酒を飲む子供と忍び寄る店員〜それは高野秀行への片道切符だった。
プロレスならアントニオ猪木、バスケならマイケル・ジョーダン、お笑いならダウンタウン。わたしがこよなく愛してきたのは、いつだって王道で、ど真ん中の人たちだった。
ここで、プロレスなら藤原喜明、バスケならジョン・ストックトン、お笑いならCOWCOW、などと言えば「おっ、こいつなかなかわかってるじゃねえか」と一目を置かれるのかも知れないが、いかんせんわたしのような凡庸な人間はまだまだその域には達していない。
では、作家なら?と問われればどうだろうか。
村上春樹?
東野圭吾?
湊かなえ?
もしかして大江健三郎?
ノンノンノン。
私は胸を張ってこう断言する。
「わたしが好きな作家は、高野秀行である!」
男塾塾長、江田島平八のイントネーションで読んでいただけると幸いです。
さて、高野秀行とはいったいどんな人物なのか。自身のプロフィールを引用すると、「誰も行かないところに行き、誰もやらないことをやり、誰も書かない本を書く」ノンフィクション作家となっている。
わかりづらい?
具体的に言うと、「幻の怪獣モケーレ・ムベンベを探しにコンゴのテレ湖に行き、約30日間の滞在中、何度もアイデンティティクライシスになり、現地の人に食糧をくすねられ食糧難に陥り、マラリアを発症し命の危険を冒しながらも調査を続け、最終的には怪獣などいませんでしたという本を書く」ノンフィクション作家である。
これを聞いて「ウケ狙いのとんでも野郎」などと勘違いされては困る。数年前から緻密な計画を立て、現地の言語で地元の人とコミュニケーションをとり、彼らと同じ生活を営み、毎日メモをとりながら調査活動を行うという大変真面目で気骨のある本格的ノンフィクション作家なのである。
どれくらい本格的かというと、ゴールデントライアングル(いわゆる麻薬地帯)の核心部、アヘン王国の異名を持つミャンマーのワ州に潜入。地元の人と寝食を共にし、ケシの種まきから草取り、アヘンの収穫まで行い、7か月の滞在期間でしっかりアヘン中毒になってしまったというくらいの本格派なのである。
では、そもそもわたしはどうやって高野秀行に出会ったのか。
ことのきっかけは数ヶ月前、近所に本屋が出来たところから始まる。
BOOK'N BOOTH(ブッキンブース)と名付けられたその本屋に初めて訪れた時のことは、以前の記事に書いた通りである。
二度目に訪れた際、『酒を主食とする人々』という高野さんの本が私の視界に入った。
表紙には色の黒いかわいらしい子供が二人、肩を並べ、手にはペットボトル。中には濁り酒のようなものが入っている。
酒と子供というハンパない違和感に、ついわたしは手を伸ばしてその本に触れた……刹那!
「高野さん、今度うちに来ますよ」
いつの間にかわたしの背後に店員さんが忍び寄っていた。
「え、高野さんが……ここに…?」
一瞬何を言っているのか理解できなかった。失礼ながらこんな裏通りにある小さな本屋さんに作家さんが訪ねてくるとは到底思えない。
「今度うちで高野さんのトークショーをするんです」
え?……いや、だから……なんでこんな小さな街の本屋さんでトークショーをするんだ⁈
「うちは高野秀行本(たかのひでゆきぼん)の聖地だと認定されていますので」
その女性店員さんは、慈愛に満ちた眼差しでそう言った。
いや、まあ、結局この本屋さんと高野さんの関係がどうなっているのか全くわからないのだが、人見知りでプレッシャーにめっぽう弱いわたしはトークショーに参加すると決めた。
「じゃあ、それまでにこの本を読んで勉強しておきます」
わたしはその酒を持った子供の本を購入し、笑顔の店員さんに見送られ店を後にした。
しかしまさか、この日を境に、わたしの読書人生が静かに狂い始めるとは、このときのわたしはまだ知らなかった。
