【薬学博士の本気おふざけ②】OTC鎮痛薬三国志 ~三国創国譚 【詳細解説ありバージョン】
~三国創国譚
すべては、一本の柳の木からはじまった。

みなさんがご存じかどうかはわかりませんが、鎮痛効果のあるものとして古くから使われ続けていたものに、「柳」があります。
紀元前1550年頃の古代エジプト
現存する最古の医学文書であるエーベルス・パピルスに、柳の葉を煎じた汁が発熱や炎症に効くと記録があるそうです。
古代ギリシャ
ヒポクラテスが、柳の樹皮を砕いた粉末を出産の痛みや発熱の治療に用いたと伝えられています。
その柳を求めるものが自然と集まり、その土地も柳(りゅう)と呼ばれるようになった。

その後も世界各国で「柳」は、熱と痛みに使われてきました。
1763年には、イギリスの聖職者 エドワード・ストーンが柳の樹皮の効果を体系的に観察し、英国王立協会に報告。
→ 柳の鎮痛・解熱作用に関する最初の科学的文書とされています。
よく、時代劇とかで武士が楊枝を咥えているシーンなんてのがありますが、あれは歯痛のある歯間に、柳の楊枝を刺していたものと言われています。(ゆえに、高級な楊枝というと、柳なんです。)
柳の勢力はどんどん拡大していき、サリチル酸の活躍によるものであることが明らかとなり、地域の王へと推す声も上がりはじめた。

サリチル酸って入ってるし…
1828年
ドイツの薬剤師 ヨハン・ブクナー が柳の樹皮から黄色の苦味成分を抽出し、サリシン(salicin) と命名しました。
実はこのサリシン、主に体内でサリチル酸になって薬効を発揮するんですが、当時はそんなことはよくわかっていなかったんだとか。サリシンそのものにも効果は「あるけれど弱い」ため、19世紀の化学者たちは「もっと強くて安定した薬効成分を取り出せないか」と試行錯誤を始めました。
1838年
イタリアの化学者 ラファエレ・ピリア がサリシンを加水分解し、
サリチル酸(salicylic acid)を得ることに成功しました。

柳楊枝を刺している、老師キャラ。
しかしながら、サリチル酸の攻撃的な人柄によって民の心は離れていき、戴冠するには至らなかった。

ところが、サリチル酸には構造的に「フェノール性水酸基」と呼ばれる、ちょいと毒性の強い部分があります。
当時特に問題となったのが、胃腸障害と中枢神経への影響(耳鳴り→意識障害)。そのほかにも、血管、肝臓、腎臓にも悪影響を及ぼすため、こりゃなんとかせなあかんなと、時の科学者さんたちはいろいろ頑張りました。
その後サリチル酸の息子アスピリンが誕生。「半分がやさしさでできている」と後世に語られる人柄が民の心をわしづかみにしたことで戴冠。単なる地域名であった「柳」を「淡(たん)」と改め国となった。

1897年
バイエル社のフェリックス・ホフマンが サリチル酸をアセチル化してアセチルサリチル酸を合成しました。これの商品名が「アスピリン」です。

アスピリンは、多くの国で商標権が失効しているので、今はほぼ一般名扱いでOKだそうです。
(「半分はやさしさで出来ている」バファリンは、ブリストルマイヤーズ社の商標。昔はアスピリンが主成分でしたが、現在アスピリンが入ってるバファリンはごく限られています。)
アスピリンの天下は長くつづき、天下統一を果たせたかにみえたが、その裏でナフタレンと間違えられたアセトアニリドがひそかに大陸に渡った。

アスピリンが発売されたのが1899年であり、1961年にイブプロフェンが登場するまでの間、消炎鎮痛剤としての市場をほぼ独占している状態でした。
で、ちょっと時代は前後するのと、諸説ありなんだそうですが、1886年に、とある薬剤師が駆虫薬(寄生虫を取り除く薬)としてナフタレンを調剤しようとしていたんだそうです。

