プラウド・クラッド 中(長編小説・再掲載)
※2025年にnoteに投稿した作品です。
投稿当時の表現が使われているため、再掲載ではお見苦しいかもしれません。
表現には過激描写がふくまれていますが、なるべく投稿当時を尊重させていただいてます。
ご不快でしたらブラウザバック推奨。
あらすじ
人間世界に取り残された種族・ノルエルサピエンス。
名前も分からないノルエルサピエンスの女性は二〇二五年を生きのびようと決意した。
空腹で意識がなくなりかけた彼女が道路で事故にあいかけた時に一人の男性が助けてくれた。
二〇二五年で十九歳になるらしい嵐家結緤はプロファイターで彼の身体能力に彼女は助けられた。
それなのに生き残ってしまった現実が憎くなった。
彼は悪くないのに。
助けてくれた結緤と話していくうちに連絡用の機械を渡された。
彼女が遊びで短歌を投稿しているとファンになってくれた複数の人達の人生にさりげなく影響をあたえた。
二人の関係がやがて大きくなり、四人へと増えて抱えられなくなる。
愛情が分からなくなっていく。
過去に彼女を助けた事実は変わらないはずなのに。
人間模様は思っていたよりも複雑で
嵐家結緤は今日も助けた人間とはちがう人間の彼女と同棲している。
厳密にはちがうが十九になる男の人間関係なら便利な言い訳だった。
彼女は一人でも生きていける。
でも自分たち人間に興味がないわけじゃないから共存できている。
結緤は久しぶりにプロ練が終わってひまが出来たので彼女と話をしようと考えた。
彼女も別の人間と話すのに慣れていないだけで結緤から話しかけるのを待っていたようだった。
試しているわけじゃない。
話すのが苦手な人にありがちな受け身の姿勢だった。
「おかえり」
試合も終えた後。
若さでどうにかならない疲れがたまっていたからか彼女の出迎えは経験したことがない安心感につつまれた。
「ただいま」
本音をいえばこれから彼女とどう向き合えばいいか分からない。
死にかけた彼女を助けただけ。
彼女も本心を打ち明けてくれるか分からない。
もしかしたら同じ人間じゃないから離れてしまうかもしれない。
結緤は二人でならんで座り、テレビを見る。
「時々は機械をてばなした方がいい。テレビも機械だけどさ」
リスクは彼女に充分伝えてある。
まだ秘密をおたがいに話せないまま男女の関係は続いていった。
*
鋼此仇にたのまれて俺は格闘技を観戦している。
スポーツ観戦どころかパブサのために舞台を観に行く時も心は無になっているのに。
まだ精神疾患は癒えていないか。
「ごめん。もしかして血とか苦手だった?」
「好きと言いづらい質問だ。だから得意じゃないと伝えておくよ」
鋼此仇の明るすぎて行動力のある生き方はたまについていけないが新しい世界を知るきっかけをもらえる。
彼の好意に甘えて観ているから別に嫌な気はしない。
でもすげえ。
俺と同い年が人を相手に戦っている。
他にも年齢は様々だ。
精神疾患があった人間とは無縁な世界だと思っていたのに。
「鋼此仇はアクションや殺陣とは違う実戦を取り入れたいのか?」
「リサーチじゃない。友達が出てるから。チケット買ってくれたのは禍永の方だったから喜んでいたのかと思っていたけど」
いつも暗すぎたか。
鋼此仇を誤解させたかもしれない。
俺は少しだけ楽しんでいるふりをした。
いや、想像以上に楽しみすぎた。
「ちょっとトイレ」
「まだ休憩には早いのに?」
「俺はまだコアなファンじゃない。詳しくは鋼此仇から聞いてトイレを後悔するからさ」
ついでに彼への飲み物でも買っていくか。
なんでも好むには少し甘めのコーヒーで。
俺はトイレを探して少し手間取っていた。
するとさっき戦っていた格闘家? の一人が頭をかかえていた。
誰かと一緒じゃないのか。
そっとしておいてほしい理由は一つしか考えられなかったから知らないままトイレへ向かった。
「少しくらい勝っているからってご兄弟の恩恵と階級の層の薄さに救われているお前が調子に乗るな!」
な? なんだ?
頭かかえている格闘家に別の格闘家が専門用語で悪口言っている。
しかも悪口を言っている人はさっき俺がファンになりかけた格闘家だった。
「お前には関係ないだろ」
「ああ。確かに俺たちには関係ない。イロモノのてめえと本物じゃわけがちがう」
なに?
本物とかイロモノとかそんな言い合いしているの?
この人たち俺と同い年くらいの見た目。
まさか歳上じゃないよな?
