見出し画像

【第2-後編】私の人生と価値観を大きく変えた3人


すみません、半分に分けたつもりでしたがまとめてみたら本文だけで4000字超えてしまいました…。
さらに半分にするとテンポが悪くなってしまうのでこのまま敢行します。
どなたかお一人でも最後まで見て頂けると嬉しいです。


前回のあらすじを少々
転校した通信制高校は、見た目は普通のビルなのに中はまるで別世界。
当時の私でも一歩引くようなヤンキー、気合いが入った不良、普通の不良、オタク気質の子たち、転入生、そして何らかの障害を抱えた子たち…。
一見バラバラなのに、流血沙汰の喧嘩が毎週のように起きる、漫画の中みたいな学校でした。


【第2章-後編】目次

  1. 修羅の国での“ターゲット事件”

  2. 彼女が守ってくれた話

  3. 弁護士さんから学んだ“情と熱意”

  4. 大学進学を決意した瞬間


1. 修羅の国での“ターゲット事件”

転校した学校は、一見すると普通のビルでしたが、中に入るとまさに“修羅の国”でした。
当時試験観察中だった私は、とにかく目立たず、問題を起こさず、真面目に過ごそうと決めていました。

だから、入学してからはなるべくクラスの大人しい子たちと登下校をしたり、
同じ時期に転校してきた生徒たちと一緒にいて、波風を立てないようにしていたんです。

でも…嫌な予感というのは、だいたい当たるものですね。

入学してしばらく経った頃でしょうか。
一人のヤンキーとやたらと目が合うようになりました。
最初は「なんだ、やたと目が合うな」くらいに思っていたのですが、教室の対角線の端と端にいるのに、ふと顔を上げると必ず目が合うんです。

しかも日が経つごとに、その睨みはどんどん鋭くなり、眉間の皺も深くなっていきました。
流石の私も「あ、これはやばいやつかもしれない」と気づきました。

そこからはなるべく目を合わせないようにしたのですが、睨まれているのは授業中だけに留まらず、休み時間も、トイレに立った時も、朝の登校時にも、私を見つけるとピタッと立ち止まって睨み続けてくるのです。

「絶対に関わってはいけない」と心に決めて無視し続けていましたが、ついに教室で真正面に立たれてしまいました。

「おい、シカトしてんじゃねぇよ。てめぇビビってんのか?」
「散々ガンくれといて今さら無視すんなよ。お前、俺に喧嘩売ってたよな?」

(※ガン=睨む、という意味です。ヤンキー用語です。)
…こうして書いていても恥ずかしくなるくらい漫画みたいなセリフですが、本当にこんなやり取りをしていました。

ついに直接言われたときは「いよいよ終わったかもしれない」と思いました。
でも試験観察中の身です。絶対に喧嘩なんかできない。
だからといって最初から謝ったら、今度は他の奴らからも舐められて一気に標的にされる。
下手に出るのは絶対に避けなければと考え、とりあえず普通に返しました。

「いや、喧嘩売ってないし、見てもn──」

「うるせぇんだよ!ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!こっち来い!」

万事休すかと思った、その時──。


2. 彼女が守ってくれた話

「〇〇(相手の名前)、あんたやめなよ。別にこいつなんもしてないじゃん。パンピーに喧嘩売ってどうすんの?」

──まさかの“天の声”が、私とヤンキーの間にスッと割り込んできたのです。

私を救ってくれたのは、同じクラスの女の子でした。
今思い出しても、本当にあの一言がなかったらどうなっていたかわかりません。
(※パンピー=一般ピープル、普通の人って意味の当時のヤンキー用語です。)


ヤンキーは

「うるせぇよ、てめぇには関係ねぇだろ」

と反論していましたが、
彼女は一歩も引かず、真顔で、そして落ち着いた口調でただまっすぐヤンキーを見据えながら言い放ちました。

「教室の中なら関係あるよ。それにおめぇは何がしてぇんだよ。理由もねぇのに弱いもんいじめしてダセぇのわかんないの?」

彼女の一言で、ヤンキーは黙ってしぶしぶ自分の席に戻りました。

放課後、私は彼女のところへ行って改めてお礼を伝えました。
すると、彼女は
「別にあいつが調子乗ってるだけだからさ。それより、なんでお前やり返さなかったの?」
と、まるで言葉とは裏腹に私に全く興味がないかの様に言いました。