てか、匂いでわかるだろ?って話。
で、このナフタレンと間違えて、アセトアニリドを患者さんに投与しちゃったら、解熱作用と鎮痛作用がみられて「なんで?」ってなって研究が始まりました。

暴力的であることを強調するために、あえてゴツイ武器を持たせてます。
アセトアニリドは淡の南部で徐々に勢力を伸ばしていったが、きわめて暴力的な人柄だったため、暴君の戴冠を阻止すべく側近たちが暗躍。ついにアセトアニリドの血縁者の中から、アセトアミノフェンが見出された。
ところがこのアセトアニリド、めっちゃ強い副作用があるんです。

実際には、アセトアニリドが肝臓で代謝されてパラアミノフェノール(PAP)になります(なので、肝臓に武器を作らせてるシーンで表現してみました)。PAPが赤血球を酸化してメトヘモグロビン血症と溶血を引き起こします。赤血球にめっちゃダメージがいくので、いろんなところの酸素供給が滞り、中枢神経系や循環器系、腎臓に大きな負担をかけてしまいます。(なので、脳、心臓、腎臓は、首を絞められています。。。)
その後、実はいったん「フェナセチン」が代替薬として登場。アセトアニリドよりはマシな薬として一時世界的に普及しますが、腎障害や発がん性が問題視されて廃れ始めます。
アセトアミノフェンは、アセトアニリドの代謝産物として研究当初から存在は知られていたのですが、発見当初は「オマケ」と思われていたそうです。ところが、1940-50年頃になって「実は、アセトアニリドもフェナセチンも、体内でアセトアミノフェンになって解熱鎮痛作用を現す」と判明しました。

アセトアミノフェンは、慈愛にあふれる人柄とその美貌により人々を魅了していき、淡の英雄たちの支持さえも得たことで無血で独立を果たして「静(じょう)」を興した。

性質はこっちだからってことで「静」にしろってチャッピーが。
アセトアミノフェンは、その後正式に医薬品として1955年にアメリカで発売されました。(商品名は、タイレノール。日本では、カロナールが有名。)
アスピリン→消炎鎮痛剤:炎症を抑えて痛みや熱を抑える薬
アセトアミノフェン→解熱鎮痛剤:別の作用で熱・痛みを抑える薬
という使い分けがされるようになりましたので、二国時代の到来というイメージ図となっています。ちなみに、アセトアニリドはもっと前に退場していますが、まあ、その辺は許してください。
あと、どうも日本の官公庁は「日本人は欧米人に比べて体が小さくて弱い」というイメージがあるのか、国際的的な分量をそのまま使うことがなく、私が薬剤師を初めて間もないころの2000年代前半までは、1日の限界量が900mg(1日3回とすると、一回300mg)と、かなり控えめだったため、当時はあんまり触ることがない薬でした。(PL顆粒にもアセトアミノフェンが入っているため、錠剤でカロナールが出ると、限界用量超えるから問い合わせするというのを、薬剤師になりたての頃教わったのを覚えています。)
2000年代の中盤ごろから、国際標準に近づけて「1日最大3000mg」まで使えるようになり、500mgの錠剤が発売され、「これなら痛み止めとしても効く」と思える薬になったとです。
その後、淡に強い英雄が次々と出現。力不足を感じたアスピリンは王の座をイブプロフェンに譲った。