「気に入らないならそう言えよ。ここが邪魔なら俺は出ていくから」
喧嘩を売っていた一人が悪口を言いはなった相手に缶をなげた。
さすがに許せない。
俺は落ちた缶をひろって二人の格闘家にせまった。
「お邪魔なのはわかっているけど見過ごせない。さっきまでリング? だっけ。そこで戦っていたあなた達がこんな陰湿なことをしているなんて」
「誰だお前。ルックスと背が映えるな。もしかして嵐家のドラマ仲間か」
俺は二人に特に力を入れられることもなくつきとばされた。
「いてっ」
「弱いくせにいきがってんじゃねえぞ!」
やばい。
人が結構いる場所なのに攻撃はしてくるのか。
誰か呼べばよかったな。
何か変化がある時はいつもトイレだ。
水辺には悪霊が宿るらしいが本当なのだろうか?
これからも信じることはない。
でもイベント起きすぎ。
「さすがに来るのが遅いと思ったら」
鋼此仇が心配したのかこちらへやってきた。
「ちっ。いくぞ」
二人の格闘家は去っていく。
せっかくファンになりかけた相手の人間模様を知ってショックと席に戻りにくくなった気まずさが残る。
「悪いな。巻き込んで」
嵐家と呼ばれた格闘家は顔が暗いまま俺に話しかける。
「鋼此仇が友達を呼んでくれていたのか。トイレ付近にいないほうが良かったか?」
鋼此仇の交友関係の広さにまた驚く。
俺は彼の方を向いてちゃんと話すことに決めた。
「さっき起こったことは俺の秘密にしておく。あんたを助けたみたいな驕りを持たないようにするから」
頭をかかえて悩んでいる同い年を見て他人事じゃなかった。
そんなカッコつけた言い方は気持ち悪くて言えない。
「日本であんなベタな助けをしてくるやつがいるなんて。まだ捨てたもんじゃないな。鋼此仇。彼とはどれくらいの付き合いなんだ?」
2ヶ月くらいと鋼此仇は具体的な数字を口にした。
「と、とりあえず席に戻るよ。禍永は嫌なら先に外へ出てっていい」
モデル業界だって人間関係は最悪じゃないか。
蹴落としてナンボの綺麗事が言えない上っ面の世界。
「あの二人の選手はともかく他の格闘家をみたいし、嵐家選手だっけ。鋼此仇とも仲が良いなら試合感想をまた話すよ」
つながりか。
いつも唐突なんだな。
改めて人間関係のせまさを実感する。
「助けてくれた相手を気まずいまま席に戻すのはしのびないから飯をおごるよ。割り勘の方がいいなら後で話してくれ」
なんで良い人ばかり損をするんだ。
悪いのはあの二人だろ。
強い力がありながら群れて悩んでいる相手を追いつめる。
だから俺は精神を病んだ。
嵐家選手は俺と違って暗い人じゃない。
彼の強さが、もっと奥深くまで世界に知れ渡るように俺は応援しようと考えた。
その後、試合を観ても夢中になれる展開があって格闘技観戦を続けようと決めた。
ありがとう鋼此仇。
そして嵐家選手。
嵐家結緤という男を知っていく。
*
悩みは続くがまた晴れて立ち上がる
嵐家結緤は試合後に悩んでいた。
ひとりになりたくて会場でうずくまる。
同棲していることになっている彼女とこの先どんな関係になるのか不安だった。
誰にも言えなくて、そしてここまで悩むほど恋をしたことがない。
恋か。
相手が自分たちとはちがう人間だからって特別さを感じたわけでもなかった。
あの日彼女を助けなかったら死ぬほど後悔する。
選択を正しいと考えて彼女を助けた。
試合は勝利したものの余韻にひたるまでもなく留守を任せている彼女との未来を考えた。
そこで他のジムや団体から結緤をよく思っていないファイターの肩にぶつかった。
「おいおい。ぶつかっておいて何も言わねーのか? 王者通り越して殿様かよ」
「勝手に悩んでいるみたいだし気にしなくていいんじゃないか? 外じゃ俺たちのほうが強いわけなんだし」
言わせておけばいい。
野郎の愚痴よりも彼女を心配する余裕のなさが辛かった。
悩んでいる最中にさっきの二人がしつこくちょっかいをかけていたら背の高いどこかのモデルなのかイケメンがやってきて注意してくれた。
俺は女の子じゃないから分からないけど正義感が強い同い年くらいの青年だった。
彼の友達らしい灰永鋼此仇もやってきてトラブルはないまま終わり、三人で飯を食べることになった。
襟轡禍永。
たしかドラマ共演者から名前だけは聞いたことがあった。
接点はまったくなかったのに。
神のイタズラを言語化したら今みたいな状況になるのだろうか?
