30代後半からのキャリアアップ—先輩が最終出勤日に話してくれた、大手転職のリアル—【#創作大賞2026 ビジネス部門】
その日、私は外出先から早く帰ってきただけだった。
まさか、あの先輩の最終出勤日だなんて、知らなかった。
「ちょっと時間ある?」と声をかけてもらったとき、なんとなく、いつもと違う空気だと気づいた。小さな会議室に移動して、ふたりだけで話すことになりました。
BtoBの化学メーカーで研究開発職として5年目の私が、この記事を書こうと思ったのは、この30分が、「30代のキャリアアップ」に対する私の見方を変えたからです。
職歴と、日常の行動の積み重ねが、転職の結果を左右する。
学歴じゃなく。
その答えを、あの先輩の背中から学んだ。
先輩は、社内で一番「動いている人」だった
まず、この先輩のことを少し紹介させてください。
以前の記事で書いた「師匠」とは、別の方です。師匠は研究所見学で出会った、同じ大学・同じ研究室の大先輩で、私の入社の決め手になった人物。「あの人みたいになりたい」と入社を即決するくらい影響を受けた、私にとって特別な存在です。(師匠についてはこちらで書いています👇)
今回の先輩は、師匠とはまた別の角度から、私の「働き方の軸」を揺さぶった人でした。
専門は先進素材の樹脂加工品。大学でも同じ分野を研究していたこともあり、材料知識の厚みは圧倒的でした。話すたびに「そんなことまで知っているんか」と、内心驚くことが多かった。
でも、私がこの先輩を「すごい」と思っていた理由は、知識の深さだけじゃありません。
行動力と、学習意欲の高さ。
先輩は、自分の専門と全く関係のない部署にも、普通に声をかけに来ていた。事務所でもラボでも、「今どんな材料扱ってるの?」「その展示会、何が面白かった?」と、気さくに話しかけてくれた。私の仕事内容も、気づけばかなり把握してくれていたのです。
もう一つ、特に印象に残っているのが、新しい技術への向き合い方。
当時、私は社内で生成AIの活用方法を検証していた。管理職レベルの方になると、新しいテクノロジーを「よくわからないから」と敬遠するケースが多い。でもこの先輩は違いました。私がPCで作業しているところを見かけては、「それ、どうやって使うの?」と純粋な好奇心で聞いてくれた。
しかも、単に質問するだけじゃなかった。自分でも実際に触ってみて、感想を教えてくれることもあった。
こういう姿勢の人は、社内でそうそういなかった。だから私も、新しいことがわかれば先輩を含めた数名に積極的に情報を共有するようにしていた。専門が違っても、人当たりがよく、お礼のメールも丁寧な先輩のことを、自然と尊敬するようになっていきました。
ただ、正直に言うと、私には一つ、もやっとした気持ちがありました。
これだけ優秀な人が、長く仕事をする中で、やらなくてもいい仕事も増えていっているように見えた。「もったいない働き方をしているな」と、ずっと感じていたのです。
そして、もう一つ気になっていたことがありました。うちの会社は上の管理職の席がほぼ埋まっていて、これから大きく入れ替わりが起きるようには見えなかった。先輩がこの会社でキャリアアップしていくには、構造的な天井がある。
そう思っていたから、先輩の退職を知ったとき、驚くよりも先に「やっぱり」という気持ちが来ました。そして「あの人なら大丈夫だ」という、妙な安心感も。
「今がキャリアアップのラストチャンスだった」 —最終出勤日の30分—
退職のことは、その日まで知らなかった。
外出が早く終わって、たまたま事務所に帰ってこられた。そうじゃなければ、あの話を聞く機会はなかった。振り返ると、それだけで不思議な気持ちになります。
(まあ、先輩の最終出勤日を誰にも教えてもらっていなかったというのは、それはそれで少し寂しいのですが…。)
先輩の転職先は、私の部署が取引をしている大手化学メーカーでした。
転職先がうちの取引先というのは、なかなかドラマのある話です。今後、先輩と再会するのが「取引の場」になるかもしれない。そう思うと、なんだか不思議な感じがしました。
