残クレ住宅ローン、半年後の答え合わせ〜銀行が1行も売らない理由〜
昨年12月、国が推進する残価設定型住宅ローンについて「気が狂っているとしか思えません」と書きました。あれから半年、保険制度は予定どおり動き出しています。商品は、まだ一つも売られていません。
この施策の出どころを確認しておくと、令和7年11月21日に閣議決定された高市政権の総合経済対策です。住宅価格の高騰に対応し、住宅取得を支援するという名目で、フラット35の拡充とセットで盛り込まれました。住宅着工を下支えしたい政策動機が最初から透けています。
取扱金融機関、ゼロ
住宅金融支援機構は2026年3月31日、「特定残価設定ローン保険」の制度概要を公表し、運用を開始しました。残価割れが起きた場合の金融機関の損失を機構が引き受ける、金融機関向けの保険です。国が用意した器としては完成形に近く、リスクの最終負担者を公的セクターへ移し、あとは銀行が商品を組むだけの状態が整いました。
4か月が経過して、機構のサイトにある取扱金融機関の一覧は空白が続いています。ゼロです。都市銀行からも地銀からも、商品化の発表はありません。
前回、市場が拒否した商品を国策で流通させようとしていると書きました。その読みは今のところ外れていません。国が残価割れリスクを全額引き受けると宣言しても、銀行は動かない。財務リスクは保険で消せても、破綻が社会問題化した際に「甘い残価で売った銀行」として名指しされる政治リスクは、どんな保険でも消せないからです。
前例を銀行はよく覚えています。かんぽ生命の不適切販売では、営業目標と商品設計の歪みが背景にあったにもかかわらず、矢面に立たされたのは販売した現場と経営陣でした。スルガ銀行のシェアハウス融資も、スキーム全体の構造問題が指摘されながら、社会的制裁は売った銀行に集中しています。国の制度に乗って売った側が、破綻後には単独で追及される。その記憶で銀行は商売をしています。
訂正します
前回の記事で私は、機構の保険を「銀行が損しないための保険であって、借り手を守る保険ではありません」と書きました。残価割れの差額を借り手が払わされるシナリオを、懸念として挙げています。
その部分は訂正が必要です。3月に公表された制度詳細では、死亡時・売却時にノンリコース型が適用され、売却価格が残価に届かなかった場合の差額は機構が補填し、債務者への請求は生じない設計になっていました。借り手保護は、12月時点の報道から想像したより手厚かった。執筆時に公表されていなかった部分とはいえ、懸念の一つは外れたと認めます。
そして訂正した瞬間に、次の問題が立ち上がります。借り手に請求しないのなら、残価割れの損失の行き先は一つしかありません。機構、最終的には公的資金です。借り手保護が厚くなったぶん、納税者のリスクは前回の想定より重くなりました。訂正はしますが、撤回する話ではありませんでした。
残価は誰が決めるのか
制度詳細を読み込んで、奇妙な事実に気づきました。残価を誰が、どういう方法で算定するのか、どこにも書かれていません。
機構が公表した概要資料は3枚の図解だけです。対象住宅の要件と保険の仕組みは説明されていますが、算定主体、算定方法、機構が付保審査で残価に上限を課すのかどうか、保険料率。商品の値段を決める核心部分が、すべて非公開の実務資料に沈んでいます。
比較対象はあります。従来から残価設定型ローンを小規模に支えてきた移住・住みかえ支援機構(JTI)は、借上げ制度で実現可能な家賃から逆算する収益還元モデルで残価を査定すると明示していました。売却価格ではなく賃料ベースの保守的な方法論で、金融機関系の解説によれば、それでも残価設定月が訪れるのは借入から20〜25年目前後とされます。慎重に査定して、残価が立つのは四半世紀先。それが従来の相場観です。新制度には、この方法論に相当する記述が公開ベースで見当たりません。
構造上、残価は融資する金融機関が設定し、機構が付保基準で縛る形になるはずです。すると利益相反が生まれます。残価を高く設定するほど月々の返済は安く見え、商品は売れる。売る側に高値の誘因があり、外れたときの請求書は機構に回る。値付けする者がリスクを負わない構造は、サブプライム危機で格付機関が果たした役割の空席と同じ形をしています。
銀行が動かない本当の理由は、案外この空白かもしれません。非公開の付保基準を見た銀行が「この条件では商品を組めない」と判断している可能性すらあります。
ここから先は

とある地方都市の某外科医のひとり言
とある地方都市の某外科医と申します。 ほぼ毎日の投稿に合わせて、医療関係以外の入会月以降の有料記事が読める定期購読マガジンです。
よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!