彼女だったら一瞬で彼の方へほれてしまいそうだった。
そういえば彼女が人間のどんな顔が好みとか聞いたことなかったなあ。
どれだけ最低限の話しかしてないんだよ。
馬鹿な男だ俺は。
様々な意味で出来た罪悪感を飯をおごることで分散すると決めた結緤は安くて上手い店へ二人を連れた。
*
俺よりも小さな身体。
でも下手なモデルよりは鍛えられていてお洒落も徹底している。
多様性と言われていた現代でもっとも社会の理想に適した男。
嵐家結緤はさっき悩んでいた姿とは裏腹に鋼此仇とよくしゃべる明るい人だった。
襟轡禍永は自分がふだんどんな雰囲気をだしているのか彼を通して知る。
『そんなに話しかけないでオーラがあるのか? 俺には?』
無視はされていない。
俺もあまり返事ができていない。
話を誰にどうふればいいのかも・・・・・・それもそうか。
住む世界がちがうのだから。
「禍永って呼べばいいのか。さっきはありがとう。モデルっていっても外へでれば一般人だからあんな啖呵を切る奴も見たことがなかったよ」
そんな不自然な行動だったか?
缶まで捨てて二人がかりで一人を追いつめようとする人間の悪しき考えを目の当たりにしたら許せなくて当然だろう。
彼にとっては余計なお世話だったのかもしれない。
一人でどうにかできるから一人でかかえて悩んでいる。
最初にトイレへ入る前に見た姿は病んでいた頃の俺にそっくりだった。
「二対二なら安全かと思って注意しただけだ。あいつらが捨てて俺が拾った缶も捨てられたし。あと恥ずかしいって思ってたらごめん」
「まさか。昔の漫画でギリギリ見られるシチュだったから冷静でいられたよ」
余計な心配はいらなかったかもしれない。
俺が悩み事を彼は悩まない。
本来そこで人は人と分かり合えないと勝手に思いこむ。
でも俺たちはちがった。
「つぎ観戦する時に気まずいなあとは思ったけど禍永はまた一緒に見に来てくれる?」
鋼此仇も別格だった。
推しが陰湿な行為を友達にしていた姿を見ていても動じない。
それもそうか。
好きなんだろうなあ。
スポーツ観戦。
「人間で十九歳前後にもなれば競う以上、番外戦術なんてないわけない。でもフィクションなら盛り上がるが実際にやられるとこたえるな」
嵐家の気持ちを代弁したつもりはない。
実際二人の格闘家と対峙して少し倒されてから死ぬかと思った。
人間の恐怖は精神疾患があった禍永にとっていまだ克服できるものではなかった。
「番外戦術とは少しちがうけど俺たちにも人間関係はあるから仕方のないいつもの出来事だ」
さっきまで悩んでいた人間とは思えないほど笑っていた。
笑顔が似合う大物だ。
なら安心と言えるのか。
悩みは多分別にある。
下世話だから聞くことはない。
「一度同年代に聞きたいことがあって。もし二人に愛している女性がいて、本心を聞けなかったら悩むか?」
彼女か。
一般的に分かりやすい悩みで良かった。
もちろん人間の悩みはいくらでもある。
そして恋愛ではなくおそらくその後。
禍永は仮を返すつもりで彼のために言葉を選んで話をした。
「もしかして日本人じゃないとか?」
「そ、そうなのかもしれない。話をあまりしていないから」
「身体だけは素直か」
「声が小さい人で助かった。言葉なんか必要ねえって関係じゃなかったけど」
若さって怖いな。
でも憶測になるが彼女からさそっているかもしれない。
「秘密は無理に引き出さなくていい。今は地上波でもインターネットでも必要のない情報を勝手に引き出して笑いものにされる。売っていきたいなら別だ。でもリスクしかない。今のままで成り立っているのなら彼女の方から話しかけてくるはずだ」
鋼此仇は同棲前提で話すのは良くないのではないかと禍永を止めた。
結緤はもう悩むのをやめたのか腕をのばす。
「コミュニケーションって俺でも難しいんだ。プロに啖呵切った同年代モデルがそこまで親切な方法を教えてくれるなんて」
「悪い女性の可能性もあったから心配しただけだ。気がついていないかもしれないがあんたは思っている以上に彼女を愛しているよ。そこからのコミュニケーションは長くなる方が自然だ。あくまで俺の仮説でしかないから参考にすらならないかもしれないけれど」
共感って簡単じゃない。
俺はそこまで再現性のない話をしたはずじゃなかったのに。
すげえよあんたは。
「じゃあもう一軒いくか!」
「彼女はもういいのか?」
「連絡はした。もちろん二軒目は俺の家近くだ」
今後ついていけるか心配だ。
鋼此仇にあとは任せよう。
俺の中の当然と彼らの当然はちがう。
そしてちがう当然は誰かを傷つけるだけでなく、救いにもなる。
