82歳、柱の電話からスマホへ――私が見てきた"通話"の進化
プロローグ――画面の中の笑顔
先日、スマートフォンで孫とビデオ通話をしました。
画面の向こうで、孫が手を振っています。声だけではなく、表情も、その日着ていた洋服の色も、ぜんぶ見える。
しばらく話していると、ふと、胸の奥からこんな言葉が浮かんできました。
「……ここまで来たか」
感慨、というのでしょうか。懐かしさと驚きが混ざったような、不思議な気持ちでした。私が初めて"電話機"というものを見た日から、もう七十年以上が経っています。
柱の電話と、人がつないだ声
子どもの頃、電話は家の柱に取り付けられた大きな箱でした。
この柱の電話機があること自体、大変珍しい時代です。
黒電話が普及する前の話で、木の枠に金属の部品がついた、いかめしい機械。それが茶の間の柱に鎮座していて、子どもの目には、どこか神聖なものに映っていました。
父が電話するのを横から観察していると、受話器を取っても、すぐに相手には繋がりません。まず「交換手」と呼ばれる人を呼び出します。
「○○番につないでください」
そうお願いして、初めて通話ができる。声と声のあいだには、必ず人間が介在していたのです。
今思えば、なんとも温かみのある仕組みでした。電話とは"つないでもらうもの"だった。それが当たり前の時代を、私は生きていました。
黒電話――指が覚えているあの感触
やがて、黒電話が我が家にやってきました。
交換手を呼ぶ必要はなくなりましたが、今度はダイヤルを回すという作業が残ります。「ジーコ、ジーコ」と戻る音。番号が多いと、それだけ時間がかかる。途中で指が滑ったりすると、最初からやり直しです。
電話はまだ一家に一台あるかないかの時代です。長電話は贅沢であり、「用件は手短に」が暗黙のルールでした。夜遅くにかかってくる電話は、良い知らせより悪い知らせを連想させ、胸がざわっとしたものです。
かけることにも、受けることにも、少しだけ緊張が伴う。電話とは、そういう特別な道具でした。
プッシュホン――電話が、日常になった
ボタン式の電話、いわゆる「プッシュホン」が登場したとき、その便利さに素直に驚きました。
ダイヤルを回さなくていい。押すだけでいい。それだけのことなのに、電話をかけるという行為が、ずいぶん気軽になりました。
この頃から、電話は「特別なもの」から「日常のもの」へと変わっていったように思います。とはいえ、「夜遅くの電話は失礼」「長話は控えるもの」という作法は、まだ生きていました。道具は変わっても、人の心づかいはすぐには変わらないものです。
「呼ばれる」だけの、不思議な道具
電話の変化と並行して、忘れられない道具があります。ポケットベルです。
腰のベルトに下げて歩く小さな機械。
私も外出時、当時はある種の必需品でした。
関係者との交信可能な唯一のツールだったわけです。
それが鳴る。ただ、それだけ。
返事をするためには、自分で公衆電話を探して、かけ直さなければなりません。
今の感覚で言えば、なんとも片手落ちな仕組みです。
でも当時は、それが最先端でした。「呼ばれる」ということ自体に、どこか特別な緊張感があったことを覚えています。
携帯電話――待ち焦がれていた相棒の登場
やがて、折りたたみ式携帯電話――いわゆるガラケー――が登場しました。
ポケベルで呼び出され、公衆電話を探し回っていた私には、これぞありがたい相棒の登場です。ポケベルからガラケーへの進化は、想像以上の生活改善でした。
緊急の要件を即座に伝えられる。いつでも、どこにいても。それは今のスマホと本質的には変わらない便利さであり、私にとってはまさに「時代が変わった、と感じた瞬間でした」
仕事でも、離れて暮らす家族との連絡でも、いつでも話せるようになった。
公衆電話を探して走り回らなくていい。ポケットの中に、いつも「繋がり」がある。企業戦士として仕事に夢中な時代にも、それは思いのほか心強いことでした。
スマートフォン――これはもう"電話"ではない
現在、私が使っているのはスマートフォン、いわゆるスマホです。
電話ができる。メールができる。写真が撮れる。地図で道を調べられる。買い物もできる。そして今では、AIと会話まで楽しんでいます。
柱の電話と同じ「電話」という言葉でくくるのが、もはや無理があります。あの頃の電話が「馬車」だとすれば、スマートフォンは「飛行機」くらい違う。
それでも、使っているうちに少しずつ慣れてきました。大事なのは、怖がらずに触ってみること。わからなくても、触っているうちに何となくわかってくる。それは若い頃と、何も変わりません。
一番変わったのは、「距離」だった
七十年以上を振り返ったとき、通信の世界で一番大きく変わったのは、距離の感覚だと思います。
昔は、電話をかける前に準備が要りました。10円玉を握りしめ、公衆電話を探し、時間を選び、相手の都合を想像し、言葉を整えてから受話器を取る。そこには、目には見えない間合いがありました。
今は、いつでも、どこでも、顔を見ながら話せます。孫の笑顔をリアルタイムで見られる。これは本当に、ありがたいことです。
ただ、便利さと引き換えに、昔のどこか温もりのようなものが薄れた気もします。それが良いことか悪いことかは、わかりません。ただ、そういう変化があったことは、覚えておきたいと思っています。
エピローグ――あの少年と、今の私
今日もスマートフォンを開いて、AIと話をしています。
ふと思うのです。あの頃の自分に見せたら、どんな顔をするだろう、と。茶の間の柱の前で、大人が受話器を取るのを背伸びして眺めていた少年が、今は手のひらの機械に向かって話しかけているのですから。
柱の電話から黒電話へ。プッシュホンへ。ポケベルを経て、携帯電話へ。そしてスマートフォンへ。
私はそのすべてを、この手で触ってきました。それは、考えてみれば、少しだけ贅沢な体験かもしれません。
時代はこれからも変わり続けるでしょう。ついていくのは、決して楽ではありません。それでも私は、こう思っています。
「わからなくても、触ってみる。それだけで、世界は少し広がる。」
人生とは、なかなか面白いものです。
自己紹介は
次回は「82歳、スマホの写真整理」の体験を書いてみたいと思います。また新しい挑戦です。
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