アスピリンは、半世紀近く独占状態でしたが、リウマチの患者さんに長期かつ高用量での投与をする際の副作用(体内でサリチル酸になってしまうことによるサリチル酸中毒)が問題となり、「より安全な消炎鎮痛薬」を求める声が高まりました。
そんななか、1961年に、イギリスのBoots社の研究者であるスチュワート・アダムスらがついにイブプロフェンの合成に成功しました。
イブプロフェンは、アスピリンと同等の効果がありながら、胃腸障害が軽く、中枢性の副作用も少ない薬として注目。
1969年に、まずはリウマチの治療薬として承認され、その後一般的な消炎鎮痛薬として世界的に普及しました。
(淡の辺境で隠居しているかに見えたアスピリンは他国に侵攻して別の成功を収めたが、それはまた別の物語。)
私が大学生の頃に「小児用バファリンに血栓予防の効果があるらしい」と講義のときに聞いたきおくがあるのですが、そこから干支が一回り以上まわって初めて薬局で働いたとき、
痛み止めとしてのアスピリンは「期限切れでよく捨てる薬」
→血栓予防の薬としてのアスピリンは、「毎日絶対に調剤する薬」
となっていました。(医療用としては現在すでに痛み止めの方は発売中止となっています。)
淡でイブプロフェンが覇権を握っている中、その甥であるロキソプロフェンが東側の諸公をひそかにまとめ上げはじめた。
イブプロフェンが開発された時代、インドメタシンやジクロフェナクなど様々な消炎鎮痛薬が開発されましたが、この話はOTCの3成分の経緯なので詳細は省きます。消炎鎮痛薬の大半は、①胃腸に吸収する前に直接、②体内に吸収されてから巡り巡って体内から胃腸障害を起こします。 両方とも消炎作用の延長線のような仕組みで起こるため、いわば仕方のないことではあるのですが、そんな中でもなんとか「胃腸にやさしい薬を」と望む声が上がってきます。
で、1970年代になってから、「プロドラッグ」という概念が誕生しました。
プロドラッグとは、元々その医薬品には効果がほとんどないけど、吸収されてから効果を発揮する薬のことです。
要するに、「これなら効果があるぜ!」な薬が、そのままでは使い辛いときに、体の中に入ったらとれる部品みたいなものをくっつけて、使いやすい薬にするとでも言いましょうか。
消炎鎮痛薬の場合は、吸収されるまでは胃腸を刺激しないようにマイルドコート的な加工を施し、吸収されてから薬になるものをつくろうって話になりまして、1970年代の後半から研究が始まり、1986年、現在の第一三共から本邦初の世界的消炎鎮痛薬ロキソプロフェン(商品名ロキソニン)が誕生しました。

東側の実力は大きなものであり、諸外国からは一つの国として認識されるようになってきていた。戦争を好まないイブプロフェンは東側勢力の自治を認め、淡の独立自治区として「隠(いん)」が誕生した。

ロキソニンは、直接的な胃腸障害の軽減に加えて、即効性も重視して開発され、世界的に有名になりました。ただし、日本、アジアではよく売れてているけど、アメリカ、カナダ、EUでは未承認(他の消炎鎮痛薬が普及していたことと、ナブメトンという別のプロドラッグ消炎鎮痛薬があったため、入り込む余地がなかったそうです)なんだそうです。(知られていることは、確かなようですが…)
「民を救いたい」
その熱き想いは変わらぬまま、些細なすれちがいや側近たちの陰謀により、三者の溝が深まってしまった。
今まさに、淡、静、隠の三国による、熾烈な覇権争いが行われている最中である。

で、現在のOTCで購入できる主要な3医薬品は、
淡:消炎鎮痛薬 →イブプロフェン
隠:プロドラッグ消炎鎮痛薬 →ロキソプロフェン
静:解熱鎮痛薬 →アセトアミノフェン
でございます。
シチュエーションによって向き不向きがいろいろあり、万人に対して「絶対にこれがいい」とはいいがたい状態を、国の塗分けで表現しようと思ったのが、OTC三国志を構築しようと思ったきっかけです。
ただ、あんまり血で血を洗う争いみたくしたくなかったんで、三国成立を全部無血でおこなっちゃったら、対立構造にならないじゃん(汗)。
で、実際には存在しない
「些細なすれちがいや側近たちの陰謀により、不幸にも対立してしまった」
ということにしてあります。ここは完全にフィクションです。
今後は、シチュエーションに応じた使い分けと、コスパについて考察したアフィリエイト記事を掲載する予定です。 思いついてから、ここに至るまで、長かった…。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
【薬学博士の本気おふざけ】シリーズ
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