私は迷った末に、自分が試験観察中であること、転校してきた経緯、そして喧嘩をすれば全てが終わるから必死で抑えていたことを話しました。

彼女はじっと聞いてくれて、
「そっか、私も同じだ。」と言ってくれました。

彼女もまた、道を踏み外し少年院を経験し、
“もう一度やり直す”と決めた同じ境遇の子だったのです。
見た目は普通に綺麗な女の子でしたが、昔の写真を見せてもらった時には驚きました。
12歳で金髪リーゼント、側頭部には剃り込み、白い特攻服…。
漫画のキャラクターかと思うような姿でした。
例えるなら、“特攻の〇の一条武〇”みたいな雰囲気と言えば伝わるでしょうか…

髪型ほんとこんな感じでした。
特攻服も相まって本当にこのコマが頭に浮かびました


試験観察中はそんな彼女に見守ってもらい、私は少しずつクラスの輪に溶け込めるようになりました。

この頃は、彼女とお互いの状況や課題を話し合いながら、毎日日記を書いて、本を読んで、感想文を書いて、ボランティアにも取り組みました。
今思えば、この生活があったからこそ、半年後に少年院送致の判決が下されず、保護観察に切り替わることができたのだと思っています。
弁護士さんと両親、私の4人で一緒に喜び合えたあの瞬間は、本当に忘れられません。

ちなみに余談ですが──
私に喧嘩を売ってきたあのヤンキーの彼は、毎日ちゃんと遅刻もせず登校し、課題もきちんとやってくる、根は良いやつ系のヤンキーでした。

保護観察になった後に、彼に事情を打ち明けたところ、その当時、彼の仲間が保護士さんからの課題に頭を悩ませていたとき、私が手を貸したことで「お前も仲間だ」と認めてくれるようになりました。

彼とは無事に一緒に高校を卒業し、今でもちゃんと社会人をやっている、
数少ない“高校時代の友人”の一人です。


3. 弁護士さんから学んだ“情と熱意”

そして、今でも忘れられないのが弁護士さんの報酬のことです。
半年間、基本的に週に2回、そして勾留中はもっと頻繁に私の元へ足を運んでくださり、被害者の方への謝罪から、学校への転校手続きの呼びかけ、さらには私自身のメンタルケアや、両親・その他関係各所への調整まで──
本当にいろいろなことを尽力してくださいました。

それなのに、両親が弁護士さんへお支払いした金額は、成功報酬を含めて、わずか50万円ほどだったそうです。
あのとき高校生だった私でも、その金額がどれだけ“あり得ないほど安い”かは想像に難くありませんでした。

留置場にいる時も、鑑別所にいる時も、事務所に伺った時も──
弁護士さんは色々な価値観を私に教えてくれました。
ご自身が好きなバンドの話、影響を受けた本の話、なぜ弁護士を志したのか、ご家族のこと…。
そして、守秘義務があるので当然個人が特定できない範囲で、非行少年たちの生い立ちや考え方、行動原理まで教えてくれて、
私が“課題ばかりで心が折れないように、でも決して自分を甘やかさないように”
絶妙な距離感で、時に厳しく、でも常に温かく見守ってくださいました。

こうして改めて書き連ねている今も、先生への感謝の気持ちはどんどん湧いてきます。
先生、本当にあの時から今でも、私は先生に対する感謝と尊敬の念が絶えることはありません。
最近はほとんどご連絡を取れていませんが、これをきっかけに、今の私を一度見ていただきに伺えたらと…そんな風に思っています。

