誰が、と問う声〜辺野古事故・三カ月の答え〜 辺野古転覆事故・第33稿
事故から三カ月。父親は、テレビカメラの前で、ひとつのことを求めた。誰がどういう経緯でどういう責任を持って、生徒があの船に乗ることになったのか。実態をきちんと解明してほしい、と。
その問いに、運航した団体はすでに答えていた。亡くなった船長個人が行っていたことであり、代表らは知らなかった、と。
問いは「誰が」と訊いている。答えは「死んだ一人だ」と返している。
地上波に乗る
六月十五日の夜、日本テレビの報道番組が、遺族を取材した映像を流した。両親と姉が応じている。顔は映していない。番組の顔である一人のキャスターが、自ら自宅を訪ね、仏壇に手を合わせるところから取材は始まっていた。
第32稿で書いたのは、遺族のnoteが国会中継という別の媒体に移った、という話だった。noteは自分で辿り着く媒体だ。読むかどうかは読者に委ねられる。国会中継は、見るつもりのなかった人の画面にも流れる。
今回、媒体はもう一段移った。これまで遺族の肉声を伝えたのは、関西の一局だけだったという。全国に流れるのは初めてだ。ただし沖縄では放送されていない。日本テレビは、沖縄に系列の局を持たない。
遺族が最も届けたかった相手は、SNSに触れない沖縄の年配の人だった。その相手に、最も届きにくい。noteから国会中継へ、そして地上波へと器を移しても、いちばん遠いところだけが空いたまま残る。
特集は十五分近く、聞き手とのやり取りだけで五分ほどに及んだ。三カ月の節目に、全国の電波がこれだけの尺を割いた。それでも、最も届けたかった土地の画面には、まだ流れていない。
姉の言葉
姉は、発信を続ける理由をこう述べた。一番は、知華のことを誤解してほしくない。
当初は心ない声があったという。父が、その例を口にした。抗議船に乗っていた生徒は自業自得だ。体を張って抗議活動をして命を失ってよかったね。姉が言葉を足した。名誉だね、とも言われた、と。
亡くなった子の家族が、その死に向けてこうした言葉を浴びていた。誤解してほしくない、という姉の一言は、その浴び続けた言葉への返答だった。
姉はもう一つ、はっきりと述べている。二度と子どもたちを政治に巻き込まないでほしい、と。
生徒を海上の現場へ連れて行ったプログラムは、平和学習という名で組まれていた。子どもを政治に巻き込まないでほしい、という要求は、その器の名づけそのものに向いている。学びの名目で何が行われていたか。姉の言葉は、そこを外していない。
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