話を聞いていくと、転職先は管理職候補となる即戦力を募集していたとのことでした。自社の技術を理解していて、社内外のコミュニケーションにも長けた人材——それが採用の決め手だったと、先輩は穏やかに話してくれた。
「面接で共通の話題があってよかった」と先輩は言っていました。
これには、こんな背景があります。先輩は以前から、転職先の扱う材料分野に個人的に関心を持っていた。私の仕事内容もその領域に関連していて、展示会での情報から業界のトレンドまで、よく一緒に情報交換をしていた。だから面接の場でも、転職先の部門の話題を自然に掘り下げられたのだという。
普段から専門外のことにも積極的に首を突っ込んでいた先輩だからこそ、たどり着けた縁だったのです。
そして、転職を決意した理由について、先輩はこう言っていた。
「今がキャリアアップのラストチャンスだと思ったから」
30代後半。この言葉は、静かに、でもはっきりと、私の胸に刺さりました。
会話の中で、先輩はこんなことも言っていました。
「妥協するならば、今の環境でも十分だよ。でも、もっと給与面や環境面を良くしていきたいと思うなら、キャリアアップは考えておいた方がいいかもしれない。」
これは私への言葉だったのかもしれないし、自分自身に言い聞かせてきた言葉だったのかもしれない。どちらにしても、そのリアルさが、胸に残りました。
学歴については、一言も出なかった。
彼が転職で評価されたのは、これまで積み上げてきた職歴と、日常の行動の中で作られてきた信頼関係だったのだと、確信しました。
データで見る「30代転職×学歴より職歴」の現実
あの先輩の転職は、特別なケースだったのでしょうか。
データを見ると、実はそうでもありません。
転職支援会社パソナキャリアの記事によると、「特に30代後半以降の転職では、学歴が重視されることは少なく、社会人になってから上げた実績こそが採用基準として評価される」とあります。中途採用では、学歴の代わりに「即戦力となる実務能力の有無」が重視されるからです。
さらに、学情の2025年10月調査では、30代を中途採用する際に企業が面接で見るポイントの1位は「人柄・社風との相性(78.0%)」。「経験してきた業務内容(70.8%)」は3位でした。
つまり、30代の転職における採用判断は、スキルや実績と同じかそれ以上に「人として一緒に働きたいか」が見られているということです。

先輩が評価されたのも、その文脈で考えると納得がいきます。
取引先の企業は、先輩の仕事ぶりや知識の広さを、取引の文脈から間接的に知っていた。面接という限られた時間で判断するより、はるかに精度の高い評価ができていた。つまり、日常の行動で積み上げた信頼と実績が、面接よりもずっと前に「採用を動かす材料」になっていたわけです。
転職市場全体でも、変化は起きています。マイナビの調査によると、2025年の正社員の転職率は7.6%で、2018年以降最高水準でした。特に30代男性は前年比+1.2ptの増加で、かつて言われた「35歳転職限界説」が過去のものになりつつある流れの中にあります。
部署の垣根を越えて気さくに声をかけるフットワークの軽さ。未知のテクノロジーを敬遠せず、後輩からでも素直に学ぼうとする好奇心。誰に対しても丁寧なコミュニケーションを取れる人柄。
先輩がキャリアアップに成功した理由は、専門知識という土台の上に、この「越境する力」と「人間力」があったからだと、今ならはっきりとわかります。
変化の激しいこれからの時代、「会社に染まらず、越境していく技術者」に必要なのは、専門性だけではなく、こうした柔軟な姿勢とコミュニケーション能力なのではないでしょうか。
その日、私も初めて打ち明けた
会話が一段落したとき、先輩が「あなたはこれからどうしていきたいの?」と聞いてくれました。
私はその時点で、会社の誰にも話したことがない目標を持っていた。でも、このタイミングで、この人に話さなかったら、もう話す機会はないかもしれない。そう思った。
「経営戦略に強い、知財部門への転職を目指しています。」
口にした瞬間、少し緊張しました。