すみません、少し話が逸れてしまいました。
本題に戻ります。

弁護士さんのおかげで私は、

人の「情」とか、
人の「熱意」とか、
人の「思い」とか──

そんな目には見えないけれど、絶対に忘れてはいけないものを
生きていく上で大切にするきっかけをいただいたと、今でも心からそう思っています。


4. 大学進学を決意した瞬間

あの頃、弁護士さんや彼女と過ごした日々があったからこそ、私は半年後に無事に保護観察に切り替わり、両親と弁護士さんと一緒に心から喜び合うことができました。

その頃は、専門学校へ進学すると決めていて、両親にもそう伝えていました。
もう高校を卒業できるだけで十分だと思っていたんです。
でも──その気持ちを大きく覆す出来事がありました。

高校3年生の冬、卒業まであと4か月ほど。
ある日の数学の授業中のことです。

「〇〇、お前この問題解いてみろ。」

先生に当てられた私は、黒板に書かれた問題を前にして固まりました。
私にとってはすっかり“必要ない知識”だと思い込んでいたので、
頭の中は真っ白でした。センター試験を目指す生徒に比べたら、
当たり前に解けるわけがありません。

先生は「なんだお前…」と呆れた顔をして、
すぐに前の席にいた、オタク気質の△△に声をかけました。

「△△、お前やってみろ。」

正直、△△は私の中で「授業中に携帯ゲームばかりやってるやつ」という印象しかなく、まさか解けるはずがないとタカを括っていました。
ところが彼は、スラスラと黒板に答えを書き始めたんです。

“え、こいつこんなに勉強できなかったよな…?”

そのギャップに私は心底驚きました。
その子が席に戻って来てからすぐに、気になって声をかけました。

「なぁ△△、お前なんであの問題わかったんだ?」

彼はちょっと照れたように笑いながら答えました。

「大学受験する為に今結構家でも勉強してるんだよ。××大学を目指しててさ。
多分無理かもしれないけど、それでも精一杯頑張りたいんだ。」

頭に雷が落ちたようでした。
まさか、あの△△が──努力して勉強をしている
しかも私が考えたこともない“大学進学”を本気で目指していたなんて…。

彼が目指していた大学は理系では結構有名な大学で、学部によっては偏差値60を超えるようなところでした。
正直に言うと、私は△△のことをどこかで少し下に見ていた自分がいました。
それなのに、私が全く解けなかった問題を3年になった時点では確実に私より学力が低かった筈の彼が軽々と解いてみせた。

「〇〇はさ、本来俺なんかより全然頭良いと思うし、頑張ったら絶対いいところまで行けると思うんだけどな。」

彼は密かに自分を下に見ていた奴に対してそう言ったのです。

「お前…凄い。すげぇよ。めちゃくちゃ格好いいよ。
本気で信じて頑張ってるお前は本当に凄いと思う。俺、応援するからな。」

その会話の後、私は強く思いました。
“どんな環境でも、本人が本気になれば変われる。挑戦できるんだ。”

△△がくれたその言葉と背中を見て、
自分の限界がどこまでなのか、一度見てみたいと思ったんです。

理容の専門学校に進学するつもりだった進路を白紙に戻し、そこから私は“大学受験”に挑戦することを決意しました。
それは、高校3年生の11月──卒業まで残り4か月のときのことでした。


第3章 浪人を経て大学入学 ─ 限界を見た先に待っていた“単位地獄”と、彼女の支えで見つけた塾講師への道

まだ昔話が続きます。


✏️ 執筆の裏話や、学会現場の“あるある”はXでも発信中です!
良ければフォローして気軽に声かけてください。
👉https://x.com/previweshift?s=21&t=-E4nClxp-WLPBrpwj_S9bQ


いいなと思ったら応援しよう!

どんちゃん@きっかけを作りたい人 このnoteが面白い!と思って頂けたら300円サポートを何卒お願い致します!😭 嫁ちゃんの為の不妊治療の為の鍼代が1回7000円と高額でして……。 月1回でも増やしてあげたいのです!!頂いた治療費は大切に大切に使わせて頂きます🙇‍♂️