Physical AI×バイオテック最前線
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年度末お忙しい時期かと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。今回はphysical AIを取り上げるのですが、本題の前に…6月6日に開催される、AI×創薬/バイオテック/レギュラトリーサイエンスのワークショップをご紹介させてください。UCSF Master’s Degree in AI and Computational Drug Discovery and Developmentと東京薬科大学の主催にて開催される本イベントですが、以下の通り基調講演、午前/午後に分かれたワークショップ、ランチョン・ネットワーキングとAIについて広く学び交流する1日となっております。対象者は製薬企業・商社・CRO等創薬やレギュラトリーサイエンス関連の企業の関係者、バイオテックスタートアップ・投資家、大学・研究機関等の教育・研究関係者、学生のほか、テーマに関心のある医療従事者・研究者・社会人等、幅広い皆様にご参加・交流いただける内容となっています。JHIHも共催させていただき、私も基調講演でAI時代のバイオテックについて簡単にお話させていただく予定です。ぜひ、ご関心ある方はお早めにお申し込みください。詳細・申し込み→LINK

では本編へ・・
🧬Physical AI×バイオテック最前線-DiscoveryからDesignへ、DryとWet融合の先に

現在、世界のベンチャー投資額の実に90%がAI関連に投下されていると言われるほど、スタートアップ界の視線はAIに集中しています。その中でも、2026年に向けて今まさに巨大な波が押し寄せているのがPhysical AI。2025年では全AI投資の18%を占めるような注目領域で、次なるメガトレンドとして急浮上しています。もちろん、国内のスタートアップ業界でもphysical AIは日々話題です。
*NVIDIAによるPhysical AIの定義:ロボットや自動運転車など “物理空間で稼働する自律型マシン” が、周囲を認識・学習しながら複雑な行動を取れるようにするAI技術
AIモデルの競争が激化しアルゴリズムがコモディティ化しつつある今、最大の参入障壁は現実世界の物理データをいかに保有しているかに移行しています。このデータ覇権の潮流はバイオテック産業にも波及しており、AIによる計算上の予測(Dry)だけでは現実は動かないという認識が一般的になりました。今後は、細胞、ゲノム、タンパク質といったwetな情報を自ら切り拓き、さらに臨床現場や製造プロセスといった「実世界の物理データ」を大量に保有するプレイヤーが、圧倒的な競争優位性を持つことになります。これにより、バイオテックは自然界から有用な物質を偶然見つけ出す従来のDiscovery(発見)の科学から、AIと質の高いウェットデータを駆使してゼロから意図的に分子を生成するDesign(設計)の工業へと、不可逆的なパラダイムシフトを起こしています。AIでデザインし、AIで実験を行い、仮説検証を24時間体制で回す。この圧倒的な効率化によって、より早く、確実に医薬品を患者さんへ届ける時代が幕を開けました。
世界的には様々な新興技術・スタートアップが出現していますが、正直国内ではphysical AI×バイオテックの議論はほとんどされていないように感じます。この記事が国内での議論を盛り上げる一助になればという想いを込めて、本記事ではPhysical AI × ライフサイエンスの現在地を紐解き、日本への示唆についても深掘りしたいと思います。
Physical AI×バイオテック注目3テーマ
① 自律型AIラボ
バイオテックの核心であるウェットラボの自動化は、Physical AIの登場により新たな時代を迎えています。AIが自ら仮説を立て、実験を設計し、ロボットが物理的に実験を実行。その結果をAIが即座に解析して次の実験にフィードバックするClosed-loopのシステムです。研究者が寝ている間も、AIがロボットアームを介して細胞の反応を24時間体制で観察し、最適な化合物を絞り込み続けます。人間が担うのは問いを立てることに純化され、実験の物理的コストと時間は劇的に圧縮されます。