結果論でしか先に進めない人生よりも、今つながった関係を大切にした方が現代で哲学よりも安心できる現実なのかもしれない。
俺もがんばってみる。
何度も精神疾患になったから弱さで今みたいに笑顔を守れるのなら。
不思議な関係だった俺たち三人は仲間になった。
ただしこれから出会うある一人を除いて。
*
研究員はあざわらう
ノルエル・サピエンス。
現代を生きる人類と共存できなかった鏡合わせの別種。
同じ世界へ産まれてしまったばかりに先に滅びる道を選んだ。
たった一人の生き残りだけが現代人とあいいれないまま世界を生きる。
そういえば生き残りが行方不明になってから月日が経った。
俺たち研究員もデータを手に入れたからって野放しにしているわけじゃない。
彼女が現代人と愛情を育もうとしている。
くわしい話は噂でしか聞いていない。
外にもなるべく出ないで用心深いことだ。
俺たちは他にもいくつか研究をしていてね。
一部の科学者が数字稼ぎの配信者たちを使って新しい生命を産み出そうとした。
食料問題や動物愛護も限界が来たわけだ。
これ以上理由は教えない。
「ノルエル・サピエンスの生き残りちゃん。君がたくましく生き残るのなら、俺たちもさっさと仕事を片付けてまた研究させてもらうよ」
また生き残った別種についてですかと他の出動班に笑われた。
研究員も一筋縄じゃないからさあ。
「新しい戦力が加わったらしいと聞いていてもたってもいられない」
「出たマッドサイエンティスト。いくら摘不敵さんでも彼と喧嘩したって勝てませんよ」
分かってる。
だから最高戦力なんじゃないか。
幸骸機刀根くん。
*
嵐家結緤はとなりで寝ている彼女を少しだけ見つめていた。
人間とはちがう。
彼女はそう言っていたがほとんど変わらない感覚しか見せられていないのかもしれない。
彼女がスマホをいじっている時に見えた『短歌』のメモ。
禍永や鋼此仇が見せつけていたウェブサイトにあった内容に似ていた。
まさかな。
今どき何も投稿していない人間は少ない。
結緤の決めつけでしかないから彼女から話しかけてくるまでは気にしないつもりだった。
もし彼女が短歌を投稿していて、その縁が禍永や鋼此仇との関係につながったんだとしたら?
『俺もそろそろ彼女の名前すら知らないで関係をむすび続けている今を変えよう』
まだ寝ている彼女といつか隠さずに暮らせるように出来る努力はしていきたい。
そこでSNSの通知音がなった。
朝起きた時間に決意した時間を無駄にするような内容がニュースとなって。
《食料問題を解決するはずだったロシス・ミートの実験が失敗し、脱走した生物が事件を起こしていました》
今まで繰りかえされた外来種問題の典型的な過ちか。
他人事じゃない。
フィクションみたいに異種族との共存なんてこの世界は許さない。
結緤は寝ている彼女に知られないよう気をつかって使っている自分のスマホをマナーモードへ変え、時間があったので彼女のとなりで寝る。
*
俳優と大学生、そしてバイトの両立は灰永鋼此仇にとってそこまで負担じゃなかった。
『鋼此仇の凄いところはマルチタスクだ。俺はこの言葉が大嫌いだ。いくら筋肉がしっかり鍛えられているからってそこまで頑張れる理由が分からない』
襟轡禍永からは驚かれるから話さないようにしていたけど身体の強さに明るいも暗いもないはずだ。
禍永のモデル業が終わったあとに見る表情を見たらだまってコーヒーを買ってごまかすしか鋼此仇にはできなかった。
自分たちが好む短歌にもちがいはあった。
でも禍永は鋼此仇を否定しなかった。
「いつか禍永くんや結緤とも長い付き合いのために俺は俺の現実を乗り越えないと」
アクションスターを目指す夢はあきらめない。
もしかしたら結果は変わるかもしれないけど。
今日も剣道の稽古を終えて後輩にアクションを教えないと。
鋼此仇が帰り道を走って帰っていると何か目の前を影が横切った。
殺気を感じてギリギリで交わした攻撃の先には見たこともない生き物が構えていた。
「まさかニュースになっていた生物?」
くり出される攻撃をよけ、拳をぶつける。
触れても腫れていないから毒はない。
蹴りにしようか考えるひまを与えない速さ。
二足歩行の爬虫類に近い見た目。
「子供向けドラマに出演した経験がここで生きてくるなんて」
ついつぶやいてしまうほど非日常な現実が目の前で起きていた。
「ルックスよくてそこまで動けるなんてマジでヒーローじゃん」
もうひとりの殺気を感じて鋼此仇は誰かの突撃を察知しよける。
なんだ?
猪突猛進をそのまま人間にしたような男は。
彼もまたルックスはいい方だ。
たしかモデルからデビューしたての人?