先輩は少し驚いた様子で、「それはいいね。応援してるよ!」と笑顔で言ってくれた。それだけで、十分だった。
知財を目指すようになったきっかけは、じつは仕事が一番しんどかった時期にあります。2年目の終わりごろ、担当テーマが想定外に軌道に乗ってしまい、一人で責任者レベルの仕事を半年以上回し続ける状態に追い込まれました。心も体も削られていく中で、「このまま同じことを続けていくのか」と、自分の先を真剣に考え始めた。
ちょうどその時期に、特許出願の仕事が重なって、弁理士の先生と話す機会がありました。
特許を扱う仕事の話を聞くうちに、知的財産を使って新しい事業を作ったり、経営戦略に関わったりする仕事があることを初めて知ったのです。IPランドスケープという言葉も、そのとき初めて聞きました。
(なんかかっこいいな、と思った。それが最初の印象です。単純すぎますが。)
そこから動き始めました。知財の交流会に参加して、大手化学メーカーや製造業の知財部に勤める方々と直接話す機会を作った。現場でどういう人材が必要とされているのかを、自分の目と耳で確かめたかったのです。
話を聞けば聞くほど、面白い仕事だと思えた。
今も、知的財産管理技能検定2級とTOEICを勉強しながら、少しずつその道に向かって歩いています。まだ途中です。でも、あの弁理士の先生との会話がなければ、この方向には進んでいなかったと思っています。
先輩の姿を目の前で見ながら、改めて思いました。
あの行動力と学習意欲——専門外に首を突っ込む姿勢、新しい技術を恐れずに触ってみる好奇心。それは、今後AIが単調作業を代替していく時代に、一番価値を持つ能力だろう。
どんな仕事も、いつか部分的には自動化される。でも、自分の専門の外に出ていき、社内外に信頼関係を作り、新しい価値を生み出せる人間は、そう簡単には置き換えられない。
先輩は何年もかけて、それを体現してきた人でした。
「今がラストチャンス」と志したその時に行動に移せるかどうか——それが大事なのだと、あの30分は教えてくれた。私もその志を持ち続けて、行動に移していかなきゃいけない、と改めて思いました。
チャンスは、案外「偶然」の形でやってくる
先輩の最終出勤日は、慌ただしい引き継ぎ作業の合間に、ひっそりと終わった。
先輩がより良いキャリアを歩んで、もっと良い働き方を見つけてくれたことが、純粋に嬉しい。そして、それを見届けられた偶然に、少しだけ感謝しています。
次に会うのは、取引先の担当者としてかもしれない。そう思うと、なんとも不思議な感じがします。
(なんかドラマみたいだな、と一人で思っていました。)
30代後半で大手にキャリアアップした先輩の話から、私が感じたことをひとことでまとめると、こうです。
「日常の行動が、転職市場での評価を決める。」
学歴は、就活のときだけ問われる。でも職歴と信頼関係は、社会人として動き続けた年月が積み上げていくもの。30代以降の転職市場では、その積み重ねが、学歴よりもずっと大きな意味を持つと、あの30分で確信しました。
先輩が転職先で共通の話題を作れたのは、面接当日の準備の話じゃない。日常的に専門外に興味を持って動き続けてきた、何年もの積み重ねの話です。
「今がラストチャンス」と思ったとき、すでにその準備はできていたのだと思います。
私もまだまだ途中だけれど、同じように動き続けていきたい。
志したその瞬間に、行動できる自分でいたい。
あの会議室での30分も、ちゃんとまだ、私の中にある。
転職・副業・社内異動、3つの出口について詳しく書いた記事はこちら👇
📣 次回予告
次回は「開発から知財へのキャリアチェンジ —知財部の重鎮たちから聞いた、知財部門に必要な人材像—」 というテーマでお届けします。
▶ 4月21日(火)12時 公開予定
知財の交流会で大手企業のベテランの方々から直接聞いた 「現場が本当に求めている人材」の話をリアルに書きます。 知財やIPへの転職・異動に興味がある方は、ぜひ次回もチェックしてください!
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