② デジタルツイン
Physical AIを実現する土台となるのが、物理的な実体(分子、細胞、さらには製造ライン全体)の動的な仮想モデルを構築するデジタルツイン技術です。現実世界と双方向でリアルタイムにデータをやり取りすることで、実際の実験や製造に着手する前に、仮想空間で数千万通りのシミュレーションを行うことが可能になります。これにより、臨床試験の成功確率の予測や、製造プロセスのボトルネック特定を、物理的なリスクなしで高精度に検証できます。
③ リアルな現場データ(未知の情報含め)
Physical AIの精度を決定づけるのは、インターネット上のテキストデータではなく、現実世界のウェットなデータです。細胞の微細な反応、ゲノム配列、タンパク質の動態、代謝動態(マルチオミクスデータ)など、これまでデジタル化されていなかった領域の情報をいかに取得するかが鍵となります。新しいウェットな情報を獲得するための革新的なデバイス・技術や、それを解読するライフサイエンス特化型LLMの開発が、次世代のR&Dエンジンとなります。
大手AI・製薬企業の動き
巨大テック企業と製薬大手は、すでに実世界の物理データを握るための戦略的提携や自立型AIラボ構想の社会実装を進めています。
① NVIDIA × Eli Lilly:イーライリリーはNVIDIAと提携し、製薬企業として最大規模となる1000基以上のGPUを搭載した独自のAIスーパーコンピューターLillyPodを稼働させました。これにより、数十億もの分子シミュレーションを瞬時に行いつつ、実際のウェットラボも統合した自律型AIファクトリーを構築しています。特筆すべきは、自社で構築した強力な創薬AIモデルを外部バイオテックにも提供する「TuneLab」というプラットフォーム戦略です。他社がデータを提供する代わりにLillyの知能を利用できるこの仕組みは、業界全体のデータを自社のエコシステムに集約させる高度なビジネスモデルです。
② OpenAI × Ginkgo Bioworks: 最新AIモデルGPT-5とロボットラボを統合し、実験の設計から実行、データ解析までをAIが自律的に行う自律型AIラボを構築しました。このシステムは人間の介入を最小限に抑えながら3万件以上の実験条件をこなし、無細胞タンパク質合成のコストを従来手法から40%削減する驚異的な成果を挙げました。自律型ラボが単なる構想ではなく、実利を生む段階に達したことを象徴する事例です。
時代を牽引する注目スタートアップ Deep Dive
Xaira Therapeutics: 10億ドルという空前の資金でローンチした同社は、拡散モデルを活用し、創薬困難な標的に対する新薬をエンドツーエンドで開発しています。直近では、細胞が遺伝子操作などの変化にどう反応するかを予測する仮想細胞モデル「X-Cell」をリリース。自社で生成した世界最大規模の細胞データを用いて学習したこのモデルは、未知の環境においても既存モデルを最大5倍凌駕する精度で予測を行います。
Latent Labs: DeepMind出身のAlphaFold2共同開発者らが2025年に設立したスタートアップです。5,000万ドルを調達してステルスから登場した同社は、生成AIを活用し、自然界に存在しない全く新しい機能や構造を持つタンパク質をゼロから設計するプラットフォームを開発しています。まさに、タンパク質を観察・発見する時代から、デザイン・エンジニアリング出来る時代になってきたことを象徴する事業です。
Medra: 5200万ドルを調達した、Physical AI Scientistを開発している企業です。AIの推論とロボットによる物理実験をシームレスに繋ぎ、継続的に実験結果を自己学習する自律的な閉ループを構築しています。従来は分断されていたAIの予測と手作業の実験を統合することで、通常10〜15年かかる創薬プロセスを根本から短縮することを目指しています。
Formation Bio: AIを駆使して臨床開発のボトルネック解消に特化した次世代製薬企業です。自社創薬は行わず、AIを用いて外部の有望な休眠アセットを探索・インライセンスする独自のアプローチを取っています。SanofiやOpenAIと共同で患者リクルートを大幅に短縮するツール「Muse」を開発したり、全試験のデータを共通アーキテクチャに統合して組織の知能を複利で向上させるなど、データ駆動型の運営が非常にユニークです。