なんでこんな戦いをするんだ?
「邪魔だったからそのまま殴ろうと思ったのに。鍛えられているなあお前も」
片手だけで二足歩行の爬虫類を相手にしている。
よく見れば見たことがない装備もしてあった。
「あ? はい。はい。分かりました。捕獲か。せっかくのストレス発散になると思ったのによっ!!」
彼は片脚で生き物を蹴飛ばし、ネットを腕の装備から飛ばして生き物を捕まえた。
「ゲームみたいに捕獲できないからかっこ悪い姿みせちまったよ。女の子じゃなくてイケメンにさあ!」
鋼此仇は彼への怖さはそのままに殺気を抑えて話す気遣いに感謝したかった。
「助けてくれたのか分からないけどありがとう」
男に礼を言われても嬉しくないと話しながら彼は自分の端末を鋼此仇に見せつけた。
「お前も短歌やってみろ。この人の短歌を読むと辛い現実を忘れられる。俺今の動画嫌いなんだよねえ。さっきの生き物を金の亡者が俺たちの再生数を利用して産みだしたらしいから余計にな」
まさか彼もあの人の短歌を好んでいたとは。
隠す理由もないか。
「その人の短歌ならよく読んでる。俺は暗い方じゃなくてエッセイを短歌にしているページばかり読んでいるけど」
すると彼は急に表情を変えて話しかけてきた。
「お前趣味ちゃんとしているじゃないか。色々と言えない秘密を見せることになったから自己紹介だけしようか。幸骸機刀根。大学生じゃないけど見た感じお前と変わらない」
「俺は灰永鋼此仇。大学一年生。たぶんあなたは俺より一つ歳上かな」
「ロシス・ミートの元・・・・・・さっきの生き物を見ても動じなかった奴が大学一年生か。浪人してもいなさそうだから歳は俺と一緒だけど学年は下か」
「あの、先輩って読んだ方がいいですか?」
別にどっちでもいいと彼は言っていたが後が怖いので先輩と呼ぶことにした。
一つ上に思えないほど気性が荒くてなれなれしい。
でも嫌な感じはしなかった。
「おっと連絡だ。マッドサイエンティストから。現実にもいるんだよ。フィクションよりも倫理観が守れない人間が」
幸骸機刀根はそれでも戦えるだけで嬉しいのかまんざらでも無さそうだった。
短歌とのつながりは禍永からも教わったばかりだ。
通りで彼も影響されていたわけだ。
もちろん禍永はまだ鋼此仇に打ち明けてはいない。
俺も秘密ができた。
疲労がおそってきたけど負けないとも決めた。
非日常がせまっている。
演技を続けてきたから現実と虚構が分かりやすい鋼此仇にとって良くない空気を感じ取った。
ここからがはじまりだ。
*
2021年夏。
SNSによるいじめ拡散があちこちで発生した。
コロナ禍もあってオンラインが主体となり、人間がもつ善性と悪性のぶつかり合いはより過激化していく。
考えてみれば分析はできるはずだ。
誰もが同じ考えになるわけがない。
グループができるってことは本能で誰と誰なら分かりあえそうなのかくらいは調べる。
どんな考えも数さえ多ければ何をしてもいいと俺たちが産まれた時も変わらない教養は続いていた。
もし俺がもう10年早く産まれていればただ過去と今の比較をし続けて頭の悪さをどこかで見せていたかもしれない。
おおよその発散場所はインターネットになっていくだろう。
まあ俺は早生まれだけど。
ジョークにもならねえか。
「依頼で犯人を法にたよらないで暴力を使って解決するのが手っ取り早い歴史はなくなりそうにないか」
流行りの代行業で一番汚い仕事を引き受けていた俺たち。
「リテラシーの甘い首謀者を止めたと解釈すればいいんじゃない?」
そんな暴論を通さないと前へ進めないか。
俺たちは何のために産まれてきたのか。
はじめて何の役にも立たない哲学を憎み、哲学を産んだ人間の苦悩へ共感した。
「機刀根はこの仕事がなくならないって分かってんだろ?」
「人間の俺たちが何を言ってもこの仕事に手を染めている以上は全部みんなが経験した愚痴になる」
「大義名分があれば殴れるって喜んでいた人間の賢者タイムかよ。そこまで頭は良くないくせに」
良ければもう少しマシな選択肢で快感を得ただけだ。
程度の差はあれどのみち今までの人間が考えてきた幻想による幸せなんて全部ろくなもんじゃない。
「高校生になったばかりで金にあるか分からない底辺の仕事なんかしていてもリスクしかねえ。火消しがいるからってこんな生活いつまでも続かない」
