辺野古転覆第9稿〜救命胴衣・5時間の沈黙・変わる説明
前稿では、2018年のしおりに書かれた「座り込んでください」の一文を取り上げました。計画段階の問題です。
本稿では視点を変えます。2026年3月16日、あの船の上で何が起きていたのか。
3月28日、テレビ朝日(ANN)が保護者説明会の詳報を放送しました。保護者を通じてではありますが、船に乗っていた生徒たちの証言が、初めてまとまった形で報じられました。以下、放送内容と既報を時系列で再構成します。
出港前——救命胴衣を誰も教えなかった
沖縄研修旅行3日目の朝。辺野古コースを選んだ37人の生徒は、先発隊と後発隊に分かれて乗船することになっていました。引率教員はそれぞれ1人ずつ付く予定でした。
しかし先発隊の引率教員が、乗り物酔いと体調不良で乗船を見送ります。後発隊の引率教員はそのことを知りませんでした。「船着き場に行っていたので、出航するまで乗るものだと思っていた」。教員同士の連絡すら取れていなかった。
先発隊18人の生徒は、教員が1人もいない状態で「不屈」と「平和丸」に分かれて乗り込みました。
救命胴衣は渡されました。ただ、着用の指導はありませんでした。重傷を負った生徒の母親はこう証言しています。
「子どもたちは救命胴衣を着ていたけれど、着る時になんのサポートもなく、息子が言うには1人の生徒は着けるところが互い違いになってちゃんと装着できていなかったと。でも誰一人、先生の誰一人、乗務員の方も誰一人、指導してくださらなかったと」
学校側は説明会で「救命胴衣の指導がされていないこと、正しく装着ができない者がいたことも把握しておりませんでした」と答えています。
日本水難救済会の遠山純司理事長は「乗船者すべてがきちんと救命胴衣を身に着けているかどうかということを確認してから出航させる義務がある」と指摘しました。小型船舶の運航においては、乗客への救命胴衣着用確認は船員法上の義務に当たります。今回の対応がその義務を果たしていたかどうかは、今後の調査で問われることになるでしょう。
教員がいない。着用指導もない。装着が不完全な生徒がいても、誰も気づかない。出港の時点で、安全管理は機能していませんでした。
航行中——「追いかけっこ」
海上保安庁の船が近づき、波浪注意報が出ていることを伝えました。
その直後の船上の様子を、「不屈」に乗っていた生徒の保護者がこう伝えています。
「海上保安庁の注意の際に並行して逃げるように、子どもたちの中では『まるで追いかけっこをしているようだね』っていう会話が出てきたそうです。かなりのスピードを出していたと子どもたちは言っています。途中からかなりスピードが上がったため、写真を撮るのも怖くてずっとつかまっていたそうです」
海保の警告に対して、船は止まるのではなく並走しながら加速した。子どもたちはそれを「追いかけっこ」と表現しました。17歳の語彙で、あの船上で見たものを正確に言い当てています。
抗議船にとって、海保との並走は日常でした。ヘリ基地反対協議会はこれまでも辺野古沖での「体験乗船」を活動の一環として行ってきており、制限区域への接近と離脱を繰り返す中で、海保のゴムボートと至近距離で走ることは、彼らの運動の一部として定着していました。この日、その「日常」の中に18人の高校生が座っていた。
別の保護者は、引率教員が乗らなかったことで船長がコースを変更し、生徒に操縦させていたと証言しています。「船長さんたちのサービス精神だったかもしれないですけど、もし引率の先生が乗っていたら『それはやめてください』とか言えたのではないか」。
教員不在。航路変更。生徒操船。そしてスピードの加速。統制が一つずつ外れていきました。
転覆——「この絶望分かる?」
船が転覆しました。
重傷を負った生徒は、母親にこう話しています。
「びっくりするぐらい天井より高い波がきて一回沈んで、足にロープが絡まったのをほどいて何度か上がってきたら、また天井よりも高い波が襲ってきたと。この絶望分かるって聞かれました。大丈夫だよっていうんですが、大丈夫なわけないんですよ」
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