして組織を運営することができません。リーダーも生まれません。
そのため、大学の卒業生の会はありません。
例外があった!!!
しかし、例外があります。
何らかの理由をつけて集まるのが大好きな日本人と一緒に働いていたミャンマー人や、日本で留学・就労経験があるミャンマー人は、組織を作れます。
私の周りでは、わずかですが同窓会のような組織があります。
このミャンマー人が、組織を作れないのは、大きな問題なのです。
ミャンマー人は、組織の下でうまく1つにまとまれないのです。
日本の自民党では派閥をなくしても、結局、また派閥ができています。
これは、ミャンマー人からしてみたら、凄いことなのです。
ミャンマーの脆弱性
ミャンマーは、最下部の国民国家(国民統合)・安全保障が極めて脆弱な状況でした。長い軍による独裁があったものの、国家形成ができていなかったのです。
2011年以降、軍主導の民主化が進み、最上部の経済を対外的にオープンにして、国際的な資本を呼び込もうとしました。

しかし、それは、上図が示す通り、少数民族の割合が30~40%と多過ぎて、自国民のミャンマー人の定義すら出来ない状況のなかで、付け焼刃的に、経済を優先して成長を志向するものでした。
そもそも、ミャンマーは既に2021年2月のクーデター前から、極めてリスクが高い状態にありました。
そのようななかで、最下部の国民国家(国民統合)の課題に直面しました。
これまで政府が認めてきた135の民族からはみ出る、136番目の民族=ロヒンギャという存在をどのように扱うかという解決不可能の難問(コナンドラム)が2019年に突如、浮上しました。
このような国民統合や民族問題というのは、国家の最下部の基盤です。
国家が経済成長などで調子が良い時は、全く問題になりません。
しかし、国家が調子が悪くなると、難題になります。
以下の「ミャンマー「民主化」を問い直す」には、今回のクーデター以前にミャンマーは、解決不可能な難題を抱える国だったことが協調されています。

解決不可能の難問(コナンドラム)
それでは、何が解決不可能なのでしょうか?
「そもそもミャンマー人とは?」
という当たり前のことも、ミャンマーでは定義できていませんでした。

●30~40%を占める少数民族は、主流派のビルマ族ではないので、ミャンマー人ではないのか?
●そうするとビルマ族の住処のみが、ミャンマー国になるため、もっと定義を拡大する必要がある!
●それでは、ビルマ語を話せる人をミャンマー人としたら多くの人が、ミャンマー人になるのではないのか?
●それでは、少数民族で、自分の言語しか話せない人たちは取り込めない。
●もう一層、ビルマ語が話せなくても、信じる宗教が仏教だったら、ミャンマー人と定義してしまおう!
こんな、ミャンマー人の定義も曖昧な国が、136番目のイスラム教を信仰して、ビルマ語も話せない、ビルマ族でもないロヒンギャを、ミャンマー人として認めたら、何が起きるのでしょうか?
もはや、もともとの定義さえも崩壊して「誰でもミャンマー人」になってしまいます。
ミャンマーは、このように、ミャンマー人の定義さえもできないぐらい、国民統合が進んでいない、脆弱国家なのです。
脆弱国家であるからこそ、軍に大きな役割があり、武力で国民統合、国家統一を進めてきました。
輪廻転生
脆弱国家→軍が統治、軍が統治→脆弱国家は、ぐるぐるぐるぐる続きます。
なぜミャンマーは軍の政治関与が強いのか。その理由として、ミャンマー社会が民族や宗教や地域で分裂していて、一つにまとまることがなかったこと、独立後の政治過程で、政党人指導者が育たなかったこと、政治社会の混乱が続いて秩序を維持するために軍を必要としたこと、などが挙げられる。
この「輪廻転生」ループから、抜けられるのか?

とミャンマー人が期待した瞬間が、2011年~2021年でした。
しかし、ダメでした、、、(*´Д`)

あれ、アウンサンスーチー?!
アウンサンスーチーという人が、ミャンマーにはいましたよね?!
国民から絶大な人気があったと言われています!
と思った人は、センスがいいです。
しかし、会社と従業員のモデルを当てはめるとわかります。
アウンサンスーチーは国民民主連盟(NLD)という政党の党首でした。
しかし、ミャンマー国民は、NLDを支持したのではなく、アウンサンスーチーという1人の個人を支持していたのです。

アウンサンスーチーが国軍に拘束されているいま、NLDも解体状態です。
結論(最後に伝えたいこと)
地震が起きたことで、ミャンマーは何か変化したでしょうか?
Noです。
2021年2月1日に国軍がクーデターを起こしました。
2022年4月3日に国軍がミャンマー人やミャンマー企業の保有するドルを強制的にドルに両替しました。
2024年2月10日に国軍は徴兵を開始しました。
2025年2月1日から労働者の海外渡航を制限しました。
2025年3月28日に地震が起きて、ミャンマー市民の苦しみに苦しみが重なりました。
現実は何も変化がありません。
非常に残酷です。
しかし、真実です。
ミャンマーという国、ミャンマー人は、組織が作れず、国民統合ができず、ずっと国軍という唯一の組織が国を支配してきました。

それでは、今後、ミャンマー国内にいるミャンマー人が、組織を作って、リーダーとなって国を引っ張っていけるでしょうか?
1948年1月の独立以降、いまだ叶わぬ夢です。
しかし、日本をはじめとした海外に行って、異文化や素養を身に付けた人は、組織を作ること、リーダーになれる可能性があります。
アウンサンスーチー氏がリーダーになったようにです!!!
1人でも多くのミャンマー人が海外に行くことが、いつか将来のミャンマーを形作ると思います。
それ以外に、道はありません。
前回の記事にも記載しましたが、地震に対するミャンマー人への支援は、建物の再築や、インフラの復旧ではないのです。それは、いまの国軍支配下の状況を固定することにしかなりません。
いまの状況の延命に手を貸すのは、ミャンマーの歴史を踏まえない、無責任な行為です。
ミャンマーの歴史からひも解くと、この難局を乗り切るには、海外への渡航を支援する道しかないのです。
それが、ミャンマーの将来を形づくります。
ミャンマーに住めないということで、海外に出たいという若者がいっぱいいますので、それを1人でも多く、これは官民挙げてということですけれども、就労、留学で日本を目指そうという若者がいれば、その受け入れる努力をしていく
かなり熱く(passionate)なってしまいましたが、読んでいただけると励みになります。