さっきから俺としゃべっている仕事仲間は同じ高校一年生男子の変薬那海弟だ。
俺といる時だけまともになる戦闘狂。
令和にそぐわない男らしさに悩みをもつからかよそでは上手くやっていたらしい。
どんな世渡りをすればこんなやつが許されるんだか。
人生ってのは綺麗にならない。
那海弟を見ていると夜がねむれない。
授業の時どれだけ集中しにくかったかいつかこいつの前で怒りをしめしてやりたいくらいには。
「教養も今じゃブックがあって長期拷問でしかない。幸せのせいにしてしまおう。シロクロつける必要はないが、確実にどちらかが悪い状況は今回みたいにある。でなきゃ法も規制もないだろ」
「機刀根。もう遅いんだよ何を言っても」
別に命を取ったわけでもないのに。
それは俺たちの感覚がおかしいだけか。
取引で首謀者は多様性の時代で言うのはよくないがきつめに伝える必要があるからあえて使おう。
変人たちに好き放題されるだろう。
死にはしないし悪趣味な世界を手を染めたやつにはより悪趣味なやつに食われるだけ。
俺たちも同時に人間への恐怖と罪悪感に苛まれながら高校卒業まで続けることになった。
脅されてはいない。
引き際が分からなかっただけだ。
って頭の悪さ全開だ。かっこつけて言うことじゃねえ。
2024年春。
なんとか卒業できたからか那海弟への怒りはもう消えた。
あいつも卒業している頃か。
やだなあ。
もしやつと同じ高校だったらと思うと。
「ストレスため放題の機刀根くん卒業おめでとう!」
「うるせえ。そしてありがとうな。ほとんど寝ている記憶しかないのになんとか卒業できたよ」
友達なのか分からないが仕事始めは高校生をぼっちで過ごすかもしれない不安で何件かの依頼を楽しんで解決させた過去も思い出した。
帰宅部だったのになんとか卒業を目指すために交友関係を作っておいてよかった。
それだけの関係にはおさまらなかったのは計算外だったが。
「卒業後はどうするの? 俺たちに進路を伝えていなかったよね?」
「なら答えねえ。金も学もないから進学先とかそんな余裕あったらとっくに話しているだろう。分かってんだよ学歴がいまだに必要なのも」
周りは悪かったと謝っていた。
どうだっていい。
不景気じゃどんな綺麗事も時代遅れになる。
ならだまるだけだ。
一生に一回しかない卒業式を手もなにもかも汚しちまったやつが邪魔をする理由はない。
高校生活に愛着がわくとは思わなかった。
本当に寝てテストを受けて体育だけしっかり起きただけの男が。
なんだかんだでみんな優しい・・・・・・のだろうか。
謎は謎のままが落ち着いて暮らせる。
それからだ。
理由なく4月までひまをもてあまして街を歩いていたら昔ゲームにいた悪の組織に似た白衣を来た連中にさそわれたのは。
「幸骸機刀根くんか。腕の強さはよく聞いているよ」
フィクションじゃねえからそんな自慢にならないことをやや大きな声でさけぶな。
高校を卒業したばかりだ。
「手荒な真似もしてきたのに傷がほとんどないのは相当強いってことだ。君については色々と気にからねえ」
「用はなんだ」
「外来種問題を利用して生きている人間たちの実験で彼らは新しいと思い込んでいるみたいだけど、人体実験を行っていてさ。食料問題も解決! とか菜食主義者でも安心! とか。ぼくたち研究員がいえた話じゃないけど今は表になっていない生き物が産まれてねえ。誰もその生き物たちを退治できないから人手がいるんだよお」
長い話を変なやつに聞かされてまた暴力か。
それよりもっと大事なことを聞かないと。
「対象は保護されているのか? あんたらもそんな美味しい生き物を放置なんてするつもりはないはずだ」
「そこまで頭が回るんだね。君なら確実に捕獲できると?」
「人類の発展に興味はねえ。かといって同じことを繰りかえすとも言わない。でも今の時代で低賃金やボランティアで協力するほどお人好しじゃない!」
なめられては困る。
それに危険だ。
でも俺たちの情報は具体的に知られている。
下手には動けない。
「あやしい話だし今回の依頼とは無関係だから流していいよ」
そこから研究員は『最後の人類』から聞き出した情報を握る組織だと長い説明をまたしてきた。
ノルエル・サピエンス?
女性の姿?
そんなものただの見間違えだろう!