Mendaera: 医療処置をサポートする協働ロボットシステムを開発しています。米国で深刻化する専門医不足に対し、AIロボットが医師のスキルを専門医レベルへと底上げすることで、生検やドレナージといった処置を「いつでも、どこでも」可能にします。Physical AIを研究室に留めず、臨床現場のボトルネック解消に直接応用している画期的な事例です。
Twin Health: ウェアラブルデバイス等から得られるリアルタイムデータを用いて、代謝領域において個々の患者のデジタルツインを構築しています。糖尿病の寛解や肥満解消のために精密な介入を提供し、臨床試験の個体差を仮想空間で制御します。シリーズEで5,300万ドルを調達しており、代謝領域という複雑なバイオマーカーが交差する分野で、AIの真価を発揮させています。
日本はなにができるか
世界的Physical AIの熱狂の中で、日本のバイオテック界は何が出来るか—以下にいくつか考えてみました。
① 日本独自の強みを活かしたRWD・現場データインフラの構築
日本が誇る膨大な健康データや、職人技とも言える高度な実験プロセスをデータ化・AI化することは、本領域で戦っていくための原動力となります。一方、これらの極めて価値の高い現場データは、機密情報として組織ごとに抱え込み、サイロ化されているのが実情です。これを打破するために、例えばNVDIAとイーライリリー等の協業でも活用されているfederated learning (= 各社の機密データを保護したままモデルを共同訓練する仕組み)などの実装を急ぎ、業界全体の知能を集約させたAI時代の基盤に期待したいと思います。
② ドライとウェットを橋渡しする「ハイブリッド人材」の育成とコミュニティ形成
AIやデータサイエンスと、実際のラボオペレーションや生物学の双方を深く理解し、統合できる人材は世界的に見ても極めて稀少です。アルゴリズムだけでは物理世界は動かないからこそ、現場の課題をハードウェアの制約を含めて言語化し、AIとロボティクスを協働させるワークフローを設計できる人材が勝敗を分けます。異業種であるロボティクス産業と製薬・バイオ産業が日常的に交わるコミュニティを形成し、相互の技術資産をシームレスに融合させる場作りが、議論の活性化に直結します。個人的にもこのような共創の場作りを行っていきたいと思います。
③ 官民連携によるテックバイオ領域への支援拡張
現在、日本国内でも医薬品の安定供給や創薬力の強化が喫緊の課題となっています。個別シーズやベンチャーへの支援は手厚くなりつつありますが、AI時代の新たな産業基盤を築くためには、それらを支えるインフラであるPhysical AI関連への支援も一層強化されるとよいなと思います。
これからのライフサイエンス産業は、自然界から有用な物質を探し出すDiscoveryから、AIを用いてゼロから分子を意図的にDesignする時代へと完全に移行しています。現実世界の深い理解と、ウェットとドライをシームレスに繋ぐ技術を掛け合わせて、新たなライフサイエンス産業が発展していくことに、非常にワクワクしています。ぜひ、physical AI ×バイオテック、テックバイオ等に関心がある方、議論させてください。
🔍News
▶2月23日に3連休最終日の2026年2月23日、JHIHは経済産業省と共同で「イノベーションハブサミット2026」を開催しました。「ヘルスケアスタートアップはどのようにスケールし、インパクトを出すのか」——この問いに、事業家、VC、そして省庁の担当者がそれぞれの立場から向き合った、密度の高いイベントとなりました。当日の議論の内容など詳細はイベントレポートからご覧ください。https://note.com/jhih/n/n800e6a7fd145
▶米VCのLux Capitalが主催していたAI×ヘルスのカンファレンスHealth x Intelligence 2026の動画がyoutubeにアップされていたのですが、大変勉強になるので、ぜひご関心ある方はご覧ください。今回の記事で取り上げたようなphysical AIの内容、フェムテック、AIドクター等、幅広いテーマのセッションが開催されています。
今回は以上です!また次回にて。