馬鹿にするなよな。
写真も見せられたが俺たちと変わらない人間じゃないか。
そうだとしても差別とはちがう研究員の熱い話ともうノルエル・サピエンスの研究は資金が下りなくてやむを得ず終了したと研究員は暗い口調で話を終えた。
「彼女の研究はまだ終わっていない。泳がせるつもりだよ上は。そこでもし君がぼくからの依頼ついでに彼女を見つけたら報酬ははずむよ」
目的は別にあったか。
どんな生き物にしろ人間以外を殴るのは気が引けた。
ノルエル・サピエンスだの最後の人類だの。
話を聞いていたら俺たち現代人よりも大人しいじゃないか。
泳がせるってなんだよ。
人権なんてあってないようなもんじゃねえか。
「あんたの依頼はちゃんとやる。ただし生き物たちも馬鹿じゃないからすぐに騒ぎは大きくなる。俺だけじゃどうにもならねえ! あんたもバックアップはきちんとやってくれよ」
不安と絶望。
そしてこれからの空白が埋まる安心感とともに俺はまた戦いへ身を投じた。
それから2025年。
新しい仲間とのコミュニケーションも取れた後にインターネットで短歌を見つけた。SNSじゃない。
そういうのが苦手な人達の発散場所。
どこか人間とはちがう視点で人間を語っていた。
最近では恋でもしているのか分かりやすく甘酸っぱい。
意外とコメントも多かった。
お前ら動画ばっか見ているわけじゃないんだな。
独り占めしていた感覚を返せ。
「また連絡か。分かりました。ロシス・ミートたちの捕獲へ向かいます」
早く足を洗いてえ。
一年もたたずに脱走したよ。
他の仲間とともに捕まえにいく。
暴力は使わないで今までの仕事で学んだ捕獲体術で解決していく。
せめて俺たちだけは食われないようにしないとな。
そして簡単に力の誘惑にとりつかれないよう気を引き締めて。
那海弟。
お前はいま何をしている。
気にはしていても探しはしない。
もう出ていったか。
二度と帰省以外で戻ってくるな。
人間のみにくさは今の俺たちが引き受ける。
それからだ。
ある人物を助けたのは。
仲間にしたいほど身体能力が優れていたが歳下の大学一年生を邪魔したくはなかった。
短歌好きらしく気があって連絡先は教えた。
貴重な秘密を知ってしまった彼の生活も歳上が守らねえとな。
できれば日常を取り戻したい。
もっとも俺はずっと非日常ばかり。
それでも何のために戦うか理由がやっとできた。
もう戻れないかもしれないと覚悟しながら。
*
生き残りは外出後に何を思う
結緤に助けられてからあまり外へ出なくなった。
俺は束縛男じゃないと言っていたけど車にひかれかけたら過保護にもなるか。
だから今日はだまって外出してみた。
短歌ばかり書いていても面白くなかったから。
いつの間にか結緤には仲間が出来ていて私には彼しかいない。
短歌もネタ切れでファンに悪いから外の様子を調べてまた書こう。
それにいつまでも用済みと言われたからって今の生活が続くわけじゃないから。
私は外へ出ながら人間とほぼ変わらない見た目と結緤が買ってくれた女性用服に身をつつんで歩きまわる。
もう破滅願望もないからちゃんと横断歩道を渡る。信号も守りながら。
あまり遠くにはいけないな。
外出をしては見たものの近くの喫茶店にでも行くか。
結緤も好きな場所だったらしいから会わないといいな。
私は鼻歌をうたいながら喫茶店へ入っていった。
*
襟轡禍永は前に灰永鋼此仇と入って気に入った喫茶店で眉をしかめていた。
さすがに危ないよな。
実験体の生き物が街を歩き回っているなんて。
それにしても被害が少ない。
優秀な機関って本当に実在しているのか分からないがこんなこともあろうかと禍永が知らない間に物事は進んでいる証なのかもしれない。
ふう。
微糖のコーヒーを飲んで今日は紙の本を読んでいた。
いつものようにインターネットで短歌を読んでもいいが昨日から紙の本をちゃんと読んで文学について知ろうとモデルもやっているからついでに勉強している。
そこへひとりの女性がとなりにすわってきた。
少しだけ青白い肌が見え、麦わら帽子をかぶり赤いブラウスに黒いスカートをはいていた。
長い黒髪に今の日本人とは思えないしぶいファッションになんだか故郷に帰ってきた気分だ。
禍永は読書をすすめながらひとり本の世界へ閉じこもる。
するととなりの女性は紙に何かを書いていた。
メモ帳ではなさそうだ。
ノート一冊を出してスマホを置いて書き続けている。
あっちも勉強か。
邪魔しちゃ悪いなと感じた禍永は席を変えようと動く。
そこで禍永は見逃さなかった。
彼女が書いていた文が短歌だったことを。
しかもいつも読んでいるインターネットの内容に酷似していた。
『こんな近くであの人のファンがいるなんて』
真似にしてはオリジナリティがあふれていてこうやって天才は生まれるのかもしれないと禍永はインターネットの影響がどれほど恐ろしいか記憶した。
店を出て禍永は少しだけ散歩をした。
バイクを置いて足を動かしてみる。
それだけでもリフレッシュになる。
もう何も考えないで暮らしたい。
そして落ちた大学受験をやりなおしたい。
いや、やりなおしたいって考えは後ろ向きか。
他の大学を受験して学歴を塗り変えたい。
鋼此仇や結緤みたいなかっこいい男たちを目指してみたいと最近は考えるようになった。
昔みたいになにもかもあきらめた生活なんてまっぴらだったから。
今はあの人の短歌もある。
でも投稿をいつかやめる日がくるだろう。
その時までぼおっと生きていても仕方がない。
俺は俺の手で人生を切り拓く。
禍永がそう決心した時に突然景色は変わった。
魚人?
うそだろ?
いや、脱走した実験体ってやつか。
いざ目の前にすると動けない。
俺はただのモデルだからな。
すると誰かが飛んで入ってきた。
人間?
なんなんだこの身体能力は。
「お兄さんはそこで待ってな」
彼はなんらかの装備をまとって武器をもたず拳で魚人を圧倒していた。
「す、すげえ」
打撃だけなら結緤と引けを取らない?
一体何者なんだ?
あっさり魚人をうでから出した網で弱った魚人をつかまえた。
そこで他の人たちもやってきて魚人を回収していく。
「あんたもイケメンだな。無事でよかった」
一体何が起きている。
ニュースで知っているだけじゃ世情なんて分からない。
俺はお礼と共に彼へ話してみた。
「す、すみません。さっきはありがとうございます。あの、あなたは何を?」
「見てのとおり人助けだ。まあ今回もたまたまだったけど」
たまたま?
何回か助けているのか。
彼の見た目もモデルに負けていない。日本人の整った良さが顔に出ている。
そんな彼が喧嘩の強さで実験体と戦っているのか。
「俺は禍永。襟轡禍永。十八歳」
「なんだ急に自己紹介なんかして? 言っておくけど君を勧誘なんてしない」
「いや、そっちじゃなくて。ただお礼を伝えたくて」
せっかくの機会だ。
彼とコミュニケーションをとって鋼此仇や結緤に教えないと。
「そしてお近付きになりたい、か。俺にもファンができたってことね。仕事上そういうのってあるのか分からないけど。よろしく襟轡」
呼んでもらえた。
また新しいヒーローと出会えた。
あんなにネガティブだった俺が。
「ところであんたが手にしている本って短歌集だよな? 俺も最近高校生で止まっている文学をアップデートしようと本を読みはじめた。書店もいくつかつぶれていくのを見てなんとかしないとと思ってさ」
もしや?
禍永はスマホであの人のアカウントを表示した。
「へえ。君もファンだったんだ。こんな偶然がまたあるなんて」
また?
他にもいるのか?
「この人のファンを助けていたんですか?」
「ああ。アクションスターを目指している大学生。俺の一つ下」
「ってことはあなたは歳上? 俺は早生まれですが」
「へえ。ある女性がひとりで都会を楽しむ物語みたいに偶然が続くな。俺も早生まれ。だから襟轡より一つ上だ」
「もしかしてそのアクションスターって灰永鋼此仇ですか?」
「たしかそんな名前だ。彼は襲われた時に驚異的な身体能力で攻撃をかわしてさ。そんな彼も短歌のファンだったんだ。みんな動画ばっかりの生活にうんざりしているのかもな」
まさか鋼此仇まで彼と知り合いとは。
「俺は幸骸機刀根。よろしくな」
さっきまで戦っていた彼の狂気はどこへやら。
少し荒っぽいが好青年の姿を見た禍永だった。
*
いつの間にか買われている大量の文学書。
有名人の自伝しか読まなかった俺と違って彼女は勉強熱心だった。
結緤は寝転がっている彼女の元へ寄る。
「もっと勉強したいなら金は出す」
彼女は何も言わず笑っていた。
まだ俺は彼女と向き合えていない。
話し合おうとすると彼女のしぐさに見とれてしまう。
彼女も不満をかかえているはずだ。
ずっとこの場所でとどまっている毎日を。
「もう好きな時に出かけてもいい。もし何かあったら俺が君を守る!」
逃げ出した人に近い生き物がいつやってくるか分からないご時勢で何を言っているのか分からないがもう彼女を死なせたくない思いだけは伝えた。
「大丈夫。ちゃんと連絡はするから。結緤の次の試合も配信で見るけど応援しているから」
もう少し早く打ち明けよう。
彼女だけをひとりにさせる不安を。
君なら大丈夫と信じたいことを。
リングの上ではプロでも男としてはまだ俺は女女しかった。
彼女をしなせたくないなら体を張って守る。
俺ももう十九歳になる大人なんだから。
いくら多様性でも強く生きていくしかないんだ。
「必ず勝ってくる」
今はそれだけを彼女に伝えるので精一杯だった。
